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第1章
67 バレンタイン2
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流雨の会社に入室すると、流雨の部屋に全員で入る。そして荷物をテーブルに置くと、流雨は他の部下と話があるからと、部屋を出た。そこで、私は千葉に話しかける。
「千葉さん、さっきの女の人って、るー君の彼女じゃないですよね」
「まさか。先ほどの先輩の態度を見たでしょう。ただの取引先のお嬢様ですよ。先輩は女性によく好かれるので、ああいうのは日常茶飯事です」
「そうですよ! 先輩はどんな相手でも塩対応ですから! あ、僕、立花っていいます! 先輩の大学の後輩でした。紗彩さん、よろしくです!」
「よろしくお願いします」
立花は人懐っこそうな男性である。
「あの、るー君に手作りお菓子を渡したの、気持ち悪くはないですよね? るー君喜んでいたし」
「気持ち悪いなんて、先輩に限ってありえませんよ。紗彩さんからだったら、先輩は何でも大歓迎ですから」
「そうですよね。僕も先輩が喜んで手作り受け取るの、初めて見ましたよ。大学の時から、先輩って手作りどころか、プレゼント系って一切受け取りませんよね」
「ああ、高校の時に色々あったらしいですよ。紗彩さん、先輩から手作りクッキーの話って聞いたことありません?」
千葉の言葉に、私は首を振る。
「身に着けているものを好きな相手にプレゼントすると恋が叶うという占いを信じた子が、先輩に手作りクッキーを渡してきたらしいのです。ぱっと見は普通のクッキーに見えたらしいのですが、クッキーの欠片みたいなものをよく見ると、爪だったらしいです」
「ひぃぃぃー」
立花が恐怖の顔をしている。しかし、それは確かに悲鳴を上げたくなる。爪入りクッキーとは、ホラーだ。身に着けているものどころか、身に付いていたものではないか。
「先輩は元から他人の手作りには手を出さないようにしていたらしいですが、そのクッキー事件以来、物をもらうのも一切断ることにしたとか」
なるほど、それはトラウマにもなる。
「ったく、余計なことを言わないでくれないか」
流雨が部屋に戻ってきた。流雨の声に、千葉はいつも通りだが、立花が目に見えて狼狽えていた。
「あはは! 先輩もいろいろあったんですねぇ! って怖っ!」
立花は流雨の視線から外れたいのか、千葉の横に隠れて、私に言った。
「先輩って、こんな風に紗彩さんにもいつも怖いんですかっ!」
「そんなことないですよ。るー君は、いつも優しくて」
「先輩、僕にも優しくしてくださいっ!」
流雨は目を細めた。
「千葉」
「承知しました、すぐにこの馬鹿を連れて行きます。では、紗彩さん、失礼しますね」
「は、はい」
背中を押しながら立花を連れた千葉は去っていく。
「俺は紗彩の手作りなら、何でも食べるからね」
流雨が私を抱きしめた。
「うん。るー君は、私の料理も食べてくれるものね」
「そうだよ。それに紗彩の料理はどれも美味しいから。今日のチーズケーキも楽しみだよ」
私はその言葉に嬉しくて、顔だけ上げた。
「うん、美味しくいただいてください! あのね、紅茶と一緒に食べると美味しかったのだけど、コーヒーにも合うと思うの! ワインとかにも合うかも!」
「分かった」
流雨と笑いあう。バレンタインに何を渡すかなんて、最初から何も悩む必要はなかった。
「そうだ、お父さんにお菓子を渡すって言っていたね。今日は食事会?」
「そうなの」
そして今日の食事会のホテルの場所を伝える。
「交通手段はどうする予定?」
「あ、あのね、さっき調べたんだけど」
私は流雨から離れてスマホをバッグから取り出した。
「ここから地下鉄で二回乗り換えれば行ける」
「タクシーにしようか」
「行けるってばぁ!」
ほら! と言いながら、流雨にスマホの乗車案内アプリを見せる。しかし、流雨の意見は変わらなかった。
「その乗り換え場所は俺も分かるけど、複雑な場所だから。紗彩は絶対迷子になるから」
「ぜ、絶対!?」
「絶対。だからタクシーにしよう。その方が、移動時間も短縮になるし、俺も紗彩と一緒にいられる時間が長くなる」
なんという殺し文句。「一緒にいられる時間」と言われてしまえば、否を言い続けられなくなる。
「分かったよぅ。そんなに迷子にならないと思うのになぁ。るー君だって、地下鉄使うでしょ?」
「まったく使わないとは言わないけど、最近は基本はタクシーだよ」
「そうなの?」
「仕事で移動する時は特にね」
それから、食事会へ向かう時間まで、少しの間流雨とソファーに座って話をする。
「そういえば、紗彩の婚約者は決まってないよね?」
流雨は最近会うと、必ずこれを聞いてくる。初めて婚約者の話をした時の流雨は怖かったけど、今は怒ってはいないようで怖くない。
「うん、まだ。ユリウスが悩みこんでる」
三人まで絞った候補の軽めの素行調査も終わり、後は相手を決めるだけなのだが。
「そう。でも悩むのは良いことだよ。今後が決まるんだから、ユリウスにはしっかり考えるように伝えて」
「……うん」
流雨が私を抱きしめる。なんだか、とたんに寂しい感情が胸に渦巻く。
「……今回の週末は、紗彩は時間がないんだったね」
「うん、ごめんね。予定があるんだ」
明日の金曜なら午前は仕事だけど、午後は時間はある。しかし、その時間は流雨は仕事で忙しいだろう。
今回、流雨に会えるのは、今日だけだからと、私は思いっきり流雨に抱き付くのだった。
「千葉さん、さっきの女の人って、るー君の彼女じゃないですよね」
「まさか。先ほどの先輩の態度を見たでしょう。ただの取引先のお嬢様ですよ。先輩は女性によく好かれるので、ああいうのは日常茶飯事です」
「そうですよ! 先輩はどんな相手でも塩対応ですから! あ、僕、立花っていいます! 先輩の大学の後輩でした。紗彩さん、よろしくです!」
「よろしくお願いします」
立花は人懐っこそうな男性である。
「あの、るー君に手作りお菓子を渡したの、気持ち悪くはないですよね? るー君喜んでいたし」
「気持ち悪いなんて、先輩に限ってありえませんよ。紗彩さんからだったら、先輩は何でも大歓迎ですから」
「そうですよね。僕も先輩が喜んで手作り受け取るの、初めて見ましたよ。大学の時から、先輩って手作りどころか、プレゼント系って一切受け取りませんよね」
「ああ、高校の時に色々あったらしいですよ。紗彩さん、先輩から手作りクッキーの話って聞いたことありません?」
千葉の言葉に、私は首を振る。
「身に着けているものを好きな相手にプレゼントすると恋が叶うという占いを信じた子が、先輩に手作りクッキーを渡してきたらしいのです。ぱっと見は普通のクッキーに見えたらしいのですが、クッキーの欠片みたいなものをよく見ると、爪だったらしいです」
「ひぃぃぃー」
立花が恐怖の顔をしている。しかし、それは確かに悲鳴を上げたくなる。爪入りクッキーとは、ホラーだ。身に着けているものどころか、身に付いていたものではないか。
「先輩は元から他人の手作りには手を出さないようにしていたらしいですが、そのクッキー事件以来、物をもらうのも一切断ることにしたとか」
なるほど、それはトラウマにもなる。
「ったく、余計なことを言わないでくれないか」
流雨が部屋に戻ってきた。流雨の声に、千葉はいつも通りだが、立花が目に見えて狼狽えていた。
「あはは! 先輩もいろいろあったんですねぇ! って怖っ!」
立花は流雨の視線から外れたいのか、千葉の横に隠れて、私に言った。
「先輩って、こんな風に紗彩さんにもいつも怖いんですかっ!」
「そんなことないですよ。るー君は、いつも優しくて」
「先輩、僕にも優しくしてくださいっ!」
流雨は目を細めた。
「千葉」
「承知しました、すぐにこの馬鹿を連れて行きます。では、紗彩さん、失礼しますね」
「は、はい」
背中を押しながら立花を連れた千葉は去っていく。
「俺は紗彩の手作りなら、何でも食べるからね」
流雨が私を抱きしめた。
「うん。るー君は、私の料理も食べてくれるものね」
「そうだよ。それに紗彩の料理はどれも美味しいから。今日のチーズケーキも楽しみだよ」
私はその言葉に嬉しくて、顔だけ上げた。
「うん、美味しくいただいてください! あのね、紅茶と一緒に食べると美味しかったのだけど、コーヒーにも合うと思うの! ワインとかにも合うかも!」
「分かった」
流雨と笑いあう。バレンタインに何を渡すかなんて、最初から何も悩む必要はなかった。
「そうだ、お父さんにお菓子を渡すって言っていたね。今日は食事会?」
「そうなの」
そして今日の食事会のホテルの場所を伝える。
「交通手段はどうする予定?」
「あ、あのね、さっき調べたんだけど」
私は流雨から離れてスマホをバッグから取り出した。
「ここから地下鉄で二回乗り換えれば行ける」
「タクシーにしようか」
「行けるってばぁ!」
ほら! と言いながら、流雨にスマホの乗車案内アプリを見せる。しかし、流雨の意見は変わらなかった。
「その乗り換え場所は俺も分かるけど、複雑な場所だから。紗彩は絶対迷子になるから」
「ぜ、絶対!?」
「絶対。だからタクシーにしよう。その方が、移動時間も短縮になるし、俺も紗彩と一緒にいられる時間が長くなる」
なんという殺し文句。「一緒にいられる時間」と言われてしまえば、否を言い続けられなくなる。
「分かったよぅ。そんなに迷子にならないと思うのになぁ。るー君だって、地下鉄使うでしょ?」
「まったく使わないとは言わないけど、最近は基本はタクシーだよ」
「そうなの?」
「仕事で移動する時は特にね」
それから、食事会へ向かう時間まで、少しの間流雨とソファーに座って話をする。
「そういえば、紗彩の婚約者は決まってないよね?」
流雨は最近会うと、必ずこれを聞いてくる。初めて婚約者の話をした時の流雨は怖かったけど、今は怒ってはいないようで怖くない。
「うん、まだ。ユリウスが悩みこんでる」
三人まで絞った候補の軽めの素行調査も終わり、後は相手を決めるだけなのだが。
「そう。でも悩むのは良いことだよ。今後が決まるんだから、ユリウスにはしっかり考えるように伝えて」
「……うん」
流雨が私を抱きしめる。なんだか、とたんに寂しい感情が胸に渦巻く。
「……今回の週末は、紗彩は時間がないんだったね」
「うん、ごめんね。予定があるんだ」
明日の金曜なら午前は仕事だけど、午後は時間はある。しかし、その時間は流雨は仕事で忙しいだろう。
今回、流雨に会えるのは、今日だけだからと、私は思いっきり流雨に抱き付くのだった。
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