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記録 外伝 01
泣いた青鬼
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雪が降る度、有鬼はあの頃を思い出す。嫌で、残酷な、忘れられない記憶だ。
これは少女と出会うより、ずっと前の話。
「優鬼~!熊!熊持ってきた!焼いて食おう!」
俺は勢いよく玄関を開け、でかい熊を引きずって中に入った。
優鬼は眉を顰めながら、いつもの決まり文句を言う。
「また、あの山に入ったね...?あそこには人間も出入りするから、行くな、と言ったはずだが...」
俺も同じように眉を顰めながら、
「でも今日はいなかったからいいだろ?」
と悪びれもなく、淡々と血で汚れた手を洗っていた。
「そういう問題じゃない...人間が鬼を恐れるように、鬼も人間を怖いと思っているんだ。ここに居続けるなら、人間に見つかっちゃいけない。見つかってしまえば、殺されるか、妖怪の地を荒らされるか...そのどちらかだからね。」
何度も聞いた長ったらしい言いつけを「は~い」と言いながら、いつも通り聞き流していた。
鍋の下で灯る火は、夜の闇を押し返すには十分な明るさだった。
煮込まれた熊の匂いが家の中に広がっていく。
早く食べたいとお腹を鳴らしながら、俺は煮込み終わるのを待っていた。
「もう一つ言っておきたいことがあるんだ」
火に灯されながら、俺に向けて優鬼は穏やかな顔で言った。
また長い話を聞かされるのか、と小さくため息を吐きながら、俺は仕方なく耳を傾ける。
「私たち妖怪とは、はるか遠い種族、悪魔...…という恐ろしい存在がいてね。その悪魔達は、神様と同じ上にいるはずなんだけど...少し前からここに降りてきて」
優鬼はそう言って、火の様子を一度だけ見た。
「村を荒らしているという話をよく聞くんだ。」
知らない名前を聞かされて、だからなんだと思いながら、優鬼の顔を見る。
「私が人間の元に行って欲しくないと言っているのはね、有鬼も巻き込まれてほしくないと思っているからだよ。人間は、きっと鬼の仕業だと思い込んでるから…」
俺を見つめながら、優鬼は少しだけ悲しそうに笑った。
ぐつぐつ煮込まれた熊の肉が椀に注がれる。待ちきれず箸を手に取りながら、俺は聞いた。
「…そのさ、悪魔の姿ってどんなの?」
優鬼は自分の椀に具を入れながら、静かに俺を見た。
その視線は微かに揺れていた。
「…鬼と同じ赤い目を持っていて、角が黒く、人の形をしたものもいれば、大きい化け物みたいなものもいる。」
少し黙った後、優鬼は息を吐くように呟いた。
「……私が知っているのは、このくらいかな。」
他に聞きたいことがあったけど、俺は何も言わず熊の肉を食べていた。
その日はいつもより静かな食事だった。
季節はすっかり冬になって、空気も冷たく、辺りは真っ白に染まっていた。
雪が降るたび、山の匂いが遠ざかっていく。人間の匂いも、獣の気配も、感じにくいほど、俺の感覚は鈍っていた。
(…今日は鹿かな)
なんて夕飯のおかずを思い浮かべながら、山の方へ走って行った。
鹿を仕留めるのに、そう時間はかからなかった。雪の上に残った赤はすぐに白に飲まれ、さっきまでそこに命があったことさえ分からなくなる。
「……帰るか」
日が沈みきる前に戻らないと、優鬼がまたうるさい。
そう思いながら、俺は獲物を担いで家へ向かった。
ようやく家が見え始めた時、誰かが座っている姿が見えた。
優鬼だ!と思い、叫びながら走っていく。
「優鬼~!なに座ってんだよ!寒いだろ!」
姿が鮮明になっていく。俺は優鬼の前に立って、顔を覗き込んだ。
「……?」
返事がない。
いつもなら優鬼ならではの決まり文句が聞こえるはずなのに。
雪が、優鬼の膝の上に静かに積もっていた。払おうとして、手を伸ばす。
その時、指先にぬるりとした感触が伝わった。
……雪、じゃない
視線を落とすと、着物の腹のあたりが、暗く滲んでいた。
白い雪の上に、黒く、赤く、じわじわと広がっている。
自分の心臓がどくどくと早まっていくのがわかった。
恐る恐る優鬼の頬に触れる。雪よりも冷たく、目は閉じたまま動かない。
自分の目の前の光景が、今までの時間を一つずつ壊していく。頭が追いつかなかった。
「…あそこだ!あそこに鬼が死んでいるはずだ!」
嫌な声が耳に響いた。脳が直接俺に語りかける。
人間がやったのだと。
「……殺ったのは、お前らだな」
大人数を連れて来た人間に問う。人間が答えるまもなく、俺は襲いかけた。
「返せ…返せよ…!」
俺は泣きながら叫ぶ。
「俺はただ、平凡に暮らしたかっただけなのに…!」
気がついたら、俺は我を無くし、大勢の人間達を殺していた。
ただ聞こえてたのは
「やはり、村を襲ったのは、鬼…お前達だったのだな。」
俺はその村にとって、恐ろしい罪人となった。
これは少女と出会うより、ずっと前の話。
「優鬼~!熊!熊持ってきた!焼いて食おう!」
俺は勢いよく玄関を開け、でかい熊を引きずって中に入った。
優鬼は眉を顰めながら、いつもの決まり文句を言う。
「また、あの山に入ったね...?あそこには人間も出入りするから、行くな、と言ったはずだが...」
俺も同じように眉を顰めながら、
「でも今日はいなかったからいいだろ?」
と悪びれもなく、淡々と血で汚れた手を洗っていた。
「そういう問題じゃない...人間が鬼を恐れるように、鬼も人間を怖いと思っているんだ。ここに居続けるなら、人間に見つかっちゃいけない。見つかってしまえば、殺されるか、妖怪の地を荒らされるか...そのどちらかだからね。」
何度も聞いた長ったらしい言いつけを「は~い」と言いながら、いつも通り聞き流していた。
鍋の下で灯る火は、夜の闇を押し返すには十分な明るさだった。
煮込まれた熊の匂いが家の中に広がっていく。
早く食べたいとお腹を鳴らしながら、俺は煮込み終わるのを待っていた。
「もう一つ言っておきたいことがあるんだ」
火に灯されながら、俺に向けて優鬼は穏やかな顔で言った。
また長い話を聞かされるのか、と小さくため息を吐きながら、俺は仕方なく耳を傾ける。
「私たち妖怪とは、はるか遠い種族、悪魔...…という恐ろしい存在がいてね。その悪魔達は、神様と同じ上にいるはずなんだけど...少し前からここに降りてきて」
優鬼はそう言って、火の様子を一度だけ見た。
「村を荒らしているという話をよく聞くんだ。」
知らない名前を聞かされて、だからなんだと思いながら、優鬼の顔を見る。
「私が人間の元に行って欲しくないと言っているのはね、有鬼も巻き込まれてほしくないと思っているからだよ。人間は、きっと鬼の仕業だと思い込んでるから…」
俺を見つめながら、優鬼は少しだけ悲しそうに笑った。
ぐつぐつ煮込まれた熊の肉が椀に注がれる。待ちきれず箸を手に取りながら、俺は聞いた。
「…そのさ、悪魔の姿ってどんなの?」
優鬼は自分の椀に具を入れながら、静かに俺を見た。
その視線は微かに揺れていた。
「…鬼と同じ赤い目を持っていて、角が黒く、人の形をしたものもいれば、大きい化け物みたいなものもいる。」
少し黙った後、優鬼は息を吐くように呟いた。
「……私が知っているのは、このくらいかな。」
他に聞きたいことがあったけど、俺は何も言わず熊の肉を食べていた。
その日はいつもより静かな食事だった。
季節はすっかり冬になって、空気も冷たく、辺りは真っ白に染まっていた。
雪が降るたび、山の匂いが遠ざかっていく。人間の匂いも、獣の気配も、感じにくいほど、俺の感覚は鈍っていた。
(…今日は鹿かな)
なんて夕飯のおかずを思い浮かべながら、山の方へ走って行った。
鹿を仕留めるのに、そう時間はかからなかった。雪の上に残った赤はすぐに白に飲まれ、さっきまでそこに命があったことさえ分からなくなる。
「……帰るか」
日が沈みきる前に戻らないと、優鬼がまたうるさい。
そう思いながら、俺は獲物を担いで家へ向かった。
ようやく家が見え始めた時、誰かが座っている姿が見えた。
優鬼だ!と思い、叫びながら走っていく。
「優鬼~!なに座ってんだよ!寒いだろ!」
姿が鮮明になっていく。俺は優鬼の前に立って、顔を覗き込んだ。
「……?」
返事がない。
いつもなら優鬼ならではの決まり文句が聞こえるはずなのに。
雪が、優鬼の膝の上に静かに積もっていた。払おうとして、手を伸ばす。
その時、指先にぬるりとした感触が伝わった。
……雪、じゃない
視線を落とすと、着物の腹のあたりが、暗く滲んでいた。
白い雪の上に、黒く、赤く、じわじわと広がっている。
自分の心臓がどくどくと早まっていくのがわかった。
恐る恐る優鬼の頬に触れる。雪よりも冷たく、目は閉じたまま動かない。
自分の目の前の光景が、今までの時間を一つずつ壊していく。頭が追いつかなかった。
「…あそこだ!あそこに鬼が死んでいるはずだ!」
嫌な声が耳に響いた。脳が直接俺に語りかける。
人間がやったのだと。
「……殺ったのは、お前らだな」
大人数を連れて来た人間に問う。人間が答えるまもなく、俺は襲いかけた。
「返せ…返せよ…!」
俺は泣きながら叫ぶ。
「俺はただ、平凡に暮らしたかっただけなのに…!」
気がついたら、俺は我を無くし、大勢の人間達を殺していた。
ただ聞こえてたのは
「やはり、村を襲ったのは、鬼…お前達だったのだな。」
俺はその村にとって、恐ろしい罪人となった。
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