【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜

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29 流れ星に願いを

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 十二月五日。
 彼女から『少し熱が下がってきたから、お絵描き禁止令が解除されました!』と連絡が来た。『遊びに来て。おしゃべりしようよ~』とのことなので、面会はできそうと判断して、次の日に会いに行った。

 もちろん、マスクに手洗いうがいは必須、服も着替えた。せっかく起き上がれるようになったのに、免疫の落ちている彼女に何かの病原菌をうつすわけにはいかない。

 彼女はまた痩せたようだった。それに、手の甲に痣ができていた。

「それ、どうしたの?」
「あ、これ? ちょっとぶつけただけなんだけどね。大げさに変な色だよね」

 これも合併症の影響の一つだろう。彼女の病は良い方向には進んでいない。それが分かって、胸に重苦しいものが過るけれど、顔は平然を装う。

 いつも明るい彼女は、暗い雰囲気が好きではないのだ。

 彼女が今一番したいことは、いつものように絵を描いて、僕が描いているところを見て、描きながら会話すること。いつもやっている普通のことが彼女のしたいことらしい。

 だから、僕らはいつものように楽しく会話しながら絵を描く。

「そういえば、流星群を屋上で見る許可をもらったよ」
「うん! 先生に聞いた! 私も先生に泣き落としした甲斐があったな~」

 やはり、最初は病院側から却下された。ほぼ夜中で面会時間も過ぎているのだから当然だろう。それに、彼女の体調も心配された。つい先日まで高熱でうなされていたのだから。

 だけど、彼女に会えなかった時も僕は諦めずに何度も先生に頼みに行った。彼女は彼女で、先生に頼み込んでいたらしい。

 結局、体調が良くなったら許可を出す、と先生が折れて、すると彼女の熱は下がっていったらしい。やはり希望は患者に大きく影響するんだと思う。

 彼女の体調が許可を出すくらいには良くなったので、先生は病院側と話し合ってくれて、晴れて流星群を屋上で見られることになった。

「流星群の日までまだ数日あるから、無理しないようにね」
「うん! 早寝早起き頑張る!」
「早寝遅起きでいいよ。ゴロゴロして身体を休めて」
「うん。栄養採るために嫌いな野菜も食べるようにする~。流星群のためなら頑張る~」
「そうだね。それは頑張れ」

 時々、入院食に嫌いな物が出ると、彼女から写真付きで送られてくるのだ。『この病院にはピーマンを与えようとする悪の集団がいる』と。

 この頃の僕は、学校で丁度期末試験の時期だった。彼女を疲れさせるわけにいかないので、最近は病室に二時間ほどの滞在にしていた。その後、家に帰ってから試験勉強をする日々だ。

 彼女が入院していても世界は回る。僕には学生という日常もある。でも、彼女という非日常がこの頃の僕の頭を占めていた。


 ● ● ●


 いつもの日々を過ごし、数日後に『ふたご座流星群』の日がやってきた。
 十二月十三日金曜日の夜、この日は快晴。彼女は晴れ女なのは間違いない。

 夜の面会時間が過ぎた後、彼女の担当の先生に協力してもらって僕は彼女の病室にやってきた。
 彼女は楽しみだったようで顔が明るい。心配された体調もここ数日と変わらずでよかった。そうでなければ、先生に当日でも許可は出さないと言われていたから。

 ただ、彼女は僕が持ってきた車いすを見て不本意そうにむーっとした。

「やっぱり車いす乗るの?」
「乗るの。もう真冬だからね。外は寒いから。転んで怪我しても困るし、今日だけは車いすで我慢して」
「歩けるのに」
「分かってるよ。でも上はダウンジャケットあるけど、下はパジャマのままじゃ寒いでしょ」
「……分かったよぉ。コウ君の心配性」
「俺だけの意見じゃないよ。先生も車いすがいいって言ってたし」
「はぁい」

 寒気対策で僕が車いすに毛布を敷き、彼女はしぶしぶ車いすに座った。
 彼女はダウンジャケットを来ている。その彼女に敷いた毛布を伸ばして足先まで包む。

「私ミノムシだ~」

 あはは、と笑う彼女の車いすを押しながら病室を出て、エレベーターで最上階へ向かう。
 最上階に到着すると、そこは闇だった。いや、闇というのは語弊はある。非常階段を示す緑色のマークが不気味に光っている。

「コウ君の苦手な幽霊屋敷……」
「違うから。この時間の病院が静かなのは当然だから。全然怖くないから」

 嘘だった。ちょっと、いや、だいぶ怖い。

 どうして夜中の病院っておどろおどろしいんだろう。比較的新しい建物なのに、僕の想像力が怖い方へ補完してしまう。彼女がいなければ、完全にひっくり返って気絶していたかもしれない。
 しかし、彼女の存在が僕に虚勢を張らせることに成功させ、僕なりに平然を装うことができていると思っている。

 彼女はぷくく、と笑って楽しそうだ。この闇では、彼女の明るい声が僕を平常心へ引き戻してくれる。

 屋上への扉に近づくと、持ってきた延長コードを取り出した。そして電気毛布に繋げて、彼女の足元を包む。

「え、また毛布が出て来た」
「今の時間、本当に外が寒いから。家から持ってきた」
「え~、ありがとう~」

 最後に彼女の首にマフラーを巻いて、頭ごと包んだ。彼女を寒さ対策で完全防備すると、屋上への扉を開ける。

「わ~! 息が白い!」
「ほら、寒いでしょ」
「うん。世の中は季節が進んでるんだねぇ。病院は温かいからな~」
「……今日は天気になってくれてよかった」
「本当だね。雲も少ないし、月は――あるか」
「月はあるけど、たぶん見えると思う。流星の数は多いみたいだし。病院に来る時に思ったけど、この時間、病院周りはそこまで明るくなかったし。月のない方角を見てみよう」
「そうだね」

 車いすを固定し、僕は一人用の段ボールを床に敷いた。その上にシートを敷いて座る。段ボールは冷気を遮断してくれる効果が高いので、特に冬は助かる。

「あ、オリオン座!」
「分かりやすいよね、オリオン座。俺は星関係はあとは北極星くらいしか分からないよ」
「同意~。前に行った野球の練習場ほどじゃないけど、ここも綺麗に星が見えるね」
「うん……あ」

 しゃべっている内に流れ星が流れた。

「流れ星~! 前の流星群の時より、流れがゆっくりじゃなかった?」
「うん、そんな気がした」
「やっぱり最初は興奮するね! 綺麗だもん~。願い事するの忘れるよ~」
「また流れるよ」

 今度は二人とも無言になって流星を待つ。
 数分後、再び流れの遅い流星が目に入った。

「天国に行けますように」
「サヤが天国に行けますように」

 同時にそう言って、顔を見合わせる。

「言えた~!」
「上書き完璧だよ」
「うん! ……でも、念のため、もう少しお願いを唱えてもいい?」
「いいよ」

 それから流れ星を見るたびに、同じお願い事を唱える。

 瞬いて輝く星は僕らの事情など知りもせず、ただいつものように夜空に存在を示す。流れ星の合間に見るそれらは、変わらないものもあるのだと妙に安心を覚えた。

 一時間ほど何度もお願い事をした僕等は、彼女の体調を考えてそこで終わりにした。

 病室に帰る途中、彼女は満足気に口を開いた。

「コウ君のお陰で流れ星が見られた。ありがとう」
「俺も見たかったし、これは少し早い誕生日プレゼントだから」
「あ、そうだった。最高のプレゼントだよ」

 彼女のマスクの上に見える目の表情は嬉しそうで、彼女の心配事が無くなったのなら良かった。もうあんな泣き顔は見たくない。だから彼女の笑顔にほっとした。
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