【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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01 幽霊のような彼女との出会い

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 高校二年の六月終わりの金曜日、六時間目の授業が終わった後に誰かが言った。

「なぁ、駅前の期間限定のお化け屋敷、今日かららしいよ。行ってみたくない?」
「え~、お化け屋敷~?」
「いいね! 来週は行けないし、行くなら今日だろ!」

 ノリの良い男子の返事、渋るような返事をしながらも表情は乗り気の女子、そんな様々な会話が僕――北原航輝(きたはらこうき)――の周りで交わされている。

 来週から七月となり始まるのは期末試験だ。普段は部活に入っている人も、今日から放課後の部活は試験休みのところが多い。本来なら帰って試験勉強をしなければ、というところであっても、様々な部活の休日が同日になることは少ないから、今日はみんなで遊びに行こう、という気になるのは分からなくもない。

 わいわいと楽しそうに会話する彼らは、終礼のために担任の先生が教室に入ってきたところで自席に着席した。

 来週から始まる期末試験の説明など担任から色々とあり、最後に挨拶と共に帰宅を許される。

「コウ! お前も行くよな、お化け屋敷」

 同じクラスの深沢海斗(ふかざわかいと)が斜め後ろの席から言った。彼は僕の従兄弟でもあって普段はバスケ部なのだが、部活は例に漏れず本日は試験休みだ。これから遊びに行くことを楽しみにしているようにニカッと笑っている。

「俺はいいや。先に帰ってる」
「え~、航輝くん、行かないの? いつもやる気ないんだから~」

 海斗の向こう隣に座っている女子が不満そうに言う。お化け屋敷にやる気とは何なんだ。
 海斗が取り持つように笑った。

「分かった分かった! まあ、大人数で行っても全員いっぺんには入れないだろうしな。コウは先に帰ってて~」
「うん。じゃあね」
「おう! ――ところで、何人行ける?」

 海斗が仕切ってお化け屋敷へ一緒に行くメンバーを数えている間に、僕は教室を出た。あの感じだと、お化け屋敷メンバーは十人以上集まりそうだなと思いながら、学校から出て帰路に着く。

 僕が通う高校は高台――といっていいのか分からないが、海抜四十五メートルにある土地――に存在する。海から内陸五キロ地点に大きい最寄り駅があり、海斗たちはその近くのお化け屋敷へ行こうとしているのだ。最寄り駅も高台の中にある。

 土地自体が高台なこともあって、なだらかな坂道が多い。僕の家は高台の上にさらに丘になった『桜ヶ丘』という場所にある。そのため、上り坂を考えれば自転車に乗って通学する気にはなれず、徒歩通学だった。

 ニ十分ほど歩き、桜ヶ丘にある『桜ヶ丘珈琲』というカフェに立ち寄った。ここはオシャレなカフェと有名で、春になると桜が有名な公園が近くにあることもあり、わざわざ地方から客が立ち寄る店でもある。

 カフェに入ると、カウンターに寄った。男性の店員が笑みを向ける。

「コウ、お帰り」
「ただいま。今日はアイスコーヒーがいいな」
「わかった」

 『桜ヶ丘珈琲』は海斗の両親が開いている店だ。僕の対応をした店員は叔父であり、海斗と僕の母同士が姉妹なのだ。僕はほぼ毎日ここに立ち寄って帰るのが日課で、一日一杯だけ飲み物を無料で提供してもらえるという甥っ子特有のサービスを有難く享受している。二杯目以降は有料だけど。

「海斗はどうした? 今日は試験休みで部活はないって言ってたんだが」
「駅前のお化け屋敷に行くって言ってたから置いて来た」
「あいつは試験休みの意味を分かっているのか?」

 ブツブツ言う叔父からアイスコーヒーとリュックを受け取り、賑わっている一階の店内を通り、店の中央にある階段から二階へ上がる。そしてバルコニーへ出た。

 『桜ヶ丘珈琲』が人気なのは景色が良いことも理由だ。丘にあるため、バルコニーからは下に広がる家々と空と自然を確認できて眺めがいい。昼間は遠くにある海まで見えるし、夜は夜で家や道路の灯りが暗闇に浮かんで綺麗に見える場所だった。

 一階は店内もバルコニーの席も賑わっていたけれど、二階の客はまばらだ。バルコニーの柵寄りにある一番眺めのよい場所の席に座った。ここは僕の定位置でもある。

 この日は六月末でそこそこ暑い日だった。
 しかし、この街は海から来る風が強めなので、バルコニーにいれば体感的には涼しく感じる。夏至が過ぎたばかりで夕方四時半なので、まだまだ明るい。

 叔父から受け取ったリュックからスケッチブックとタブレットを取り出した。
 リュックは毎朝ここに預けて学校へ行っている。叔父は部活が休みなのに試験勉強をしない海斗のことをブツブツ言っていたが、僕だって今日は別に勉強をする気はなかった。

 スケッチブックを開いてテーブルに置き、タブレットでお絵描きアプリを開く。アプリの真っ白のキャンバスに好きに描いていく。本当は左利きの僕だけど、すでに描きなれて等しい右手ですらすらとペンを動かす。
 これが僕の平日の日課であった。

 絵を描きながらも、海斗が帰ってきた時のことを考えた。間違いなく今日のお化け屋敷体験を口から垂れ流すに違いない。

 ……聞きたくない。何でお化け屋敷にわざわざ行く? 遊園地でもあるまいし、期間限定のお化け屋敷って何だよ。

 従兄弟の海斗も知らないことだが、僕は怖いものが苦手だった。幽霊なんて嫌いだし、わざわざ恐怖心を煽る場所に行って何が楽しいのか分からない。

 お化け屋敷に行くのを断ったのは、単純に怖いからだった。もし行ったなら、間違いなく気絶しているに違いない。そんな情けない姿をクラスメイトに見せられるはずもなく、お断り一択となってしまった。

 今日行く場所が映画とかだったら行ったのに。僕のクラス全体の仲は良い方で、体育祭などの行事はクラスで盛り上がる。部活に入っておらず無気力気味の僕でも、行先がお化け屋敷でなければ行きたかった。

 ……お化けはお化けでも、兄ちゃんなら出てくれてもいいんだけどな。

 僕には四歳年上の兄がいた。半年前に病気で死んでしまったけれど。
 小さい頃から兄の後を付いて回り、兄っ子だった僕の喪失感はまだ消えない。悲しんでばかりいると兄に怒られるので、もう泣くことはないけれど。

 やはり兄には再び会いたいと思ってしまう。

 ……お化けの兄ちゃんってどんな感じ? やっぱり……足がなかったりする?

 幽霊は足がないと聞いたことがある。本当だろうか。足が透けて宙に浮く兄を想像してみる。
 ぞぞぞっ。鳥肌が立った。

 ……ごめん、兄ちゃん! できれば地に足をつけてから会いに来て!

 弟思いの兄の事だ。きっと僕を怖がらせないように来てくれるはず。小さい頃、怖がりの弟のために夜中のトイレに付いてきてくれていた兄を思い出しつつ、ひたすらに絵を描く。

「ねぇ、これって自画像?」

 急に話しかけられ、ビクっとして声がした左側を向いた。思ったよりも近距離に立つ女性。

「わぁぁあああ……!?」

 いつの間にか外はずいぶん暗くなり、やけに白い女性がじっと僕を見ている。

「ゆ、ゆーれい……っ」
「……幽霊? ――あははっ、私まだ死んでないよ~」

 半袖の真っ白なシャツワンピースに、シャツに負けていないほど真っ白な腕。左腕には包帯を巻き、緩く内に巻いたセミロングの黒髪が風に揺れている。日本でよく聞く少女の幽霊のように見えた。身体がボウッと浮き上がって見える。

 血の気が引く思いでチラっと彼女の足元を見た。足は……ある。スニーカーを履いていた。

「まだ疑ってる? 足あるよ。ほらほら~、幽霊じゃないって~」

 彼女はかかとを地面に付けたまま、片足のつま先をダンダンと地面を叩いてみせた。

 確かに彼女は幽霊ではないらしい。生身の人間だった。
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