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第4章 聖武具

喜劇「親子の絆」と魔弓(3)

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「よし、最後にもう一度、おさらいするぞ?」

 アルムグレン宅から少し離れ、林の中でマッツ総監督の元、お芝居の稽古中である。

 経緯はこうだ。


 ―――

 クラウス『ダニエラさんが来られて安心はしたものの、自分達が病気でなければ帰ってしまうと思われたお二人は、ずっと病床に伏せる真似をしていました。それでダニエラさんも幸せだ、と思い込んでいるようです。そして、いつしか本当に病に侵されてしまった、という訳です』

 アデリナ『そんなのダメだよ! お母さんが可哀想!』

 俺『全くだ。だが、自力で病気になってしまうほど、ダニエラさんのご両親の思い込みは強い。自ら考え直させ、病気を治すためには……言葉だけではダメだな。本当の親子の絆を見せないと』

 リタ『何か良い案でもあるの?』

 俺『こんなのはどうだ? 彼らの目の前でアデリナが賊に人質にされ、ダニエラが身を呈して救う。2人の親子の絆を見たご両親は、ああ、娘を縛り付けていた自分達は何てバカだったんだ、と気付くって寸法だ』

 リタ『ひょっとして……何か小芝居でもするつもりなの?』

 俺『小芝居とは何だ、失礼な! これから皆で練習するぞ!』

 クラウス『……大丈夫なんですか? それ……』

 リディア『サプライズの誕生日プレゼント並みに嫌な予感がするわ』

 ―――


 人気の無い林に移動した劇団マッツ。

 俺、リディア、アデリナ、ヘンリック、クラウス、リタのパーティメンバーの他、アデリナの母ダニエラ、アルムグレン家のメイド3人で構成される。


「よし、皆、セリフは入ったな? じゃあヘンリックから! 行ってみようか!!」

 黒ずくめの覆面を被ったヘンリックが木陰から出てきて、ナイフを片手にアデリナを人質に取る。

『へへへ、姉ちゃん、大人しくしな!』

 あっさり暴漢の人質になるアデリナ。

『キャ―――!!』

 うむ。
 若干、棒読みだが、問題なかろう。


 次はメイドさんが、家の皆に危機を知らせるのだ。
 この為に、アルムグレン家のメイドさんにも訳を話し、協力してもらった。

「メイドさん、皆を呼んで!」

『『『大変! アデリナ様が! アデリナ様がぁぁ!!』』』

 見事に3人がハモる。
 ノリノリだ。素晴らしい。

「よし、みんな出てこい!」

 ここでダニエラを先頭に俺達、そして、トーケルとハンナもメイドに車椅子を押してもらって出てくる算段だ。

『どうしたんだ!』

 ここはまあ、誰でもいいのだが、取り敢えず俺が言う事にする。

『黒ずくめの男が入ってきて、アデリナ様を!』

 1人のメイドさんが淀みなく説明する。

「次、ダニエラさん!」

 ダニエラが暴漢役のヘンリックに向かい、

『待って、その子は私の大切な娘なの!』

 手を伸ばし、悲痛な声を上げる。
 ダニエラ、名演技!

『近寄ったら殺すぞ』

 ヘンリック棒読み!!

『やめて! 人質なら私がなるわ!!』

 一歩進み、泣かんばかりの表情を見せるダニエラ、迫真の演技。

「よし、そこでトーケルさんとハンナさん!」

 取り敢えず、この場では、トーケル役がリディア、ハンナ役がリタだ。

『ダメだ、ダニエラ。お前が行っては!』

『そうよ、人質なら老い先短い私達がなるわ!』

 これ位は言ってくれるだろう。

「次、アデリナ!」

『お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、私の事は気にしないで!』

 うむ。アデリナが棒なのは、少し引っ掛かるが……
 ま、大丈夫だろう。

「よし、ダニエラさん、それに対して?」

『子供の事を考えない親がどこにいるの!?』

「よし、次、爺さん!」

 リディアを指差す。

『そうじゃ。親というのは、子供の事だけを考えているのじゃ』

 ……まあこっちは代役だし、棒読みでもいいだろう。

「いいぞ! 次、アデリナ。このセリフ重要なとこ!」

『お母さんが身代わりになる位なら、今、この場で死ぬわ! 放っておいてよ! 自由にさせて!』

「そうだ! 爺さん、婆さん、胸に響いただろう!」

『おお! 何という事じゃ! 子供と思うていたアデリナが親を気遣い、あんな事を言うなんて……』

『子供は放っておいて欲しいのか……自由にさせて欲しいのか……爺さん、ワシら、間違っておったのかのう』

 よしよし。
 それくらいは考え直してくれるだろう!

「暴漢! 業を煮やしてアデリナを刺す真似!!」

『お前ら、やかましいぞ!』

 ナイフを振り上げ、アデリナを刺しにかかるヘンリック。

「止めろ! ダニエラさん!!」

『アデリナ―――!!』

 叫びながら、アデリナと暴漢の間に入り、刺されてしまうダニエラ!

『お母さ―――ん!!』

 ダニエラが倒れ、アデリナが叫び返す。

 よし、ここで俺の出番だ。

『うちの家族に何しやがんだこの野郎!!』

 ボカッボカッ!!

『うわ~~~やられた~~~!!』

 ヘンリックの下手くそなやられっぷりが際立つ。
 大仰に右手を上げて、クルクルと回りながらバタンッと倒れる。

「さ、ダニエラさん、ここで最期の言葉!」

『アデリナ……貴女は私の全てなのよ? 貴女の代わりに死ねるなら本望だわ……ガクッ』

 この人は女優の才能あるな。

「メイドさん! 悲鳴!」

『『『キャ~~~! ダニエラお嬢様~~~!!』』』

「よし、思い直せ、爺さん、婆さん!」

『私達がダニエラを取り上げたのは、アデリナから親を奪う事だったのよ……オヨヨ』

『全くじゃ、婆さん、ワシらが間違えておった。ダニエラ……取り返しのつかない事を……』

 クラウスに目で合図すると、トーケルとハンナの目の前に進み出る。

『大丈夫です。お嬢さんはまだ生きています。私が治療致しましょう。それっ!』

 クラウスがダニエラの頭の上で、手を1つ打つと、目覚めたお姫様のように起き上がるダニエラ。

『おお! ダニエラ!』

『よかった、ダニエラ!』

 ここで俺のダメ押し!

『トーケルさん、ハンナさん。ダニエラさんはランディアで不幸どころか、幸せに暮らしていたそうです。アデリナも今日、お母さんに会う事を本当に楽しみにしていました。でも、ダニエラさんがあんなにやつれていてかなりショックを受けていました。そろそろ、娘さんを解放してあげてはどうでしょう?』

『全くだ。ワシら、これから元気にやっていくよ。ダニエラ、お前はもうランディアにお帰り』

 メイド達から拍手が起きる。



 よし! ひと通り、オッケー!

 何やらリタとリディアが唖然としている。

「本当に……やるの? これ」
「何だリタ。何か言いたい事があるのか?」
「…………いいえ。何も……無いわ」

 よしよし、こんなもんだろう。
 後はチャンスを待って仕掛けるか。


 ―

 夕食のため、トーケルとハンナが車椅子に乗ったとメイドさんから連絡が来る。

 よし、いよいよだ。

 大広間にアデリナとメイド達だけを配置して、メイドの合図を横の部屋で待つ。
 クラウスがいないが……ま、あいつの出番は最後の方だ。大丈夫だろう。


「へへへ、姉ちゃん、大人しくしな!」

『キャ―――!!』

『『『大変! アデリナ様が! アデリナ様がぁぁ!!』』』

 よし、いいぞ。
 筋書き通りだ。

『どうしたんだ!』

 叫びながら大広間に飛び込む。
 続々と皆、入ってくる。
 そこにクラウスも混じって入って来た。

『黒ずくめの男が入ってきて、アデリナ様を!』

 練習通り、メイドさんが完璧なお芝居を見せる。

 中には黒い覆面の暴漢と、それに捕まったアデリナ、そして壁際で怯えているメイド達、と配置も完璧だ。

 トーケルとハンナも血相変えている。

 よしよし! 順調だ。

 キィィィン……

 あれ? なんだこの敵意は……出元はあの黒い覆面、つまりヘンリックだ。

 ……と、クラウスが小声で俺に耳打ちする。

(隊長、大変です。ヘンリックが昼御飯の貝にあたったとかでトイレに篭っています!)

 ……



 なん……だと……!?


(じゃあ、あれは……?)

 ゴクッ……

(本物の暴漢……でしょうか?)

 ゲッ!
 マジか。

 道理で微妙な敵意を感知すると思った!


『待って、その子は私の大切な娘なの!』

 ダニエラの迫真の演技!
 だが、ダメだ! 相手は……

「近寄ったら殺すぞ!」

 アデリナにナイフを突き立てる暴漢。
 上手い!

 いや、違う違う!

『やめて! 人質なら私がなるわ!!』

 手を伸ばし叫ぶダニエラ。
 おお、何故かうまくつながってる!

 しかし、そこは本物の暴漢。
 小さく若いアデリナの方が人質には適している。

「お前みたいなババアはいらん! 引っ込んでろ!」
「ちょ……ババアって誰に言ってんのよ!!」

 一瞬で暴漢に駆け寄り、左太腿に蹴り、間髪入れず、腹に1発打ち込むダニエラ。

 バキッ! ドガッ!!

 やった! そのまま捕まえろ!

「あ、ごめんなさい、ナイフ、はいこれ(ちゃんと打ち合わせ通りにやってよ?)」
「ウグェ……あ? ……ああ、う、打ち合わせ?」

 うぉい! 返しちゃダメだ、ダニエラ!

 走って自分の立ち位置に戻り、再びアデリナに向かって手を伸ばすダニエラ。

 そのダニエラに何故か悲鳴を上げるトーケルとハンナ。

「ダメだ、ダニエラ。お前が行っては!」
「そうよ、人質なら老い先短い私達がなるわ!」

 すげぇな、気にならんのかよ……

『お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、私の事は気にしないで!』

 練習の時より上手いぞ! アデリナ!!
 いや、そんな事言ってる場合じゃない。

「黙ってろ、クソガキが!!」
「は? あんた、私よりガキでしょうが!!」

 暴漢をヘンリックと思っているアデリナがアッパーを食らわせる!!

 バキィィィッ!!!

「グハッ……」

 仰け反って血を吐く暴漢。

 ふぅ……

 芝居はメチャクチャになっちまったが、取り敢えずはこれで一旦、おさま……

「しまった! つい……はい、ナイフ」

 渡すなって!

『子供の事を考えない親がどこにいるの!?』

 ダニエラ~~~!!

「そうじゃ。親というのは、子供の事だけを考えているのじゃ」

 トーケルさん、あんた、何か気付かないのかよ!

『お母さんが身代わりになる位なら、今、この場で死ぬわ! 放っておいてよ! 自由にさせて!』

 一番おかしいのはお前だ、アデリナ。
 暴漢のすぐ近くにいて、何故、気付かんのだ。

「おお! 何という事じゃ! 子供と思うていたアデリナが親を気遣い、あんな事を言うなんて……」
「子供は放っておいて欲しいのか……自由にさせて欲しいのか……爺さん、ワシら、間違っておったのかのう」

 うーむ。
 いい爺ちゃん婆ちゃんを持って幸せだな、アデリナ。

「すまんすまん、腹の調子が悪くてな……あれ、お前、誰だ?」

 うお!
 このタイミングで黒覆面のヘンリック、復活!
 今頃のこのこ出て来やがって!

「あ、あれ? お前こそ、誰だ?」

 キョドる本物の暴漢。

「みんないる……という事は、お前、この場にいてはいけない奴だな?」
「何か、もう、訳わかんねえ! お前ら、やかましいぞ!!」

『アデリナ―――!!』

『やかましい』に、忠実に反応してんじゃねぇよ! ダニエラ!

 そして、ヘンリックにぶっ飛ばされる暴漢。

「ブッフォォォォ!!!」

『お母さ―――ん!!』

 いや、君のお母さん、ピンピンしてるから。


 もう無茶苦茶だ。
 だが、俺の出番まで来てしまった。やるしかない。

『うちの家族に何しやがんだこの野郎!!』

 何もしていない黒覆面のヘンリックを吹っ飛ばす。

『うわ~~~やられた~~~!!』

『アデリナ……貴女は私の全てなのよ? 貴女の代わりに死ねるなら本望だわ……ガクッ』

 誰に何をやられて死んだんだよ!

『『『キャ~~~! ダニエラお嬢様~~~!!』』』

 台本に忠実なメイド。
 実に素晴らしい。

「私達がダニエラを取り上げたのは、アデリナから親を奪う事だったのよ……オヨヨ」
「全くじゃ、婆さん、ワシらが間違えておった。ダニエラ……取り返しのつかない事を……」

『大丈夫です。お嬢さんはまだ生きています。私が治療致しましょう。それっ!』

 クラウスッッ!!
 ヌケヌケとまあ……

 そしてダニエラも生き返った感を出しながら起き上がる。

「おお! ダニエラ!」
「よかった、ダニエラ!」

 もうやり切るしかねぇぜ!

『トーケルさん、ハンナさん。ダニエラさんはランディアで不幸どころか、幸せに暮らしていたそうです。アデリナも今日、お母さんに会う事を本当に楽しみにしていました。でも、ダニエラさんがあんなにやつれていてかなりショックを受けていました。そろそろ、娘さんを解放してあげてはどうでしょう?』

「全くだ。ワシら、これから元気にやっていくよ。ダニエラ、お前はもうランディアにお帰り」


 そして、メイド達から大きな拍手が、起きた ―――

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