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第1章

63 兄(仮)は衝撃を受ける1

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 東京の月曜日の夕方。
 昨日一条家のパーティーがあったため、普段のスケジュールではない日程で東京に戻ってきていた私は、今日の夜に帝国に戻る予定だった。兄と麻彩と三人で外食して帝国に戻ろうと思っていたのだが、急遽、流雨と一弥も一緒に食事をすることになった。

 外食の待ち合わせに場所に着くと、先に流雨と一弥が待っていた。私は流雨に吸い寄せられるように抱き付きに行く。

「紗彩はすでにハグが挨拶代わりになりつつあるな」

 一弥が笑いながら言う。そう言われると、確かにそうだ。ちらっと流雨を見ると、流雨は微笑んで私の後頭部にキスを落とす。それさえ、頬の習慣的なキスに慣れだしたからか、ただ嬉しいだけで恥ずかしくなくなってきている。

 私、やばいのではないだろうか。もしかしたら、流雨のことを兄ではない感情で見始めているのではないか。少し前から、ふとそんな気がしていたけれど、気づかないふりをしていたのだ。このままではいけない、そう思いつつも、流雨に甘やかしてもらえないなんて、考えたくなかった。

 だから、やはり気づかなかったことにして、流雨に笑みを向けた。

 それからイタリアンのお店の個室に入る。私は今日は大食いの日ではないので、普通の量を頼む。

「麻彩はずっとスマホを睨みつけて、何してるんだ?」

 一弥が麻彩を見ながら言う。

「前にもこんなことあった気がするな。また呪っているの?」

 麻彩はスマホを見ながら、ぶつぶつ言っている。でもこれは呪いではない。麻彩は真剣に悩んでいるのだ。

「おーい、無視かー?」
「ごめん、一弥君。まーちゃん、あと一人が選べないみたいで、悩んでるんだ。まーちゃん、そんなに悩むなら、二人でもいいんだよ?」
「嫌! ちゃんと選ぶの!」
「オッケー……。ってことで、一弥君、まーちゃんをそっとしておいて」

 鬼気迫る勢いの麻彩に、私は苦笑しながら一弥に言う。

「ふーん、いいけど、何をそんなに悩んでるんだ? 一弥お兄さんに相談してみ?」
「……」

 麻彩は一弥の声には無視である。だから代わりに私が答えた。

「私の婚約者候補を選んでるところなの。十人の中から三人選んでって頼んでいて」
「……はぁ!? 婚約者!?」

 一弥が大きな声を出す。そして一弥は流雨と兄を交互に見ている。

「婚約者じゃなくて、婚約者候補だよ」
「一緒でしょ!」
「違うよぅ。婚約者を決めるための、候補の段階だよ。まだ」

 流雨は兄に顔を向けた。

「実海棠?」
「俺を睨むな。候補を選べと言われたから、選んだまでだ」

 流雨は真剣な怖い顔をしている。やはり心配しているんだろう。私がまだ高校生で婚約者は早いと思っているのかもしれない。

「るー君、心配しないで。今度は失敗しないように、慎重に選ぶつもりだから」
「……今度は?」

 前の婚約破棄の話って、してなかったんだ。忘れてた。

「えっと、前にね、婚約者がいたんだけど、浮気されて婚約破棄したの。前は私が選んだ方法が悪かったよね、というのがあって……だから、今回は、慎重を心がけるよ! 大丈夫!」
「……前に婚約者がいたの?」

 そこから言ってなかったんだ。しまった、と思いつつ、もう話してしまったので遅い。「うん」と言うと、流雨は額に手を置き、下を向いた。やばい、知らなかったと、泣いてないよね?
 しかし顔を上げた流雨は泣いてなかった。ちょっと怒っている顔だ。怖い。

「前に紗彩が選んだ方法って?」
「え? ……『どちらにしようかな?』」
「……うん?」
「『ど、どちらにしようかな』です……」
「まさか……『天の神様の言う通り』?」
「ハイ……」

 流雨も一弥も唖然としている。そして一弥が「紗彩ばかなの!?」と呆れた声を出した。ごめんなさい。

「反省しているから、怒らないで。ユリウスにも怒られたし、もうしません」

 私が悪いので、怒られるしかないのは分かっているのだけれど、流雨が怖いので縋りつくように兄の手を握った。

「それで? 今回はどんな方法で選ぶつもりなの?」

 うぅ、まだ流雨が怒っている。声音にトゲがある。

「途中までは前回の通りだよ。今十人候補を出しているから、お兄様とユリウスとまーちゃんに、それぞれ三人ずつ選んでもらっているところなの。そのあとは、多数決して、さらに三人まで絞る予定。あとは、その三人はもう少し性格が合うかとか調べて、ユリウスと誰がいいか決めようかと思ってる」

 素行調査とまではいかないが、それに近いことは貴族はみんなやるのだ。

「今回は慎重にするよ。約束する。だから心配しないで」
「心配しないでって、紗彩はそれでいいの? 好きでもない人と結婚するってことだよね?」

 一弥が心配そうな顔をして言った。

「こっちでは、それが普通だよ。前よりは好きな人と結ばれる人も増えた気はするけれど、それは少数派だもの」
「そんな時代錯誤なことが、普通なの?」
「日本でも、親同士が決めた結婚だって、まだあるよね?」
「そりゃあ、あるけどさ……」

 帝国より恋愛結婚の方が多い日本から見ると、確かに異常な話かもしれない。

「別に私がそういう結婚が嫌なわけではないの。嫌なのに無理やりってわけではないのだもの、心配しないで」

 そう言っても、最後まで流雨も一弥もいい顔はしなかった。もう少し、言うタイミングを考えればよかったと思った。余計な心配をかけてしまっている。
 ただ、流雨に諸手を挙げて賛成されても、それはそれでショックかもしれない。自分の中に複雑な感情があるのも確かで、だから、心配されるくらいが丁度いいのかも、と思うのだった。
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