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第1章
68 兄(仮)と思いがけないデート1
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バレンタインデーの次の日の金曜日。
その日は朝から二十九階の私の会社で仕事をして、午後は外出するのだ。化粧品の次の企画をどうしようか考えるためで、今日は化粧品店を回る予定なのである。
家のビルを出た時、私はある人物に気づいたが、気づかないフリをして歩き出した。そして歩きながらバッグから手鏡を出し、自分の顔を確認する仕草をしながら、鏡越しに後ろを見る。
「またか……」
すごく背の高い男性が、怪しげなフードを深々とかぶってはいるが、知った人間である。その男性が私を伺っている。あんなに背が高く怪しければ、目立つことこの上ない。私でさえ気づいた彼だが、私はそれをスルーして歩き出した。
目当ての化粧品店にやってくると、嬉々として化粧品を物色する。麻彩に化粧して遊びたいと思いつつ、真面目に次の企画も考えながら移動する。そして、まあまあの化粧品の数を購入し、次の場所に向かった。
ファッションビルの三階にある化粧品ブランドに用事があるため、ビルの外に面しているエレベーターに向かった。ところが、エレベーターの前には業者とファッションビルの従業員がいた。
「申し訳ありません。エレベーターは現在点検中でして、お急ぎの方は表の階段をお使いください!」
点検中とは、なんて間の悪い。仕方ないので言われた通りの階段へ向かうが――。
「これを上れと?」
その階段は外階段で、一階から三階まで途中に踊り場はあっても、一つ繋ぎの長い階段だった。しかも手摺がない。
手摺がないなんて、困ったと思う。しかし、行きたいお店はこのビルの三階で、東京でも一店舗しかないお店なので、他の支店に行く、なんていう手段が使えない。
「大丈夫よ、手摺なんてなくても、壁に手を付きながら行けばいいのだわ」
次々と階段を上っていく人たちを横目に、独り言をつぶやきながら、階段の端に寄る。そして何度も深呼吸をする。
「大丈夫、私ならできる」
そう言いながら階段下で五分が経過した。冬で寒いはずなのに、なぜか汗をかいている。
「怖いと思うから怖くなるのよ。全然怖くないわ!」
私は意を決して、階段へゆっくりと一歩踏み出した。ゆっくりと上る。片方の足を意識して、踏み外さないように。ここには私を落とそうなんて人はいないのだから、落ちるなんてことはない。
そして、かなり時間をかけて、やっと階段の途中の踊り場にやってきた。そして一息を付く。
あとどのくらいあるのだろう、と上を見て、まだ上がかなりあることを確認する。そして、今度は下を見た。あれだけ上ってこられたのだから、あと少し、そう思うだけでは済まなかった。下を見ると、なんだか眩暈がする。世界がぐるぐると回り、足元がぐにゃりと歪み、立っていられなくなってきた時、遠くから声がした。
「……彩! 紗彩!」
まだ世界が回る中、かろうじて分かるのは、声だけだった。
「るー君?」
「そうだよ。俺が見えないんだね?」
「気持ち悪いの……視界がぐるぐるする……」
「分かった。紗彩は目を瞑ってて」
上なのか下なのかも感覚が分からないが、流雨に抱え上げられたのは分かった。それから、流雨はどこかに移動し、私は流雨の膝の上に乗って流雨も椅子に座っているのだろう、というところまでは肌の感覚で分かっているが、どうにも眩暈が治らなくて、じっとする。
それからどのくらいそうしていたのか、眩暈がなくなってきて、流雨の首あたりにあった顔を上げた。
「どう? 気持ち悪さはなくなった?」
「うん、るー君、ありがとう」
「それはいいよ。でも、今度また手摺のない階段を上るなら、俺を呼び出すこと」
流雨は兄から私が階段が苦手だと昔に聞いてるので知っているのだ。
「階段で呼び出すなんて、できないよ……。あれ? でもどうして、るー君がここにいるの?」
「仕事の移動でタクシーに乗ってたんだよ。そしたら、たまたま紗彩を階段下で見かけたから、途中でタクシーを降りてきたんだ。さっきまで千葉もいたんだよ。気づかなかった?」
「そうなの?」
眩暈で世界が回っていて、それどころではなかったので千葉には気づかなかった。
「そっかぁ。仕事の途中だったんだよね、るー君ごめんね」
「気にしなくていい。それに、今日はもう仕事は終わりにしたから、紗彩に付いて行くよ」
「……え? 仕事終わっていいの? まだ三時だよ」
「いいよ。外での仕事は終わって、その帰りだったから。最低限は終わらせているし、問題ない」
「でも、今日は化粧品のお店を回るんだよ?」
「荷物持ちでも何でもするよ」
胸がきゅうとして、流雨に抱き付く。予想外に一緒にいられることが嬉しい。
「ありがとう、るー君。大好き」
「俺も好きだよ、紗彩」
流雨から体を離し、流雨と笑いあっているときに、ふと気づく。私たちがいる場所は、ファッションビルの三階の外にあるベンチで、すぐそばをビルのお客さんが大勢行き交っている。そして私たちは間違いなく目立っていた。みんな通りすがりに私たちを見ている。
かあっと顔が熱くなり、慌てて流雨の膝から降りた。
「るるる、るー君! ここ、人がいっぱい!」
「そうだよ」
そうだよ、じゃなーい! 平然と頷く流雨の手を引っ張り、私は恥ずかしさいっぱいでビルの三階の入口へ入った。
その日は朝から二十九階の私の会社で仕事をして、午後は外出するのだ。化粧品の次の企画をどうしようか考えるためで、今日は化粧品店を回る予定なのである。
家のビルを出た時、私はある人物に気づいたが、気づかないフリをして歩き出した。そして歩きながらバッグから手鏡を出し、自分の顔を確認する仕草をしながら、鏡越しに後ろを見る。
「またか……」
すごく背の高い男性が、怪しげなフードを深々とかぶってはいるが、知った人間である。その男性が私を伺っている。あんなに背が高く怪しければ、目立つことこの上ない。私でさえ気づいた彼だが、私はそれをスルーして歩き出した。
目当ての化粧品店にやってくると、嬉々として化粧品を物色する。麻彩に化粧して遊びたいと思いつつ、真面目に次の企画も考えながら移動する。そして、まあまあの化粧品の数を購入し、次の場所に向かった。
ファッションビルの三階にある化粧品ブランドに用事があるため、ビルの外に面しているエレベーターに向かった。ところが、エレベーターの前には業者とファッションビルの従業員がいた。
「申し訳ありません。エレベーターは現在点検中でして、お急ぎの方は表の階段をお使いください!」
点検中とは、なんて間の悪い。仕方ないので言われた通りの階段へ向かうが――。
「これを上れと?」
その階段は外階段で、一階から三階まで途中に踊り場はあっても、一つ繋ぎの長い階段だった。しかも手摺がない。
手摺がないなんて、困ったと思う。しかし、行きたいお店はこのビルの三階で、東京でも一店舗しかないお店なので、他の支店に行く、なんていう手段が使えない。
「大丈夫よ、手摺なんてなくても、壁に手を付きながら行けばいいのだわ」
次々と階段を上っていく人たちを横目に、独り言をつぶやきながら、階段の端に寄る。そして何度も深呼吸をする。
「大丈夫、私ならできる」
そう言いながら階段下で五分が経過した。冬で寒いはずなのに、なぜか汗をかいている。
「怖いと思うから怖くなるのよ。全然怖くないわ!」
私は意を決して、階段へゆっくりと一歩踏み出した。ゆっくりと上る。片方の足を意識して、踏み外さないように。ここには私を落とそうなんて人はいないのだから、落ちるなんてことはない。
そして、かなり時間をかけて、やっと階段の途中の踊り場にやってきた。そして一息を付く。
あとどのくらいあるのだろう、と上を見て、まだ上がかなりあることを確認する。そして、今度は下を見た。あれだけ上ってこられたのだから、あと少し、そう思うだけでは済まなかった。下を見ると、なんだか眩暈がする。世界がぐるぐると回り、足元がぐにゃりと歪み、立っていられなくなってきた時、遠くから声がした。
「……彩! 紗彩!」
まだ世界が回る中、かろうじて分かるのは、声だけだった。
「るー君?」
「そうだよ。俺が見えないんだね?」
「気持ち悪いの……視界がぐるぐるする……」
「分かった。紗彩は目を瞑ってて」
上なのか下なのかも感覚が分からないが、流雨に抱え上げられたのは分かった。それから、流雨はどこかに移動し、私は流雨の膝の上に乗って流雨も椅子に座っているのだろう、というところまでは肌の感覚で分かっているが、どうにも眩暈が治らなくて、じっとする。
それからどのくらいそうしていたのか、眩暈がなくなってきて、流雨の首あたりにあった顔を上げた。
「どう? 気持ち悪さはなくなった?」
「うん、るー君、ありがとう」
「それはいいよ。でも、今度また手摺のない階段を上るなら、俺を呼び出すこと」
流雨は兄から私が階段が苦手だと昔に聞いてるので知っているのだ。
「階段で呼び出すなんて、できないよ……。あれ? でもどうして、るー君がここにいるの?」
「仕事の移動でタクシーに乗ってたんだよ。そしたら、たまたま紗彩を階段下で見かけたから、途中でタクシーを降りてきたんだ。さっきまで千葉もいたんだよ。気づかなかった?」
「そうなの?」
眩暈で世界が回っていて、それどころではなかったので千葉には気づかなかった。
「そっかぁ。仕事の途中だったんだよね、るー君ごめんね」
「気にしなくていい。それに、今日はもう仕事は終わりにしたから、紗彩に付いて行くよ」
「……え? 仕事終わっていいの? まだ三時だよ」
「いいよ。外での仕事は終わって、その帰りだったから。最低限は終わらせているし、問題ない」
「でも、今日は化粧品のお店を回るんだよ?」
「荷物持ちでも何でもするよ」
胸がきゅうとして、流雨に抱き付く。予想外に一緒にいられることが嬉しい。
「ありがとう、るー君。大好き」
「俺も好きだよ、紗彩」
流雨から体を離し、流雨と笑いあっているときに、ふと気づく。私たちがいる場所は、ファッションビルの三階の外にあるベンチで、すぐそばをビルのお客さんが大勢行き交っている。そして私たちは間違いなく目立っていた。みんな通りすがりに私たちを見ている。
かあっと顔が熱くなり、慌てて流雨の膝から降りた。
「るるる、るー君! ここ、人がいっぱい!」
「そうだよ」
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