【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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09 天国と地獄

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 夕方四時前、僕たちはフラワーパークを出てバスにて帰宅の途に就いた。行きとは違い、帰りのバスは新車ではないようで、彼女は酔わずに会話している。

「そういえば、今日は七夕って知ってる?」
「知ってるよ」
「近所に天の川がよく見えるところってないかな? 一昨日、家の前で空を見てみたけど、星はうっすら見えるけど、天の川がイマイチよく見えなくてねー」
「家の前じゃ、街灯とか近所の家の明かりとかで厳しいよね」
「『桜ヶ丘展望台』はどう? 今日行ってみようかと思うんだけど」
「展望台は海までの景色がいいから、街の灯りでやっぱり星は見にくそうだけど。……というか、今日の何時に行くの?」
「十時くらい」
「ええ……一人で行く気? 危ないよ」
「大丈夫、大丈夫。サロペット着て、パーカーのフードも羽織って、『僕、男の子』って言いながら行くから」
「別の意味で怪しい人じゃん」

 溜め息をつきつつも、展望台よりいい場所がないか考える。

「……あそこなら星は見えるかも」
「え、どこ?」
「サヤが一人じゃ行けない場所。……俺も行くよ。危ないし」
「コウ君って結構面倒見いいよねぇ。ありがとう、嬉しい」

 笑みを向ける彼女に視線を向ける。
 本来、僕は末っ子で面倒を見てもらう方だったのに、なぜか彼女の前だと面倒を見るほうになっていることに気づく。

 でも仕方ないのだ。彼女は見ていないと持ち前の行動力で飛んで行ってしまいそうだから。

「いったん帰ってから夕食を済ませて、八時半ごろに迎えに行く感じでもいい?」
「迎えに来てくれるの? ありがとう」
「夜だからね。危ないでしょ」
「うん」
「……す、スカートでは来ないでね。俺も行くけど、男の子の格好で来て」
「うん」

 なぜかどもってしまった。ニコニコと嬉しそうにしている彼女に、なんだか落ち着かない気持ちになる。

 桜ヶ丘まで帰って来た僕たちは、それぞれ帰宅する。
 そして夜の八時半、彼女の祖母宅の前まで来てチャットで『着いた』と連絡すると、待ってました、というように準備万端の状態で彼女は家の外に出て来た。

 彼女が話していたサロペットの上にパーカーを羽織り、フードまでして性別を分からないようにしている。

「コウ君、お迎えありがとう! ……手に何を持ってるの? 段ボール?」

 僕はバッグを一つと潰した大きい段ボールを持っていた。

「この後に段ボールの上に寝てから空を見るから」
「……コウ君、頭いい~」
「まあね。ほら、行こう」
「うん」

 彼女は懐中電灯を持っていた。

「ねぇねぇ、展望台には行かないんだよね? どこに行く予定?」
「少し歩くと野球の練習場があるんだ。小学校の時に練習で使ってた場所で、回りは木で囲まれてて電気を消すと夜は真っ暗なんだよね。そこは夜に星が見えてたなって思い出した」
「へえ、そんないい場所があるんだ!」

 彼女と並んで歩き、久しぶりに練習場までやってきた。小学校以来かもしれない。この時間は練習は当然やっていなくて、誰もいない。

 ……思った以上に暗いかも。

 そう思っていると、彼女が余計なことを言った。

「コウ君大丈夫? 暗いから手を繋いであげようか? 泣かないで」
「泣いてません!」
「あはは……っ」

 内心ビビッていることは根性で出さないようにする。とはいえ、僕は一人ではここに絶対に来られないだろう。

 練習場の真ん中まで歩いて段ボールを地面に置いた。彼女が地面を懐中電灯で照らしてくれているので、バッグからシートを取り出し、段ボールの上に敷く。

「よし、寝転がろう」
「うん」

 二人でシートの上に並んで仰向けになる。

「懐中電灯を消していい?」
「いいよ」

 彼女が明かりを消し、急に辺りが真っ暗になった。だんだんと目が暗闇に慣れ、空の輝く星が目に入る。

「わぁ~~~! 星がたくさん! 小さい星も綺麗に見えるね!」
「……そうだね」

 思った以上に星が綺麗だった。素直に輝きが綺麗だと思う。

「あれが天の川じゃない? 星が集まってるとこ」
「たぶんそうだと思うよ」
「すごい、ちゃんと川なんだね……」

 星の集まりが川のように長く伸びている。
 あまりにも綺麗だから、二人ともしばらく無言で空を眺めた。

 そんな中、唐突に彼女が星を指す。

「あの星、動いてるんだけど、流れ星?」
「え……どれ?」
「あれ。まだ動いてるよ」
「……あー、あれはたぶん衛星」
「流れてるよ!?」
「流れ星は、そんなにずっと目で追えないよ。一瞬で流れるから流れ星じゃないかな」
「おう……ショック。流れ星って意外とないんだねぇ」
「流星群だったら流れ星が見やすいんだろうけど」
「流星群! いつあるの?」
「調べてないから分からない」
「今年あるかな!? 今度調べておくから、もしあったら一緒に見てね」
「いいよ」

 星は綺麗だから、また見てもいい。

「夏の大三角はさすがに分かりやすいね。あれとあれとあれだよね」
「たぶんね。でも、俺はそれ以外は分からないや。星座に詳しくない」
「それは私もだよ。――それにしても、今年は七夕が晴れで良かったね。織姫と彦星は会えておめでとうだね~」
「……喜んでいるところ悪いけど、織姫と彦星って十四光年くらい離れてるんじゃなかった? 七夕の一日では会えないと思うよ」
「嘘!?」
「光の速さで十四年の距離でしょ? 僕等のように飛行機で行き来するとしたら、かなり時間がかかるよね」
「宇宙船で行ってるのよ、たぶん」
「……それでも何百年ってかかりそう」
「ワープしてるから! 宇宙船でワープ! 十四光年なんて一瞬!」
「その場合、七夕関係なく普通に毎日行き来できそうだね」
「その場合はペナルティ! レッドカード! 七夕しか会っちゃダメなの! ワープを使えるのがきっと七夕限定なの!」
「ルールが厳しい……」
「……それか、星からすれば十四光年は人間の一年くらいなのかも。それなら、宇宙船で人間単位で三百年くらいかけて行っても、星は一年くらいしか感じないとか」

 そもそも宇宙船に星が乗れるのか、という謎はあるけれど、星と人間では時間の感覚が違うかも、という意見には同意したい。

「……それくらい気長にいられるなら、八十年くらいは一瞬かもしれないね」
「……どういう意味?」
「兄ちゃんが言ってたんだ。天国に行ったら、父さんと母さんは五十年、俺は八十年は天国に来るなって。来ないように見張ってるからって。それって、俺は八十年は兄ちゃんに会えないってことじゃんって思ってたんだけど」
「そういうことか。それならそうだね。コウ君はあと八十年は頑張って生きて、天国に行ったときにお兄さんにお土産話をたくさんしてあげると喜ぶと思うよ」
「お土産話か……」
「私も地獄で八十年はコウ君が来ないように見張っててあげる!」
「え、何で地獄?」
「私、地獄行き狙ってるもん。『死ぬまでに悪行の限りを尽くすぞ、オー!』」
「あれって、そこに繋がってたんだ」

 この時は、彼女の発言がいつもの調子のいい言葉とだけしか思っていなかった。

 そして再び冗談をいいつつ、さらに三十分ほど星鑑賞を楽しんだ。
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