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2年生
ドキドキの正体はまだ保留で
今日はカミールが用事とのことで、いつもの空き教室で一人で勉強していた。テストまであと3日しかなく、テストで合格点を取れなかったら追試になってしまう。
夏休みは王妃教育があると家から通達が来ているので、追試で夏休みに居残りなどできない。
いつものようにテキストを開き、授業の復習をする。政治学はわかってきたが、経済学はまだわからないところが残っている。
経済学の演習問題と格闘していると、突然教室の扉がガラリと開いた。
「あ」
扉を開けたのはセオリアスだった。右手に鞄を抱えている。
「邪魔したか?」
「ううん。セオリアスも勉強しに来たの?」
僕はセオリアスの右手にある鞄に目をやった。学校で支給されている、教科書を入れるための鞄だ。
「俺もここで勉強していい?」
「うん。もちろん」
セオリアスは、一席開けて僕の隣に座った。シンとした教室内に、二つの鉛筆を走らせる音だけが鳴る。
セオリアスが来てから一時間ほど勉強し、頭が疲れてきたので休憩することにした。背もたれに背中を預け、上を向いて瞼を閉じる。
隣に気配を感じて目を開けてみれば、セオリアスが隣の席に座り、僕のテキストを覗いていた。
「経済学やってんの? 意外だな」
「父に取れって言われててさ」
なんとなく、セオリアスには王妃教育の一環であることを言いたくなくなくて、はぐらかしてしまった。
「ふうん」
セオリアスは僕のテキストを持ち上げ、パラパラとページをめくり始めた。
「あ、ちょっと! どこ勉強してたのかわかんなくなっちゃうじゃん」
「印がたくさんついてるな。経済学苦手なの?」
「う……。苦手だけど……」
僕はセオリアスの手からテキストをひったくった。
「なあ、わかんねえとこ教えてやろうか?」
「え、セオリアス経済学できるの!?」
「そりゃあな。誰かさんと違って、俺は子供のころからちゃんと勉強してたから」
セオリアスは得意げに言った。
「セオってさ……いっつも一言余計だよね。そんなんじゃモテないよ」
実際には顔も家柄も良いセオリアスはモテており、むしろ僕の方がモテていないが、僕は自分の事を棚に上げて大袈裟にため息をついた。
「はあ!? つか別にモテなくていいよ、めんどくせえだけだし」
「えー、何それ強がり?」
僕はくすくす笑ってみせたが、セオリアスは呆れ顔をするだけだった。
「だる絡みやめろ。で、そう言うマリスは? やっぱりその……モテたいのか?」
「そりゃ、まあ、モテたくないと言ったら嘘になるけど……いやでもたしかに変なオジサンにモテるくらいならモテない方がいい気がしてきた」
僕は一年の時の王宮パーティーを思い出し、ぶるりと身を震わせた。僕の顔は母に似ているらしく、パーティー以降も、母の独身時代に母を狙っていたらしい貴族たちから舐めるような視線を向けられたことが何度かある。
「だろ? じゃあくだらない話してねえで、勉強しようぜ。どこがわかんねえの?」
「あ、えっと……」
セオリアスは僕の前の席に移動すると、椅子の背もたれにお腹を預け、背もたれを両腕に抱えて僕と向き合う。セオリアスの説明は驚くほどわかりやすく、僕の専任講師になって欲しい程だった。
セオリアスの長細い指が、テキストをなぞる。チラリと顔を覗けば、伏せられた銀色の長い睫毛が揺れていた。
(相変わらず、綺麗だなあ)
イケメン、という言葉では言い表せないくらい綺麗な彼の顔は、国宝級だと思う。不躾だとは思いつつも、セオリアスをまじまじと見てしまう。
セオリアスが頭を揺らすたびに、ふわりと良い香りが鼻をかすめる。
(なんか、僕、意識しすぎかな……?)
考え出したら心臓がドキドキしてきた。このドキドキの正体が一体何なのか、頭の奥底ではわかっていても、まだ自覚したくなかった。
「おい、聞いてんのかよ?」
「へ、ぇ、あ?」
「お前顔赤くね? 熱?」
「い、いや。ちょっと暑いなって! 気にしないで!」
僕は両手で顔をパタパタと仰いだ。セオリアスが説明を再開する。結局セオリアスの勉強を妨げてしまったが、経済学のわからないところは全て解消された。
そろそろ教室の施錠時間なので、セオリアスと二人で教室を後にする。すっかり日が沈み薄暗くなった廊下を二人で歩く。
「なあ、マリスって今年の夏祭りも来んの?」
「特に行く予定はないかな。昨年は兄様に連れていただいただけだから」
「ふーん。じゃあさ」
セオリアスがぴたりと足を止めたので、つられて僕も足を止める。
「今年は俺と一緒に……行こうぜ。夏祭り……」
日の沈んだ7月の空は幻想的な紫色で、夕闇に沈む廊下は僕たちだけの世界だった。僕の心音はさっきからずっとうるさくて、静かな廊下に響いてセオリアスにまで届いていたかもしれない。
「……うん。行こう。絶対!」
顔を上げてセオリアスを見れば、彼の白い頬も赤く染められていて、もしかしたら僕たちは二人とも同じ気持ちなのではないかと勘違いをしてしまいそうだった。しかし、廊下は暗い。セオリアスの頬が赤かったのは、そうであってほしいと願った僕の見間違いかもしれない。
僕たちは再び歩を再開した。セオリアスの足はすらりと長く、カウントダウンパーティーの夜は僕の前を歩いていたのに、今は肩を並べて歩いてくれている。
「楽しみだなぁ、これで夏休みの妃教育も頑張れる!」
「妃教育……」
ぽつりとセオリアスが繰り返す。
無意識に、思っていることが言葉に出てしまった。僕の何気ない言葉でセオリアスの様子が変わったということに、浮かれていた僕が気づくことはなかった。
隣を歩いていたはずのセオリアスが、いつの間にか半歩後ろにいたので、振り返る。
「どうしたの?」
「……何でもねえよ。さっさと歩け! このペースだと日が沈む」
「ふはっ、何だよそれ! そんなわけないじゃん!」
セオリアスのぶっきらぼうな返事が面白くて笑いが溢れた。
僕たちは久しぶりに夕食を共にし、寮の廊下で解散したのだった。
夏休みは王妃教育があると家から通達が来ているので、追試で夏休みに居残りなどできない。
いつものようにテキストを開き、授業の復習をする。政治学はわかってきたが、経済学はまだわからないところが残っている。
経済学の演習問題と格闘していると、突然教室の扉がガラリと開いた。
「あ」
扉を開けたのはセオリアスだった。右手に鞄を抱えている。
「邪魔したか?」
「ううん。セオリアスも勉強しに来たの?」
僕はセオリアスの右手にある鞄に目をやった。学校で支給されている、教科書を入れるための鞄だ。
「俺もここで勉強していい?」
「うん。もちろん」
セオリアスは、一席開けて僕の隣に座った。シンとした教室内に、二つの鉛筆を走らせる音だけが鳴る。
セオリアスが来てから一時間ほど勉強し、頭が疲れてきたので休憩することにした。背もたれに背中を預け、上を向いて瞼を閉じる。
隣に気配を感じて目を開けてみれば、セオリアスが隣の席に座り、僕のテキストを覗いていた。
「経済学やってんの? 意外だな」
「父に取れって言われててさ」
なんとなく、セオリアスには王妃教育の一環であることを言いたくなくなくて、はぐらかしてしまった。
「ふうん」
セオリアスは僕のテキストを持ち上げ、パラパラとページをめくり始めた。
「あ、ちょっと! どこ勉強してたのかわかんなくなっちゃうじゃん」
「印がたくさんついてるな。経済学苦手なの?」
「う……。苦手だけど……」
僕はセオリアスの手からテキストをひったくった。
「なあ、わかんねえとこ教えてやろうか?」
「え、セオリアス経済学できるの!?」
「そりゃあな。誰かさんと違って、俺は子供のころからちゃんと勉強してたから」
セオリアスは得意げに言った。
「セオってさ……いっつも一言余計だよね。そんなんじゃモテないよ」
実際には顔も家柄も良いセオリアスはモテており、むしろ僕の方がモテていないが、僕は自分の事を棚に上げて大袈裟にため息をついた。
「はあ!? つか別にモテなくていいよ、めんどくせえだけだし」
「えー、何それ強がり?」
僕はくすくす笑ってみせたが、セオリアスは呆れ顔をするだけだった。
「だる絡みやめろ。で、そう言うマリスは? やっぱりその……モテたいのか?」
「そりゃ、まあ、モテたくないと言ったら嘘になるけど……いやでもたしかに変なオジサンにモテるくらいならモテない方がいい気がしてきた」
僕は一年の時の王宮パーティーを思い出し、ぶるりと身を震わせた。僕の顔は母に似ているらしく、パーティー以降も、母の独身時代に母を狙っていたらしい貴族たちから舐めるような視線を向けられたことが何度かある。
「だろ? じゃあくだらない話してねえで、勉強しようぜ。どこがわかんねえの?」
「あ、えっと……」
セオリアスは僕の前の席に移動すると、椅子の背もたれにお腹を預け、背もたれを両腕に抱えて僕と向き合う。セオリアスの説明は驚くほどわかりやすく、僕の専任講師になって欲しい程だった。
セオリアスの長細い指が、テキストをなぞる。チラリと顔を覗けば、伏せられた銀色の長い睫毛が揺れていた。
(相変わらず、綺麗だなあ)
イケメン、という言葉では言い表せないくらい綺麗な彼の顔は、国宝級だと思う。不躾だとは思いつつも、セオリアスをまじまじと見てしまう。
セオリアスが頭を揺らすたびに、ふわりと良い香りが鼻をかすめる。
(なんか、僕、意識しすぎかな……?)
考え出したら心臓がドキドキしてきた。このドキドキの正体が一体何なのか、頭の奥底ではわかっていても、まだ自覚したくなかった。
「おい、聞いてんのかよ?」
「へ、ぇ、あ?」
「お前顔赤くね? 熱?」
「い、いや。ちょっと暑いなって! 気にしないで!」
僕は両手で顔をパタパタと仰いだ。セオリアスが説明を再開する。結局セオリアスの勉強を妨げてしまったが、経済学のわからないところは全て解消された。
そろそろ教室の施錠時間なので、セオリアスと二人で教室を後にする。すっかり日が沈み薄暗くなった廊下を二人で歩く。
「なあ、マリスって今年の夏祭りも来んの?」
「特に行く予定はないかな。昨年は兄様に連れていただいただけだから」
「ふーん。じゃあさ」
セオリアスがぴたりと足を止めたので、つられて僕も足を止める。
「今年は俺と一緒に……行こうぜ。夏祭り……」
日の沈んだ7月の空は幻想的な紫色で、夕闇に沈む廊下は僕たちだけの世界だった。僕の心音はさっきからずっとうるさくて、静かな廊下に響いてセオリアスにまで届いていたかもしれない。
「……うん。行こう。絶対!」
顔を上げてセオリアスを見れば、彼の白い頬も赤く染められていて、もしかしたら僕たちは二人とも同じ気持ちなのではないかと勘違いをしてしまいそうだった。しかし、廊下は暗い。セオリアスの頬が赤かったのは、そうであってほしいと願った僕の見間違いかもしれない。
僕たちは再び歩を再開した。セオリアスの足はすらりと長く、カウントダウンパーティーの夜は僕の前を歩いていたのに、今は肩を並べて歩いてくれている。
「楽しみだなぁ、これで夏休みの妃教育も頑張れる!」
「妃教育……」
ぽつりとセオリアスが繰り返す。
無意識に、思っていることが言葉に出てしまった。僕の何気ない言葉でセオリアスの様子が変わったということに、浮かれていた僕が気づくことはなかった。
隣を歩いていたはずのセオリアスが、いつの間にか半歩後ろにいたので、振り返る。
「どうしたの?」
「……何でもねえよ。さっさと歩け! このペースだと日が沈む」
「ふはっ、何だよそれ! そんなわけないじゃん!」
セオリアスのぶっきらぼうな返事が面白くて笑いが溢れた。
僕たちは久しぶりに夕食を共にし、寮の廊下で解散したのだった。
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