64 / 132
第1章
64 兄(仮)は衝撃を受ける2 ※流雨(兄(仮))視点
しおりを挟む
スマホから目覚まし代わりの音楽が鳴る。そして紗彩が歌っている声も聞こえる。
いつもこれで清々しく目覚めるのに、今日の流雨は気が重くてため息を付いた。理由は分かっている。昨日紗彩に婚約者候補を選ぼうとしている話を聞いたからだ。
スマホの目覚ましを止め、スマホの画像ファイルを開ける。中には紗彩と出会ってから溜めている写真がぎっしり入っていた。泣いた顔も怒っている顔も笑った顔も可愛くて、いつも癒しな写真が、今日は遠くの手の届かないところに紗彩が行ってしまうような、そんな不安が写真を見るだけで渦巻く。
はあ、とまた息を吐き、流雨はスマホを閉じた。そして、顔を洗って着替える。これから流雨の住まうマンションに付いているジムに行くのだ。
流雨の家は広めのワンルームだった。部屋には低くて広いベッドしか置いていない。欲しい物がほとんどなく、だから部屋には物が少なかった。クローゼットにはワンシーズンの服しか入っていない。シーズンが終わると毎回買い替えるため、こちらも物が少ない。
冷蔵庫を開けると、ペットボトルの水しか入っていない。それを一本取り、水を飲む。そして家を出てジムへ向かった。一通り体を動かし、シャワーを浴びる。体を動かしたのに、まだ頭の中は紗彩でいっぱいだった。
仕事に行こうとジムから家に帰り、着替えて家を出た。
朝食代わりにカフェに寄り、コーヒーとパンを食し、会社に出勤。そしていろんな打ち合わせや仕事を済ませ、会社の自室でスマホの写真を見る。見るのは当然紗彩の写真。今後、紗彩を手に入れるにはどうすればいいのか、考えなくてはならないのに、頭が回転しない。
そうやってスマホを見てぼーっとしていると、話声が聞こえる。会社の壁はガラス張りなので、廊下が丸見えな上に、部屋で静かにしていると、声も漏れ聞こえるのだ。廊下では、大学の後輩で部下の千葉(女)と立花(男)が話をしていた。
「千葉さん、先輩ってなんだか、今もですが、一日中ぼーっとしてませんでした? さっきのミーティングも反応が鈍かったですよね」
立花が流雨を見ながら流雨のことを話しているようだと思うが、流雨は聞こえないフリをした。
「先輩のあの顔は……たぶん、紗彩さんのことを考えてますね」
「紗彩さんって、前に会社に来た子ですよね! 女子高生の可愛い子」
「そうです。先輩の妹のような方なのですが、先輩が悩む時は、たいてい紗彩さんのことです」
千葉は大学の時からの付き合いなので、流雨のことをよく分かってる。
「それにしても、今日の先輩は鈍すぎでした。あれはきっと……そう、恋煩い」
「恋患いですか。病気ですか」
「立花はバカなのですか? 恋煩いは病気じゃないの。四百四病の外って言うでしょう」
「分かってますよ! ちょっとボケてみただけじゃないですか! だって、先輩が恋とか、一番遠そうな人でしょう!」
「バカね。立花は先輩と大学で一年しか一緒じゃなかったから知らないのね」
「何がですか?」
「どんな美女や可愛い子が先輩を誘っても、用事がある、仕事があると言って断る人が、紗彩さんの兄に紗彩さんが帰ってきていると聞けば、速攻会いに行く人ですよ。たった今、美女を断った口で、紗彩さんに会う時間だけはあるからと上機嫌で帰っていく先輩を横目に、紗彩とは誰だと美女に詰め寄られる私の恐怖を誰かに分かってほしい」
流雨は以前、千葉に愚痴られたことがあるので、大学で千葉が流雨の秘書のように思われていたのは知っている。流雨に誘いをかけない大学の女性は千葉くらいだったので、流雨が千葉とは会話をよくしていたのもあるのだろう。だからか、なぜか流雨の女性除けのような役目を果たすことが多々あり、千葉に「先輩専用の防波堤ではないんですが!」と抗議されたが、流雨は頼んでもいないのに千葉はいい仕事するな、と感心していただけだった。
その後、千葉と立花の二人は去っていったが、やはり今日は誰から見ても流雨が変だったのは見てわかる状態だったらしい。明日には元の自分に戻れるようにしなければならないと、反省する。
それにしてもだ、実海棠は紗彩に前に婚約者がいたことを、なぜ教えてくれなかったんだ。実海棠は紗彩の海外での生活を、最低限しか教えてくれない。流雨もそれが分かっているから、無理やり聞くことはないけれど、婚約者のことくらい、教えてくれても良かったのではないかと思う。
実海棠は、紗彩が結婚に同意するなら、流雨と紗彩が結婚をしてもいいと言ってはくれる。そこに嘘はないと思う。ようは紗彩の気持ちを流雨に向けることができるなら、結婚してもいいということだと思う。
だから流雨は紗彩の気持ちを流雨に向けようと、流雨を意識してもらえるよう動いていた。その甲斐あってか、最近の紗彩の流雨を見る目は、今までとは少し違うように感じていた。今までも紗彩は流雨が好きなのは分かっていた。兄として可愛がる流雨に、妹としての好意は向けてくれていた。最近では、その中に流雨を男性として意識しているような好意も混ざっていたように思う。
このままいけば、いつかは紗彩は流雨のところに落ちてくれる、そう思っていたのだが、流雨の行動は遅すぎたのだろうか。昨日の紗彩は、恋と結婚は別物だというように、話をしていた。その紗彩が、結婚は好きな人としたいと思うようになってくれなければ、実海棠もきっと流雨との結婚は許しはしないだろう。実海棠は、紗彩の意見を尊重する人だから。
紗彩が婚約者候補を決め、最終的に婚約をするまで、そこまで時間はないはずだ。
まだ間に合うのか分からないが、流雨はまだ紗彩を諦めない。だから、何か行動を起こさなければ。流雨は思索に耽るのだった。
いつもこれで清々しく目覚めるのに、今日の流雨は気が重くてため息を付いた。理由は分かっている。昨日紗彩に婚約者候補を選ぼうとしている話を聞いたからだ。
スマホの目覚ましを止め、スマホの画像ファイルを開ける。中には紗彩と出会ってから溜めている写真がぎっしり入っていた。泣いた顔も怒っている顔も笑った顔も可愛くて、いつも癒しな写真が、今日は遠くの手の届かないところに紗彩が行ってしまうような、そんな不安が写真を見るだけで渦巻く。
はあ、とまた息を吐き、流雨はスマホを閉じた。そして、顔を洗って着替える。これから流雨の住まうマンションに付いているジムに行くのだ。
流雨の家は広めのワンルームだった。部屋には低くて広いベッドしか置いていない。欲しい物がほとんどなく、だから部屋には物が少なかった。クローゼットにはワンシーズンの服しか入っていない。シーズンが終わると毎回買い替えるため、こちらも物が少ない。
冷蔵庫を開けると、ペットボトルの水しか入っていない。それを一本取り、水を飲む。そして家を出てジムへ向かった。一通り体を動かし、シャワーを浴びる。体を動かしたのに、まだ頭の中は紗彩でいっぱいだった。
仕事に行こうとジムから家に帰り、着替えて家を出た。
朝食代わりにカフェに寄り、コーヒーとパンを食し、会社に出勤。そしていろんな打ち合わせや仕事を済ませ、会社の自室でスマホの写真を見る。見るのは当然紗彩の写真。今後、紗彩を手に入れるにはどうすればいいのか、考えなくてはならないのに、頭が回転しない。
そうやってスマホを見てぼーっとしていると、話声が聞こえる。会社の壁はガラス張りなので、廊下が丸見えな上に、部屋で静かにしていると、声も漏れ聞こえるのだ。廊下では、大学の後輩で部下の千葉(女)と立花(男)が話をしていた。
「千葉さん、先輩ってなんだか、今もですが、一日中ぼーっとしてませんでした? さっきのミーティングも反応が鈍かったですよね」
立花が流雨を見ながら流雨のことを話しているようだと思うが、流雨は聞こえないフリをした。
「先輩のあの顔は……たぶん、紗彩さんのことを考えてますね」
「紗彩さんって、前に会社に来た子ですよね! 女子高生の可愛い子」
「そうです。先輩の妹のような方なのですが、先輩が悩む時は、たいてい紗彩さんのことです」
千葉は大学の時からの付き合いなので、流雨のことをよく分かってる。
「それにしても、今日の先輩は鈍すぎでした。あれはきっと……そう、恋煩い」
「恋患いですか。病気ですか」
「立花はバカなのですか? 恋煩いは病気じゃないの。四百四病の外って言うでしょう」
「分かってますよ! ちょっとボケてみただけじゃないですか! だって、先輩が恋とか、一番遠そうな人でしょう!」
「バカね。立花は先輩と大学で一年しか一緒じゃなかったから知らないのね」
「何がですか?」
「どんな美女や可愛い子が先輩を誘っても、用事がある、仕事があると言って断る人が、紗彩さんの兄に紗彩さんが帰ってきていると聞けば、速攻会いに行く人ですよ。たった今、美女を断った口で、紗彩さんに会う時間だけはあるからと上機嫌で帰っていく先輩を横目に、紗彩とは誰だと美女に詰め寄られる私の恐怖を誰かに分かってほしい」
流雨は以前、千葉に愚痴られたことがあるので、大学で千葉が流雨の秘書のように思われていたのは知っている。流雨に誘いをかけない大学の女性は千葉くらいだったので、流雨が千葉とは会話をよくしていたのもあるのだろう。だからか、なぜか流雨の女性除けのような役目を果たすことが多々あり、千葉に「先輩専用の防波堤ではないんですが!」と抗議されたが、流雨は頼んでもいないのに千葉はいい仕事するな、と感心していただけだった。
その後、千葉と立花の二人は去っていったが、やはり今日は誰から見ても流雨が変だったのは見てわかる状態だったらしい。明日には元の自分に戻れるようにしなければならないと、反省する。
それにしてもだ、実海棠は紗彩に前に婚約者がいたことを、なぜ教えてくれなかったんだ。実海棠は紗彩の海外での生活を、最低限しか教えてくれない。流雨もそれが分かっているから、無理やり聞くことはないけれど、婚約者のことくらい、教えてくれても良かったのではないかと思う。
実海棠は、紗彩が結婚に同意するなら、流雨と紗彩が結婚をしてもいいと言ってはくれる。そこに嘘はないと思う。ようは紗彩の気持ちを流雨に向けることができるなら、結婚してもいいということだと思う。
だから流雨は紗彩の気持ちを流雨に向けようと、流雨を意識してもらえるよう動いていた。その甲斐あってか、最近の紗彩の流雨を見る目は、今までとは少し違うように感じていた。今までも紗彩は流雨が好きなのは分かっていた。兄として可愛がる流雨に、妹としての好意は向けてくれていた。最近では、その中に流雨を男性として意識しているような好意も混ざっていたように思う。
このままいけば、いつかは紗彩は流雨のところに落ちてくれる、そう思っていたのだが、流雨の行動は遅すぎたのだろうか。昨日の紗彩は、恋と結婚は別物だというように、話をしていた。その紗彩が、結婚は好きな人としたいと思うようになってくれなければ、実海棠もきっと流雨との結婚は許しはしないだろう。実海棠は、紗彩の意見を尊重する人だから。
紗彩が婚約者候補を決め、最終的に婚約をするまで、そこまで時間はないはずだ。
まだ間に合うのか分からないが、流雨はまだ紗彩を諦めない。だから、何か行動を起こさなければ。流雨は思索に耽るのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
246
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる