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しおりを挟むそこから、ジェラルドが宮殿を改装するためにより力を注いだ。
より優雅に、より豪華に、より厳重に。
「メリアがもう二度と私から奪われないように」と呟きながら。
そして、彼の行動がさらに暴走した。
いよいよ、彼はセレスメリアを女王にしようとした。
伝統に反するその決断に多くの貴族が異議を唱えた。
継承権の第一は王弟であるハロルド、その二位はハロルドの息子。
その次にようやくセレスメリアである。そんな秩序を乱すような決断に、誰もが反対する。
だが、ジェラルドは我を通そうとした。
『もう少しだけ待ってくれ。これが上手くいけば、私たちの邪魔をする者がいなくなる』
それは、王妃の間がセレスメリアに与えられた日のこと。
ジェラルドは狂気に満ちた目をしながらそう語った。
彼の暗い瞳の奥に潜んでいる感情に、セレスメリアは覗き込んでしまった。
決して、父が娘に向けてはいけない感情(恋慕)。
薄々と感じたそれが、確信に変わった瞬間。
信心深い母に育てられたセレスメリアは後ろ頭が強い打撃のような衝撃を受けた。
背筋を凍らせるほどの拒絶と、心臓を握りつぶせるほどの恐怖。
これ以上、ジェラルドを好きにさせてはいけないという天啓。
今はまだ指一本も触れられていないとはいえ、ジェラルドは明らかに機会を伺っている。
狂っている。
こんな人を野放ししてはいけない。
――止めなければ。たとえ、私の命と引き替えになったとしても。
そんな静かで悲しい覚悟が、セレスメリアを人形から人間に戻してくれた。
その日からセレスメリアは、機会を伺った。
彼の命を奪う以外の機会を。
信心深いセレスメリアはそのような選択肢を取らざるを得ないくらいに追い詰められている。
そして焦ってもいる。自暴自棄で、侍医から聞いた確証のない方法を実行しようとした頃、運命が動き出した。
幸か不幸か、それを実行する前にジェラルドは誰かの手によって命を落とした。
結果として、こうして秩序を乱す悪女であるセレスメリアは『塔』に送られる。
「殿下、こちらになります」
これから生活する空間に辿り着くと、彼女の回想が途切れた。
それは、城の一角に建てられた寂れた一棟。その最上階に、部屋が一つだけある。
簡素なベッドに最低限の家具。
そして白いカーテンに隠された小さな窓が一つ。
この部屋の中で、セレスメリアはそんな遠くない最期の日まで幽閉される。
衛兵たちが去り、ようやく一人になれたセレスメリア。
平民から見ると立派に映るそれが、貴族からするととても平素なものだ。
皮肉なことに、六年間過ごした華やかすぎる空間よりも、この質素な部屋の方が彼女の肌に馴染む。
この場所の方が、彼女にとって空気が軽やかで、吸いやすく、吐きやすいのだ。
久々の静穏と呼吸に、セレスメリアの胸が軽くなった。
ベッドの上に座り、呼吸を整えれば、コンコンと扉が叩かれた音がする。
外した仮面を被り直さないといけないと思い、セレスメリアは深いため息を吐いた。
「誰かしら?」
しばらく、静寂が続く。
この状況に違和感を抱くセレスメリアの鼓動が徐々に大きくなる。
座っていられなくなり、警戒しながら立ち上がったその瞬間、扉が開かれた。
同時に、セレスメリアの呼吸が絞められた。
言葉も、奪われた。
扉から潜り入ったのは、一人の、長身の騎士だった。
派手な装飾品で彩られるジェラルドの近衛騎士と違って、実用的な鎧を身に着けている黒髪の青年だった。
その左腕に掲げられている鶴とダンデライオンの紋章は彼の所属を語っている。
「うそ」
セレスメリアは思わず、そう小さく呟いた。
その小さな声が男の耳に届かなかったのは、運のいいことか悪いことか。
「ハロルド陛下の近衛騎士、ライネリオと申します。本日からセレスメリア王女殿下の護衛を任命されました」
記憶の中にあるものよりも低かった声で紡がれた、単調で、感情の一つも籠もっていないセリフ。
彼はゆっくりと上半身と目蓋を上げる。
そうすると、向こう側に隠されたアメジスト色の瞳が露わになった。
その声、その珍しい瞳の色。それらが全部、セレスメリアの予想を確信に変えた。
彼自身は家名を口にしないが、セレスメリアはその音を誰よりも知っている。
『セレス』
蘇る、あの頃の記憶。
優しい声でセレスメリアの本来の名前で呼んでくれた、手からこぼれ落ちた大切なもの。
『ライネ様!』
幼いながらも彼の隣には入れらないと理解しながらも、まだ無邪気に彼の名を呼べるあの頃の自分。
もう、二度と取り戻せない宝物。
ライネリオ・フレメンツ。
テルン男爵の長男。
セレスメリアの恩人。
寂しい時に、いつもセレスメリアの隣にいてくれる人。
隣り合いの幸せを教えてくれた人。
そして、彼女のせいで、全てを失くした男。
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