不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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4章

51話 サングレ

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「さて、それではいいかな?」
「はい!」

 僕の部屋にはいつものマスラン先生ではなく、ジェラルド師匠が座っている。

 先生は既に屋敷から出て行った事を既に聞かされていた。
 先生との挨拶は昨日の内に済ませていたので、寂しいけれどしょうがない。
 それに、今の僕は病を治療する為の魔法を習得する必要がある。

 そのことに全力を向けなければならないのだ。

「それでは病をどうやって治療するかの説明からしよう」
「お願いします」
「病の治療にはサングレを使う」

 サングレ、それは目で見えるかどうかと言うレベルに小さい銀色の玉だ。

 師匠はそれをてのひらの上に出して見せる。

 僕には目を凝らしてもキラリと見えるかどうかと言ったレべルの代物だった。

「これが……」

 マスラン先生から話は聞いていたけれど、実物を見たのはこれが初めてだ。

「そうだ。次に、これに患者ではなく、治療する側の血を染み込ませる」
「はい」
「これは血を染み込ませると更に小さくなるからな。これを患者に入れる」
「はい」
「そして、治療する側が患者の体内に入ったサングレを依代よりしろにし、患者の体内に入る」
「本当なんですね……」
「ああ。そして、体内に入り、体内の方から病の元になっている病原菌びょうげんきんや傷を見つける。そして、それを治療する。後は治療を始めて数時間でサングレは溶けてなくなるので、魔法を切って現実世界に帰って来て患者に何も無ければ治療は完了だ」
「分かりました」

 マスラン先生から聞いていたことの説明と一緒だ。
 だけど話を聞いたのと、実際に行なうことではまるで難易度は違う。

「さて、それでは、今回はサングレに意識を乗り移らせる。という所までやる。それが出来れば……2級回復術師としての実力はある」
「そうなのですか?」
「ああ、病を治すのはそれだけ難しい。依代にしたサングレに意識を飛ばす。それがまず難しいのだからな」
「なるほど……」
「まずは何でもいいが……針の方が痛みは少ないからおススメだな」

 師匠はそう言って親指に針を突き刺し、血がにじみ出てくる。

「これをサングレに染み込ませ……」

 師匠はにじみ出てきた本当に少量の血を、サングレの上に垂らした。
 そして、それをそのまま小さな皿の上に垂らす。

「よし。これでいいな。まずは意識を自身の依代に飛ばす為の魔法だ。しっかりと聞いておけくように」
「はい」

 師匠はそう言ってからベッドの隣のテーブルに、皿を置く。
 それから目を閉じて集中し始めた。

「我が意識は欠片、依代に宿り新たな自我を為せ『生命憑依ライフ・ポゼッション』」

 師匠が詠唱を唱えると同時に、意識を失ったかのように背もたれに体を預ける。
 それから数秒もすると、師匠は意識が戻ったかのように動き出した。

「見たかい?」
「見ましたけど……どういう感じでやるのでしょうか?」
「何、難しいことはない。自身の血とサングレに自身をそのまま飛ばすようなものだ。やってみればわかる」
「わ、分かりました」

 まずはやってみよう。
 それで失敗した時に師匠から話を聞けばいいだけなのだから。

 僕は先生からもらった新しい針で自分の指を刺す。

「いて」
「すぐに慣れる」

 それから師匠からサングレをもらい、それに自身の血を垂らす。
 皿の上にそれを垂らし、僕は目を閉じて集中する。

 僕自身を飛ばす。
 どうしたらいいのだろうか。
 そう考えた時に、いつもやっていることに気が付く。

 僕はこの部屋から飛び出して、色々な場所に行きたい。
 そんな風にずっと……ずっと思っていた。

 だからその移動先をこのサングレに変えるだけだ。
 僕なら出来る。
 きっと出来るに決まっていた。

 師匠の詠唱を完璧に復唱する。

「我が意識は欠片、依代に宿り新たな自我を為せ『生命憑依ライフ・ポゼッション』」

 僕の意識がグン! と飛び出すような感覚がして、サングレの方に向かう。
 そしてそのまま目を開けると、周囲はうっすらと明るい赤色の中にいた。

「ここは……?」

 僕は赤い中に立っている……というよりも、浮かんでいるようだ。
 縦横どこを見ても赤く、どこに進むべきかも分からない。

「っていうか……どうやって帰ろう……」

 魔力をこのまま切ってしまっても大丈夫だろうか。
 それとも帰る時用の魔法があったりするのだろうか。

 分からない。
 でも、ここで間違えると大変なことになるかもしれない。

「どうしようか……うわ!」

 考えていると、周囲を凄い衝撃が襲う。

「なに何々?」

 周囲全てが揺れ、流されてしまいそうになるほどの衝撃だ。
 どこに行くのかも分からず不安が押し寄せる。

「エミリオ!」

 不安になっていると、師匠の声が聞こえる。

「師匠!?」
「ああ、まさか……初めての魔法で成功するとは思わなかったぞ」

 師匠は僕の方に向かって浮かんできながらそう言って来る。
 いつもは無表情なその顔も今は驚きを浮かべていた。

 ああ、今の衝撃は師匠が僕の血の上に師匠の血を垂らした衝撃だったのかな。

「僕もまさか成功するとは思わなかったです。マスラン先生には失敗してはならない。という事は強く習っていたんですが……」
「それは実際に治療をする時の話だろう? 初めて使う魔法には関係ないのだが……まぁいい。なにはともあれ、成功を喜ぼう。ここまで才能があるとは思わなかった」
「はい! ありがとうございます!」
「ただ、いきなりここまで出来たんだ。丁度いいから次の練習もやるぞ」
「次の練習ですか?」
「ああ、体内ではこの様な浮かんだ感覚のまま動くことになる。だから、その感覚の練習だ。これも中々うまく行かずに、つまずくことの多い部分だ。頑張れよ」
「わかりました」

 師匠にはそう言ったけれど、心の中では自信があった。

 宙に浮かぶ練習。
 それは以前1人で練習していて、出来る様になっていたからだ。
 あの感覚のままできっといいに違いない!

 僕はあの時の感覚を思いだしながら、縦横無尽じゅうおうむじんに動き回る。
 ただし、あんまり速度を出すと怖いのでゆっくりだけれど、それなりの速度は出せたと思う。

「どうでしょうか?」
「これは……驚いたな。初めてでここまで出来るようになるなんて……」
「本でこの練習もしておくといい。そう習いましたから」
「なるほど。かと言って、本を読んだだけでは出来ない物だが……取りあえず戻ろう。これなら次にいった方が早そうだ」
「あ、そうでした。僕……この状態からの戻り方が分からなくて……」
「戻る時は繋がっている魔力を切るといい。それで戻れる」
「分かりました」

 僕は師匠に言われるままに魔力を切ると、すっと元の体に戻って行く。
 視界はいつものベッドにいる僕に戻った。

「今のが……」
「ああ、今のがサングレに意識を飛ばすということだ」
「はい」
「これは普通は出来る様になるまで1年で出来るようになるだけでも早い。というか、一生できない者すらいる」
「一生……」
「人はその自己の存在を体に求める物。魂の在処はただ一つ……とな。その考えが間違っている訳ではない。それは人として正しいし、至って普通だ。だが、それを越えなければ、常識の向こう側を目指さなければ回復術師としての腕は上がらない。この事を肝に命じておけ」
「常識の向こう側を……」
「そうだ。これから理解できない様な事を何度も起こすことになるだろう。それも全て先人達が時には命を賭けて見つけて来た道だ。感謝はしろとは言わないが、全て学ぶ気持ちは忘れるな」
「はい。分かりました」

 過去の人たちが人を治療したい。
 そんな思いを持っていたからこそ、こんな……こんな人の体内に入るなんていうことを見つけたのだろう。

 そんな先人達に感謝し、僕は……もっと多くの人を助けに行きたい。
 僕が1人決意をしていると、師匠が話しかけてくる。

「よし。決意も決まった事だ。早速中に入ってみよう」
「な、中……ですか?」
「そうだ。サングレに意識を飛ばせるのであれば、何も問題はない。いいな?」

 師匠との付き合いは浅いけれど、彼の口調は本気だったように思う。

 もう……僕は人の体の中に入るっていうこと!?
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