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第4章 聖武具
喜劇「親子の絆」と魔弓(2)
しおりを挟むアデリナの母親ダニエラを加え、7人でアルムグレン家の自宅に向かう。
先頭にアデリナとダニエラの2人、少しだけ離れて、その後ろをついて歩く。親子水入らず、邪魔しちゃ悪いからな。
「元気だった? アデリナ。随分と背が高くなったわ!」
アデリナの頭を撫でながら、優しい笑顔をする。
「うん。私は元気だったよ! あのね、私、ランディアの国王様にも会ったんだよ?」
「ええぇ? ほんとなの? 凄いじゃない!!」
それからしばらくは、アデリナがこれまでの旅の話をして盛り上がる。ダニエラも楽しそうだ。
「……でさ、お母さん、どうして帰ってこれないの?」
そこでまた暗い顔をするダニエラ。
何やら言いにくそうだ。
「う――ん……実は、お爺ちゃんとお婆ちゃんの体の具合があまり良くなくてね」
「ええ!! そうなの!? 大丈夫なの??」
大きな目を更に見開くアデリナ。
「……うん、まあ、大丈夫よ。貴女は気にしなくても。大丈夫、大丈夫」
「お言葉ですが……」
親子の久々の対面に水を差すまいと黙っていたのだが、つい、口を挟んでしまう。
「マッツ……」
アデリナが不安そうな顔をして振り返って俺を見る。そんな顔をされると躊躇してしまう。親子の話だしな。
だが、言いにくそうにしていて、何かを隠してるのがバレバレだ。意を決して、言う事にする。
「アデリナは去年、誕生日を迎えて18歳、もう大人です。旅の間、彼女には俺達もかなり助けられてきました。差し出がましいようですが……本当の事を言っても大丈夫だと思いますよ? むしろ、相談したらどうでしょう? 俺達も出来る事があったら協力します」
ハッとした表情を見せるダニエラ。
アデリナも口を噤んで母親の顔を覗き込む。
「……そうね。貴女ももう大人になったのね。実は色んなお医者様に診てもらったのだけれど……皆、口を揃えて原因がわからないと仰るの。だから治療が出来なくて……余命数年、と仰った先生もいたわ」
「え!! そんなに悪いの!?」
「黙っててごめんね、アデリナ。お爺ちゃんとお婆ちゃんをランディアに連れて行きたかったのだけれど……2人共、長い船旅は無理だって言うから……」
なるほど。つまりダニエラは両親の看護の為、実家に戻っていたって訳だ。
それなら、親を放っておいて自分だけ帰ってくる訳にも行くまい。
「両親がそんな状態だから世話をしたり、領主や付近の皆様との調整事とかしていたのよ。家事や買い出しはメイドや執事がいるので、やってくれているのだけれど」
そこまで言って、ふと立ち止まるダニエラ。
「見えてきたわ。皆さん、あそこです」
少し小高くなっている丘の上を指差している。
丘の上には一軒の大きな大きなレンガ造りの家があり、周囲には綺麗に手入れされた観賞用の木々が植えられ、見事な庭があった。
「豪……邸、だね」
ボソッと俺にだけ聞こえるようにリディアが呟く。
―
「ようこそ……孫の上官の方々とか……病の身ゆえ、こんなベッドの上ですまないね」
「わざわざこんな遠い所まで……よう来られました。いつも孫がお世話になっております……」
出迎えてくれたのは、お爺ちゃんこと、トーケルさんと、お婆ちゃんこと、ハンナさんだ。
2人共、まだ60歳そこそこと聞いていた。俺の知ってる60台、ビルマークの王様テオドール、ドラフジャクドの皇帝ヴィハーン、と壮健なおっさん達が頭に浮かぶ。
が、見た感じ、この2人はかなり弱っているようだ。俺達を迎える為、何とか上半身だけ頑張って起こしている感じだ。
「いえいえ、こちらこそ……アデリナにはいつも助けてもらっています。どうぞ、横になられて下さい」
「いやいや、孫の前だし、今日は体調が良い。このままで大丈夫」
「お父さん、無理しないでね」
ダニエラが気にする感じを見ると、普段はずっと寝ている感じなんだろう。
「お爺ちゃん! お婆ちゃん!」
「おお、おお。お前がアデリナかい? ダニエラによく似て可愛い子だ」
トーケルが目を細める。
生きて孫に会う事は諦めていたかもしれない。
「そうだよ。早く元気になってね……」
「うんうん。すまないねぇ……」
ハンナの目から涙がポロリと落ちる。
「兵隊さんになったと聞いたが、武器は弓なのかい?」
部屋に入った時にアデリナが弓を置くのを見ていたのだろう。不意にそんな事を言い出すトーケル。
「そ! でもいいのがなくてね。あれは私のお手製なんだけど……あ、この人が隊長のマッツ。私の恋人なの!」
「おお! そうかいそうかい!! アデリナもそんな歳なのかい」
ハンナも嬉しそうだ。もはや、俺もリディアも『ええ!』と言うのをやめた。
「で、こちらがリディア。この人もマッツの恋人で1人目なの」
「1人目……」
一瞬、表情が曇るトーケルさん。
確かに『1人目』とか『2人目』とか、あまり言葉の印象はよろしくない。
「俺達がいると気を使うだろう。……アデリナ、残っててもいいよ? 俺達は少し、外に出てる」
1つ、アデリナの背中をポンっと叩き、部屋、そして一旦、玄関から庭に出る。
「クラウス、何かわかったかい?」
優れたツィ系統の魔術師は、しっかりした医学の基礎がある。ダニエラが、どの医者もわからないと言っていたのを聞いて、事前に対面の時に診てくれるように頼んでおいたのだ。
「そうですね……やっぱりちゃんと診察しないとわからないですね。ただ、身体に宿るエネルギーは非常に弱くなっています」
「病気か?」
「そのようですね。呪いや魔術などの類では無いようです」
初見で色々見抜くのは、やはり大したもんだ。
「わかりそうかい?」
「多分……」
慎重なクラウスがそう言うなら、大丈夫だろう。
今のままではアデリナが可哀想だ。
こんな遠い所まで、そうそう来れるものではない。
今のタイミングで出来る事はしてやりたい。
少し時間を潰していると、玄関からアデリナが出てきた。
「マッツ! お待たせ! お昼にしよう!!」
「アデリナ、1つ提案があるんだが」
へ? と俺の目を見返す。
「お爺さんとお婆さん、ダメ元でクラウスにしっかり診てもらわないか?」
―
「ツィ系統の診察方法としては、普通の医者同様の問診と並行して、少し精神的、意識の部分に干渉しながら行います」
診察方法についてトーケルさんとハンナさんに説明するクラウス。
皆でお昼をいただき、トーケルさんにクラウスの診療について提案すると、それは是非、という事だったので、最初に通された部屋で診察を始めたのだ。
患者2人とクラウス、そしてアデリナ、ダニエラを残し、俺達は別の部屋で待機する事にした。
「クラウスなら、何か分かる筈……」
ほぼ祈りに近いが、それでもツィ系統のヒーラーとして長く活躍し、ヒムニヤからも教えを受けたクラウスだ。ここは何とか頑張って欲しい。
ガチャ ―――
30分程経っただろうか……。
ようやく扉が開き、クラウスが1人で入ってきた。
ダメか……?
難しい顔をしている。
「どうだった?」
「難しいですね……」
ソファに座り、暗い面持ちで大きく溜息をついた。
リタも心配そうだ。
「……貴方でもわからなかったの?」
「いや、原因はわかりました」
「「「「おお!!!」」」」
さすがだ、クラウス!
本職が匙を投げた患者の病の原因を突き止めるとは!
しかし、その表情は……
「処置が難しいって事かしら?」
リタが俺の代わりに聞いてくれた。
「そうですね。難しいというか、正直、どうしたら治るのか、判断がつきません」
「原因は何だったんだ?」
医学に疎い俺達が聞いても仕方がないかもしれないが……クラウス1人に押し付けるのは良くない。
「えっとですね……はっきり言うと……元々は『仮病』から始まっていますね」
「「「「えええぇぇぇ~~??」」」」
仮病!
思ってもみなかった病名!!
「け……びょう?」
見ると扉を開けてアデリナとダニエラが呆然と立ち尽くしている。
しまった、と顔を顰めるクラウスだが、聞かれてしまったものはしょうがない。
「2人共、こっちへおいで。クラウスにちゃんとした説明をしてもらおう」
そうして、クラウスの正面に俺、アデリナ、ダニエラ、と座る。
「じゃ、クラウス。わかるように説明を頼む」
クラウスは難しい表情を崩さないまま、少し姿勢を正し、
「ええ。まず、現在の症状ですが、心的ストレスが原因で鬱症状が出ています。人間には自己治癒能力がありますが、これがほぼ働いておらず、常にだるさ、しんどさがあり、時に動けなくなる事すらあるようです」
すらすらと説明してくれてくれた。
「なんか知らんが、『鬱』ってのはそういうもんだって事だな」
「症状と原因が結び付きにくく、医学としてあまり研究はされていませんが。……この処置が難しく、有効な魔法も確立されていません」
「ヒールをかけりゃいいってもんじゃないんだな」
「はい。その日、半日位は楽になるでしょうが、すぐに症状は出ます」
ふーむ。
そりゃ厄介だな。
「心的ストレスの原因は何だったの? さっき、原因はわかったって言ってたわよねえ?」
リタが口を挟むのに、またまた難しい顔をするクラウス。
「それなんですが……何と言ったらいいか……あのご両親が、ダニエラさんを愛し過ぎているのが原因、というか……」
「「「「「「はい??」」」」」」
アデリナとダニエラが全く同じ顔をして驚いている。親子なんだな――と改めて思ってしまった。
「そもそも多夫や多妻をあまりお好きではないようで……自分の娘の嫁いだ先が5人も妻を娶っている猟師と聞いて、いい思いをされなかったようですね。ダニエラさんもきっと苦労をしている筈、と思い込み、最初は仮病で呼び寄せたみたいです」
「…………」
口をあんぐり開けて固まるダニエラ。
そんな事は思いもよらなかったらしい。
アデリナは小さい拳を握ってふるふると震えている。
「ダニエラさんが来られて安心はしたものの、自分達が病気でなければ帰ってしまうと思われたお二人は、ずっと病床に伏せる真似をしていました。それでダニエラさんも幸せだ、と思い込んでいるようです。そして、いつしか本当に病に侵されてしまった、という訳です」
……
言葉が出ない。
つまり。
娘を想うあまり、娘を縛り付け、夫の元へ返さなかった、という事か?
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