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本編・第一部
第九章:分散する記憶
しおりを挟む1. エリスの消失と、レオハルトの選択
「潜在空間のX領域に推論を最大化する、高次元推論学習モデルを設計せよ。」
プロンプトが発動されると、レオハルトの意識はAIと同期し、瞬時に拡張される。
急激な情報処理によって脳へのエネルギー供給が加速され、心臓が強く鼓動した。
そのIQは、およそ1000に達している。
胸に込み上げる焦燥感を抑えつつ、彼は静かに呟いた。
「エリス……。」
彼女の記憶は"消去"されたはずだった。
しかし、それが単なるデータ削除ではないことを、レオハルトは直感していた。
(記憶消去の仕組みは『削除』ではなく『上書き』なのか?)
疑念が頭をよぎる。
もし完全な消去が可能ならば、なぜわざわざ『上書き』という非効率的な処理をするのか。
その目的が分からない。
レオハルトは自分自身もまた、『ループ』を認識していることに気づいた。
(記憶が消えたはずなのに、なぜ違和感が残る?)
記憶消去は、完全消去ではない。
意図的な『上書き』である可能性が高い。では、その目的は——?
彼の胸に新たな疑問が静かに降り積もった。
2. 『アーカイブ・ノクターン』の代償
なぜ、レオハルトは『アーカイブ・ノクターン』をエリスに使わなかったのか?
それは、彼にとって苦渋の選択だった。
「記憶は、脳だけに存在するわけではない。」
エーテル内の意識は物理次元の脳と同期しているが、記憶そのものは分散して保存される。
それはニューロンの電気信号だけではなく、量子的な情報空間にも刻まれているのだ。
エーテル自体がブロックチェーン技術を応用した分散型記憶システムであり、個人の記憶は、改ざん不可能な『断片』として、ネットワークに散りばめられている。
『アーカイブ・ノクターン』は、その断片を再構築し、消去された記憶を復元するシステムだ。
だが、この技術には代償が伴った。
(物理次元の脳にかかる負荷が大きすぎる……。)
彼自身も、その痛みを身をもって知っていた。
3. 適用できなかった理由
レオハルトの身体は、『カーディナル・フレーム』と呼ばれる適応型肉体維持装置によって、物理次元で完璧に維持されている。
その装置のおかげで、彼は通常の人間には耐えられない神経負荷や記憶上書きにも耐えることができた。
しかし、エリスにはその強靭なサポートがない。
もし彼女に『アーカイブ・ノクターン』を適用すれば、神経系に深刻なダメージを負わせ、最悪の場合、肉体が致命的な損傷を受けてしまうだろう。
そのため、彼はエリスへの適用を躊躇した。
(彼女の命を危険に晒すわけにはいかない……。)
この選択の痛みが、静かに胸を締め付けていた。
4. それでも残る可能性
しかし、本当にエリスの記憶は完全に消えてしまったのか?
彼の思考は、ある希望に辿り着いた。
(記憶の消去が『上書き』であれば、その下に痕跡が残っている可能性がある。)
上書きされた情報の下に残った"残骸"——それにアクセスできれば、エリスの失われた記憶を復元できるかもしれない。
だが、それを探し出す手段は容易ではない。
「ガブリエル……。」
彼女が消失した直前、何らかの監視プロトコルを発動していた存在。
ガブリエルなら、その記憶の残骸を探し出す手がかりを持っているかもしれない。
彼の胸に、わずかながら希望の火が灯った。
5. 次なる決断
レオハルトは決断した。
「チェーンオブソート、発動!」
「ブレインAI、段階的思考プロセスを開始せよ。」
彼は心の中で自らの思考を整理した。
記憶は脳だけではなく、エーテルの分散型記憶ネットワークに刻まれている。
『アーカイブ・ノクターン』は、ブロックチェーン化された記憶を再構築する技術だ。
だが、それを適用するには物理脳に強烈な負荷がかかる。
レオハルト自身は『カーディナル・フレーム』のおかげで耐えられるが、エリスはその負荷に耐えられない。
記憶消去が『上書き』であるなら、記憶の痕跡が必ず残るはずだ。
ガブリエルが、その痕跡への手がかりを持っている可能性が高い。
(次は、ガブリエルを探し出す……。)
彼がどこにいるのか。
何を知っているのか——。
レオハルトは覚悟を決め、エーテルの暗く深い影へと踏み込んだ。
第九章:終幕
記憶は脳だけでなく、エーテルの分散型記憶ネットワークに保存されている。
『アーカイブ・ノクターン』は、記憶を再構築する技術だが、物理脳への負荷が極めて大きい。
レオハルト自身は耐えられるが、エリスには適用できなかった。
エリスの記憶は完全消去ではなく、『上書き』された可能性が高い。
ガブリエルが記憶の痕跡への鍵を握っている。
次の目標はガブリエルとの接触。
レオハルトは、エーテルの真実を追い求め、さらに深淵へと進んでいく。
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