45 / 58
45話
しおりを挟む
新宿駅西口前にあるグランドホテルの1階。
格式ばったホテルではなく、いつもならファミリー層を中心に賑わいを見せているが、今日はいつもより客が少ないのか、ロビーにはチェックアウトの客がチラホラ残っている程度だった。
フロントの横にはラウンジがあり、入り口にcloseの看板が出ているが、一番奥まった場所にある席に、男が3人座っていた。
虎太郎と聡、そして正面に汰久が座り、テーブルを間に殺伐とした空気が漂っている。
久しぶりに会う汰久は、虎太郎の目から見て少し痩せたように見え、目元がくぼみ隈が出来ている。
そんな姿を見て、いつもなら心が苦しくなっているはずなのに、今の虎太郎は何の感情も湧かなかった。
「‥虎太郎。どこに行っていた?なんで、そんな奴の隣にいる」
長い沈黙の後、冷ややかな声で、虎太郎を真っ直ぐに見つめながら汰久が口を開いた。
「そんな奴とはなんだ。いい加減目を覚ませ。汰久」
聡が怒りを含んだ声で話すが、汰久は意に介さず虎太郎を見つめたまま視線を逸らす事はない。
「虎太郎‥帰ろう。俺達の家に‥」
虎太郎の頬に触れようと汰久が手を伸ばしてくるが、虎太郎は汰久の視線を逸らすことなく、伸びてくる汰久の手をバシッと払いのけた。
「僕は、もうお前の言いなりにはならない」
虎太郎の言葉に、汰久はハッと息を飲み悲痛な顔をして項垂れた。
その姿を見て虎太郎はギュッと唇を噛む。
「‥‥‥そんな猿芝居は止めろ!汰久!」
その時、聡が口を開き、その場の空気がピンと張りつめた。
「‥聡。お前、邪魔だな‥」
そう言って顔を上げた汰久は、今まで一度も見た事ないような冷酷な顔をしていた。
その瞳が聡を捉える。
「‥同情で虎太郎を縛り付ける気か?」
「煩いぞ聡。口を挟むな」
互いが威嚇し合う中、虎太郎は意を決して言葉を放つ。
「僕が、お前の元に戻る事は、絶対にない」
その言葉は無意味だったのか、汰久は口角を上げた。
「はぁ~虎太郎。そんな事言ってもいいのかな?俺の元には、あの時の映像があるんだぞ?」
その言葉に、一番早く反応したのは聡だった。
立ち上がるや否や、汰久の胸倉を掴み引きずり上げ、その美しい顔に拳を振るった。
吹っ飛んだ汰久は頬を押さえ、聡を睨みつける。
「ふざけんなよ!お前!どこまで腐ってんだ!!」
怒りも露に叫んだ聡に、ロビーが一瞬無音になるが、すぐにザワザワとし出す。
このホテルは鶴木グループの持ち物で了承は得ているが、この騒ぎにホテルマンが駆け寄ってくる。
だが、ラウンジの入り口にいた、聡の付き人に制され頷くと戻って行った。
「構わないよ。汰久の好きにして」
聡の身体を汰久から遠ざけると、虎太郎は冷静にそう言った。
来栖はもう消えたと言っていたが、もしまだその映像があったとしても、あの囚われた生活には戻りたくなかった。
「なっ‥何言ってんだ?」
頬を押さえながら汰久が言葉を返す。
「だから、そんなものお前の好きにすればいい‥世間に知られても僕は構わない。これ以上、僕に関わらないでくれ」
堂々と言い放つ虎太郎の顔には、汰久には惑わされないと決意が溢れていた。
「ど‥どうして‥なぁ‥どうして俺を捨てるんだよ‥‥虎太郎‥お願いだ‥帰ってきて‥ねぇ、俺はお前が居ないと‥‥虎太郎‥」
絞り出すように声を出す汰久は、虎太郎の足に縋りつくようにしがみ付いた。
「虎太郎‥俺ら、身体の相性も良かったじゃないか‥お前もあんなに喜んで感じていただろ?‥なぁ、お前の身体は俺を忘れられっ‥‥」
バシッと音がして汰久は頬の痛みで言葉を止めた。
虎太郎が汰久の頬を平手で打ち、その終えた手が胸の前でブルブルと震えている。
「お前は卑怯だ。僕は今まで‥お前の何を見てきたんだ‥‥僕は‥お前が‥‥嫌いだ。二度と顔も見たくない!」
震えながらも言い放った虎太郎の身体を、聡はそっと支え、二人はラウンジを出て行く。
虎太郎に叩かれた汰久は呆然とその場を動くことはなかった。
振り返った聡は汰久を放置したままでいいのか少し悩んだが、虎太郎が決意した事だからと、それ以上は何も言わず出てきた。
「虎太郎‥大丈夫か?」
ホテルを出て車に乗り込むと、聡が優しく声を掛けた。
「うん‥大丈夫。‥僕は‥今までどうして‥‥」
騙されたと思った。
汰久に騙されていたと‥だけどそれは違うと思いたい。
あの4年間の楽しかった学生生活の全てが、偽りのモノだと思いたくなかった。
複雑な心の中は、答えを出すことが出来ず、虎太郎は泣きじゃくるしかなかった。
「‥お前はよくやった‥凄いよ‥」
自分の背に触れている聡の思いが優しくて、虎太郎は両手で顔を覆った。
汰久は頬に残る痛みに舌打ちをした。
「あいつ‥」
虎太郎と聡がホテルを出ると、ようやく自分も立ち上がる。
頬に触れるとズキンと痛みが出て、口の中が切れたのか、鉄の味が口内に広がった。
「クソッ!思いっきり殴りやがって‥」
ホテルを出ると、すぐ目の前に迎えの車が横付けされ、それに乗り込むと、運転席から汰久と同世代の男性が、ミラー越しに視線を送る。
汰久の腫れた頬に気付くと狼狽えたように口を開いた。
「だ‥大丈夫ですか?」
「‥ああ。なんでもない‥」
ぶっきらぼうにそう答えると、シートにグッタリと身体を沈め目を閉じた。
自分が間違っている事は、とうに気が付いていた。
この虎太郎に関する愛情は、どこか狂ってしまっていると、だがそうと知りながらも、自分を止める事が出来なかった。
誰かに触れられる事も、誰かと微笑み合っている事ですら、怒りで狂いそうになる自分を抑えきれない。
映像を元に脅したって、本当の愛は手に入れられないと分かっていたが‥‥そんな事をしてまでも、手に入れたかったのだ。
それでも‥手に入らなかったモノは遠くへ行ってしまう‥。
「‥‥映像が残ってなくて‥良かったのかもな‥」
初めからやり直せないかな‥‥。
小さく呟いた汰久の閉じた瞳から、涙が零れ落ちた。
格式ばったホテルではなく、いつもならファミリー層を中心に賑わいを見せているが、今日はいつもより客が少ないのか、ロビーにはチェックアウトの客がチラホラ残っている程度だった。
フロントの横にはラウンジがあり、入り口にcloseの看板が出ているが、一番奥まった場所にある席に、男が3人座っていた。
虎太郎と聡、そして正面に汰久が座り、テーブルを間に殺伐とした空気が漂っている。
久しぶりに会う汰久は、虎太郎の目から見て少し痩せたように見え、目元がくぼみ隈が出来ている。
そんな姿を見て、いつもなら心が苦しくなっているはずなのに、今の虎太郎は何の感情も湧かなかった。
「‥虎太郎。どこに行っていた?なんで、そんな奴の隣にいる」
長い沈黙の後、冷ややかな声で、虎太郎を真っ直ぐに見つめながら汰久が口を開いた。
「そんな奴とはなんだ。いい加減目を覚ませ。汰久」
聡が怒りを含んだ声で話すが、汰久は意に介さず虎太郎を見つめたまま視線を逸らす事はない。
「虎太郎‥帰ろう。俺達の家に‥」
虎太郎の頬に触れようと汰久が手を伸ばしてくるが、虎太郎は汰久の視線を逸らすことなく、伸びてくる汰久の手をバシッと払いのけた。
「僕は、もうお前の言いなりにはならない」
虎太郎の言葉に、汰久はハッと息を飲み悲痛な顔をして項垂れた。
その姿を見て虎太郎はギュッと唇を噛む。
「‥‥‥そんな猿芝居は止めろ!汰久!」
その時、聡が口を開き、その場の空気がピンと張りつめた。
「‥聡。お前、邪魔だな‥」
そう言って顔を上げた汰久は、今まで一度も見た事ないような冷酷な顔をしていた。
その瞳が聡を捉える。
「‥同情で虎太郎を縛り付ける気か?」
「煩いぞ聡。口を挟むな」
互いが威嚇し合う中、虎太郎は意を決して言葉を放つ。
「僕が、お前の元に戻る事は、絶対にない」
その言葉は無意味だったのか、汰久は口角を上げた。
「はぁ~虎太郎。そんな事言ってもいいのかな?俺の元には、あの時の映像があるんだぞ?」
その言葉に、一番早く反応したのは聡だった。
立ち上がるや否や、汰久の胸倉を掴み引きずり上げ、その美しい顔に拳を振るった。
吹っ飛んだ汰久は頬を押さえ、聡を睨みつける。
「ふざけんなよ!お前!どこまで腐ってんだ!!」
怒りも露に叫んだ聡に、ロビーが一瞬無音になるが、すぐにザワザワとし出す。
このホテルは鶴木グループの持ち物で了承は得ているが、この騒ぎにホテルマンが駆け寄ってくる。
だが、ラウンジの入り口にいた、聡の付き人に制され頷くと戻って行った。
「構わないよ。汰久の好きにして」
聡の身体を汰久から遠ざけると、虎太郎は冷静にそう言った。
来栖はもう消えたと言っていたが、もしまだその映像があったとしても、あの囚われた生活には戻りたくなかった。
「なっ‥何言ってんだ?」
頬を押さえながら汰久が言葉を返す。
「だから、そんなものお前の好きにすればいい‥世間に知られても僕は構わない。これ以上、僕に関わらないでくれ」
堂々と言い放つ虎太郎の顔には、汰久には惑わされないと決意が溢れていた。
「ど‥どうして‥なぁ‥どうして俺を捨てるんだよ‥‥虎太郎‥お願いだ‥帰ってきて‥ねぇ、俺はお前が居ないと‥‥虎太郎‥」
絞り出すように声を出す汰久は、虎太郎の足に縋りつくようにしがみ付いた。
「虎太郎‥俺ら、身体の相性も良かったじゃないか‥お前もあんなに喜んで感じていただろ?‥なぁ、お前の身体は俺を忘れられっ‥‥」
バシッと音がして汰久は頬の痛みで言葉を止めた。
虎太郎が汰久の頬を平手で打ち、その終えた手が胸の前でブルブルと震えている。
「お前は卑怯だ。僕は今まで‥お前の何を見てきたんだ‥‥僕は‥お前が‥‥嫌いだ。二度と顔も見たくない!」
震えながらも言い放った虎太郎の身体を、聡はそっと支え、二人はラウンジを出て行く。
虎太郎に叩かれた汰久は呆然とその場を動くことはなかった。
振り返った聡は汰久を放置したままでいいのか少し悩んだが、虎太郎が決意した事だからと、それ以上は何も言わず出てきた。
「虎太郎‥大丈夫か?」
ホテルを出て車に乗り込むと、聡が優しく声を掛けた。
「うん‥大丈夫。‥僕は‥今までどうして‥‥」
騙されたと思った。
汰久に騙されていたと‥だけどそれは違うと思いたい。
あの4年間の楽しかった学生生活の全てが、偽りのモノだと思いたくなかった。
複雑な心の中は、答えを出すことが出来ず、虎太郎は泣きじゃくるしかなかった。
「‥お前はよくやった‥凄いよ‥」
自分の背に触れている聡の思いが優しくて、虎太郎は両手で顔を覆った。
汰久は頬に残る痛みに舌打ちをした。
「あいつ‥」
虎太郎と聡がホテルを出ると、ようやく自分も立ち上がる。
頬に触れるとズキンと痛みが出て、口の中が切れたのか、鉄の味が口内に広がった。
「クソッ!思いっきり殴りやがって‥」
ホテルを出ると、すぐ目の前に迎えの車が横付けされ、それに乗り込むと、運転席から汰久と同世代の男性が、ミラー越しに視線を送る。
汰久の腫れた頬に気付くと狼狽えたように口を開いた。
「だ‥大丈夫ですか?」
「‥ああ。なんでもない‥」
ぶっきらぼうにそう答えると、シートにグッタリと身体を沈め目を閉じた。
自分が間違っている事は、とうに気が付いていた。
この虎太郎に関する愛情は、どこか狂ってしまっていると、だがそうと知りながらも、自分を止める事が出来なかった。
誰かに触れられる事も、誰かと微笑み合っている事ですら、怒りで狂いそうになる自分を抑えきれない。
映像を元に脅したって、本当の愛は手に入れられないと分かっていたが‥‥そんな事をしてまでも、手に入れたかったのだ。
それでも‥手に入らなかったモノは遠くへ行ってしまう‥。
「‥‥映像が残ってなくて‥良かったのかもな‥」
初めからやり直せないかな‥‥。
小さく呟いた汰久の閉じた瞳から、涙が零れ落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる