鬼天の悪魔 (おにがみのあくま)

HANABI

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記録04

鬼のふたり

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「はぁ…はぁ…」
 息を切らしながら、わけも分からず無我夢中で走る。今どこにいるのか、本当は自分は何者なのか、頭の中がごちゃごちゃしていて、とにかく走るしかなかった。後ろ側から来る足音と、大きく怒鳴る声が聞こえてくる。
 私はその声の方へ振り向こうとし、勢い余って足を滑らせた。立ち上がろうと手を地面についた時、変化した自分の爪に目がいく。長くなったその爪には血が付いていた。爪を戻そうとしても、手が震えて何も出来ない。今、自分がどう映っているのか分からなかった。
それでも、きっと恐ろしい姿をしているのだろうと思う。
あの時、あの子の目にあったのは、戸惑いだけだったから。

人間を傷つけてしまったという思いと、
あの子を置いてきてしまったという気持ちが、遅れて、一気に押し寄せてきた。今はとりあえず近づいてくる怒鳴り声から逃げなきゃと何とか立ち上がり、目に涙を溜めながら走り出した。
荒い息を吐きながら、思わず声が出てしまう。
「守りたかったの…ハァ…守りたかっただけなのに…ッ」
 
 次第に空気が冷たくなり、上から冷たいものが落ちてきた。全身が寒くて立ち止まりたかった。全く知らない場所で、知らない冷たさで、私の頭の中には、思い出せない顔がぼんやりと浮かんでくる。
誰だったか忘れたわけではない。叫んだところで会える訳でもないから、心の奥底に閉まっていただけで。会いたい、会いたいと何故か悲しくなりながらも、追いかけてくる存在から必死に逃げていた。
地面さえも冷たく、足で踏む度に足が沈んでいく。だんだん足が重たくなって、今にもまた転びそうだった。
ずっと押し殺してきた感情が、今になって溢れ出しそうになる。それはどうしてか分からなかった。ただ心の中でずっと叫んでいた。
ごめんなさい、と

 どれくらい走ったのだろうか、追いかけてくる声は遠のき代わりに、冷たい風が耳元に響いた。もう走れない…と息を切らしながら、周りをよく見る。落ちてくるもの、地面、吐く息。
全てが真っ白だった。
目の前の光景に見惚れて動けずにいると、横から声が聞こえる。
「おい、こんな所で何をしている。夜も更けて暗い、早う家へ戻らんと母上が案じておるぞ。」
恐る恐る声がする方へ顔を向けると、人間が立っていた。黒い服を着ていて、足のところがひらひらしている。手には光るものを持っていて、ゆらゆら動くたびに、まわりが少しだけ明るくなった。
怖いと感じながらも、急いで来たわけでもなく、ゆっくり歩いてきたから少しほっとする。
私は、近づいてきた人間を見上げる。今まで見てきた大きな人間とは違い、顔つきが優しそうに見えた。
だけどその顔は、私を見て一瞬で変化した。
「…ん?その角、その血の着いた手…もしや、貴様鬼だな!?」
おに…?
聞いたこともない名前を言われた私はふと気づく。
今の私はおにという存在なんだと。
おにという存在は、悪魔とは何が違うのか、私は元々おにという種族なのか、なんてことを考えているうちに、人間は私の腕を強く持ち上げた。
「抵抗するな。従えば、追って沙汰を待つだけで済む。」
何を言っているのか分からなかったが、掴まれた瞬間私はびっくりして、思わず人間に向けて足を蹴った。
しまった…!と思いつつも、勢いに任せてまた走り出す。
「応援を呼べ!人にあらず!」
その声は命令だった。躊躇いも、迷いもなかった。
叫んだ人間の声を聞きながら、走る度に後ろから足音が増え始める。さっきより追いかけてくる気配が遅く感じた。
 走る途中、視界の端に赤い影がよぎった。門みたいな形…そう思った瞬間、足を止める余裕もなく通り過ぎる。なにかの下を、くぐった気がした。
後ろの足音も徐々に止まり始める。目の前には、おでこに角みたいなのが付いていて、人ではない者が立っていた。その者の気配に心が揺らぐ。
――私と同じおにだと。
その人の背中に、記憶の断片が重なった
私は迷いもなく叫んだ。
「…ッお父さん!!!」
その人はただ上を見上げていた。
━━━━━━━━━━━━━━━

「お父さん!」
 呼ばれたこともない名前、聞き覚えのない声に目だけ動かす。餓鬼だ。その後ろは…番士か。
雪が降って積もってる中、ずっと走っていたのだろう。その餓鬼は頬も耳も足も赤く、肌は白い。
濡れた紫色の髪が雪に張りつき、伏せた顔の奥で赤い目が揺れている。
気になる点といえば――小さな黒い角とちぎれた鎖で繋がれた手枷、そして足枷。長い爪と血だらけの手。見るからに危険で危うい奴だと人間は思うだろう。俺はそいつを見ながら
「…何故悪魔がここにいる」
聞いた特徴だけで判断するのもおかしな話だが、本能的にこいつは悪魔だ。と確信していた。
遠くから番頭らしき人間が言う。
「鬼が二匹か……これは上に報せ甲斐がある。捕えろ!」
命令された番士共が、一気に押し寄せてくる。俺にはどうでもよく感じそのまま立ち去ろうとした。
足を出す瞬間、袖が引っ張られた気がした。振り向くと、悪魔の餓鬼が泣きながら手で俺の袖を引っ張っていた。
その顔には、怯えも悲しみもない。ただ、安堵だけが浮かんでいた。
俺はその顔を見て、微かに心が揺らぐ。

餓鬼の背後で、人間の気配が膨れ上がる。
怒気と恐怖が混じった、厄介な匂いだ。
番士の足音が、背後で揃った。次に来るのは、言葉じゃない。
俺は餓鬼の前に立った。
袖を掴むその手が、わずかに震える。それでも、その顔は変わらない。泣き叫ぶことも、縋ることもない。ただ、静かに俺の顔を見上げていた。

今降っている雪は、あの頃より少し和らいでいる気がした。








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