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しおりを挟むよくあることだ。
当時付き合っていた恋人が記憶喪失になった。
といっても、忘れたのは自分のことだけだ。忘れられたその時は思い出してもらおうと必死だった。
けれど、自分を罵る恋人からの言葉に耐えきれなくなってしまった。
「ばいばい」
そう言ったとき、彼はとても嬉しそうな顔をした。ようやく解放された、と笑った。それを見て悲しいと思わないほどには、俺の気持ちは冷めきっていた。
今の恋人の亮一とは高校の時からの付き合いだ。
「藍?」
いつまでも前の恋人のことを引きずっていた藍がここまでマトモな恋愛…まぁ、男同士だけれど。ここまでふっ切ることが出来たのは、亮一のおかげだ。
「どうした?」
ずっと携帯の同じ画面を見ていた藍に、亮一が不可解そうに見つめた。携帯を覗き込まない辺りが亮一のいいところだと思う。
「…んー…なんでもない」
平然と藍が答えたので亮一も「そうか」と一言、会話は終わった。
だけれどその平然とした裏で、藍は心臓が振り切れそうなほど焦っていた。
(なんで、いまさら…!)
先ほどまでつけていた携帯画面をもう一度見る。それはメール受信ボックスで、差出人は伊勢京司。数年前、藍と付き合っていた男だ。
メールには一文。
『全部思い出した。会いたい』
彼と別れた時、俺は心が壊れていた。よく漫画で見る[恋人に忘れられた主人公]の気持ちがよく分かった。
俺にとって、京司は本当に大切な人だった。
男同士で未来がないとどれだけ言われても、そばにいるだけで幸せなのだと言い合った。愛していると、数えきれないほど言った。
けれど彼に別れる前に言われた言葉は、罵倒の数々だった。
気持ち悪い、おかしい、近付くな、ホモ。
そんなに抱いて欲しいなら、抱いてやる。だから二度と近付くな。
悔しくて、悲しかった。そんなに簡単に忘れられた自分が、惨めだった。
ただ愛していただけなのに。
嫌われたくなくて必死で機嫌を取る日々に疲れてしまった。
「もう、無理しなくていい」
俺と京司と亮一。高校時代はいつも三人でいて、亮一は俺達二人の相談者のようでもあった。
ずっとそばにいてくれていたから、まさか自分に好意を寄せてくれているとは思わなかった。
「…もう、大丈夫だから。俺がずっと、アイツの代わりに側にいてやるから」
そう言ってくれた亮一に、京司が事故に遭ってから初めて泣いた。泣いて、泣きまくって、疲れて、久しぶりに爆睡した。
それまで寝れていなかったのがウソのように、ぐっすりと寝た。
起きたら目の前には亮一がいて、その時に思った。
俺と京司は、ここが切れ目なのだと。
これから俺は亮一の側にいるべきなんだと。
別れを告げてからは京司に会いに行くこともなく、偶々すれ違っても目も合わせなかった。亮一との思い出が増える度に、京司との思い出は減った。
それでいいのだと思った。もう、覚えている必要はないのだ。
だからもう、楽になろう。
そう思ったのに。
「…亮一?寝たの?」
隣で寝息が聞こえる。よだれを垂らす亮一に苦笑しながら、小銭を持ってサンダルを穿く。
家の外に出ると、冷たい風が頬に触れた。
未だに頭から消えない電話番号を打ち、携帯を耳に当てる。
一定のペースで鳴る電子音に、少しだけ熱があがった。
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