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口の悪い魔人達と俺様ノルト
002.不思議な館と4人の男女
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痛みは無くなったが『痛かった』という感覚だけはまだ残っている。
体のあちこちを見、声の持ち主の方へと顔を上げた。
「大丈夫、そうじゃないですね」
彼女は困惑の表情を浮かべるノルトを気遣う様に眉を寄せている。
見た事の無い美しい銀髪と少し尖った長い耳を持つ、まだ少女の面影が残る可愛らしい女性がそこにいた。
(誰……?)
短い丈のワンピースにブーツ、背中に弓を背負っている所を見るとハンター、もしくは賞金稼ぎの類かも知れない。
「私は旅の者ですが、多少、治癒魔法を心得ています。体の傷は治った筈です」
確かに痛みは消えた。露出した肌に血は付いているものの外傷自体は癒えている。
「あらら? まだいくつか痣が残ってますね。おかしいです」
ノルトの体にはいくつか生来の痣があった。
青、赤、黒、白と色も様々で、見ようによっては何かの模様にも見え、周囲に気味悪がられたものだった。
これが原因で虐められる事も多くあったのだ。
「あ、いや、これは違います。生まれつきで」
「ちょ、ちょっと……この模様、どこかで……」
突然険しい顔付きを見せたその女性は顎に手を当て、ノルトの左首筋、胸、背中、右腕それぞれにある痣を順番にゆっくりと調べ出す。
「あ、あの……」
体を重ねるかの様に不用心に近付く女性を前にノルトは動けない。
「これ、生まれつきですって?」
やがて彼から体を離した女性は驚いた顔付きでそう言った。
「は、はい」
思わず怯えた様に体を縮こませ、返事をする。その様子を見て少女は取り繕うようににこやかに笑う。
「ああごめんなさい。怖がらないで下さい。私、サラって言います。貴方は?」
努めて明るく言う。
「ノルトと言います」
「ノルトさんですね。失礼ですけどおいくつですか?」
「親がいないので正確には……多分13か4位です」
「ふーむ。ですよねえ。実際それ位にしか見えませんし」
再び顎に手をやり考え込む。
「これからどこかに行くのですか?」
「特に……でもこの町からは出ようと思っています」
「ほう、そうですか」
「あの」
「はい」
「ヒール、有難うございました。この御恩は一生忘れません」
立ち上がり、深々と頭を下げる。彼の人生で良い事など片手で数えられる程だった。
(この町は嫌な事も多かったけど嬉しかった事もあった)
(アンナお嬢様だけでなく、こんな親切な人にも出会えるなんて)
(来て、良かったな)
皮肉ではなく、心の底からそう思えた。
「アハハ、そんな大袈裟な」
サラが口に手を当て、笑顔を見せたのと同時にノルトは顔を上げ、
「それではこれで、失礼します」
「え?」
そう言い様、ノルトは走り出した。あてなどない。今はただ1人になり、何も考えず、何もしたくなかった。
「あ、ちょちょちょ、待ってぇぇ!」
驚くサラの声が背後から聞こえ、後ろ髪を引かれたがその思いを振り切る様に走った。
◆◇
数日後。
ふとノルトは我に返った。
(ここは、どこだろう?)
殆ど飲まず食わずのまま歩き続けて山に踏み入ったのは朧げに覚えている。
この辺りはロスの町から東に2日ほどの距離にある『セントリアを守る山々』と名付けられる山のひとつ、その筈だった。
気付くと喉の渇きを潤す程の霧が一面に立ち込めている。
一瞬不安に駆られたものの、またすぐに目が虚ろになり意識が混濁し始めた。
空腹と疲労による体力の大幅な低下からノルトが膝を突きかけた、その時。
「痛っ!」
突然首筋の青い痣が激しく疼き出す。
首の内側からジンジンと痛みが走り、痣そのものが脈打つ様な感覚だった。それは数秒で治まったがそのせいではっきりと目が醒めた。
とにかく足を前に出す。
その時、体重が無くなったかの様な、ふわりとしたなんとも気味の悪い、不思議な感覚を得た。
「うわっ」
そんな感覚は勿論生まれて初めてのものだ。まさか死んでしまったのでは、そう思う程体が軽い。
足は地についているかと足元を見て再び顔を上げた時、突如としてそれは目の前に現れた。
「うううわぁぁっ!」
立派な、というよりは不気味な館だった。
それは自らの色を絶えず七色に変えながらまるで幻覚の様に揺らめき、しかし確かにそこに存在していた。
「こ、これは……」
呆気に取られたまま、だが羽根の様に身軽になったその体は目の前に現れたその館へと一気に吸い寄せられる。
(ぶ、ぶつかるっ!)
本能的に扉の手前で両手を伸ばす。
その手が触れる前に扉はひとりでにスッと開いた。
「ななななっ!」
その先は薄暗い家屋の中の様で、細く長い廊下が一直線に奥へと続いているのがわかる。
彼の体は全く持ち主の言う事を聞かず、更に加速しながらそこを進む。
すぐにその廊下の終わりが見えた。
頑丈そうな両開きの扉が突き当たりにあった。
滑りながらそれに近付いていくとこれもまた音も無く開き、そこでようやく彼の体は止まった。
(ウッ……!)
中から眩いばかりの強烈な光が溢れ出し、反射的に手を翳して目を瞑る。
同時に『風の様な何か』が彼の体を撫でた。それは物理的なものではなく感覚的な何かの力の様なもの、ノルトには、
(暖かい……え? 女の人……?)
実体の無い女性、勿論それが何者なのかはわからないが、とにかくそれが自分の体を通り過ぎた様に感じた。
暫くして、一体いつからなのか全ての音が消えている事に気付き恐る恐る目を開けた。
そこには更に彼を混乱させる、奇妙な光景が広がっていた。
一見、そこは居間を思わせる部屋。
だが足を踏み入れてはならない、幻想的な別世界のようでもあった。
光沢のある美しい黒を基調とした家具の数々、カラフルな彩りで複雑な紋様が中心に描かれた真紅の絨毯、天井で煌めく巨大で荘厳な魔法トーチ、それら全てが非現実のものに感じられる。
それらは目の前にあるのに存在する感じがせず、ノルトの目には全てがボヤッと滲んで見えた。
物が溢れている訳でもないし、それほど広くもなさそうなのだが奥行きはさっぱり捉えられない。
だが何より彼の目を引いたもの。
それはその部屋の中にいた4人の男女だ。
ひとりは黒髪で長身、黒尽くめで剣士の様な身なり、横顔だが非常に整った顔付きとわかる男性。目の前のもう1人を指差しながら、声は聞こえないものの大声で怒鳴り散らしている様に感じた。
ひとりはその男と口論をしているかに見える、白髪で血の色の様な濃い赤と黒を基調としたドレスを纏う、気の強そうな美しい女性。黒い男性を睨み返しながら腕を組み、姿勢良く立っている。
ひとりは短髪で目付きが悪く、目の前で繰り広げられている2人の口論など素知らぬ顔で奥のソファで腰を下ろす、半裸で信じられない程の巨躯を持つ男性。
ひとりはまるで水中の魚の様に、愉しげに宙を泳いでいる、長い黒髪を持ち、それによく似合っている黒のフワリとしたワンピースを着た色白で小柄な女性。
全員に共通しているのは瞳の色が真紅であるのと、色の違いはあるが、皆、全身から何かモヤの様なものが絶えず揺蕩っているという事。
そのモヤはノルトに死をも簡単に連想させる程の本能からくる怯え、恐怖をもたらした。
だがそれすら霞む程の奇妙な事に気付く。
それはそこにいる彼らの内、誰一人としてノルトに気付いていない、という事だった。
ソファの巨体の男に限って言えば明らかにノルトと正面から向き合っているというのに、だ。
全く音の無い世界で4人の男女が動く度、その周囲の空気がブレた様にノルトの目に映り、次第に気分が悪くなる。
やがて彼は白目を剥いて気を失い、その部屋の中へと倒れ込んだ。
体のあちこちを見、声の持ち主の方へと顔を上げた。
「大丈夫、そうじゃないですね」
彼女は困惑の表情を浮かべるノルトを気遣う様に眉を寄せている。
見た事の無い美しい銀髪と少し尖った長い耳を持つ、まだ少女の面影が残る可愛らしい女性がそこにいた。
(誰……?)
短い丈のワンピースにブーツ、背中に弓を背負っている所を見るとハンター、もしくは賞金稼ぎの類かも知れない。
「私は旅の者ですが、多少、治癒魔法を心得ています。体の傷は治った筈です」
確かに痛みは消えた。露出した肌に血は付いているものの外傷自体は癒えている。
「あらら? まだいくつか痣が残ってますね。おかしいです」
ノルトの体にはいくつか生来の痣があった。
青、赤、黒、白と色も様々で、見ようによっては何かの模様にも見え、周囲に気味悪がられたものだった。
これが原因で虐められる事も多くあったのだ。
「あ、いや、これは違います。生まれつきで」
「ちょ、ちょっと……この模様、どこかで……」
突然険しい顔付きを見せたその女性は顎に手を当て、ノルトの左首筋、胸、背中、右腕それぞれにある痣を順番にゆっくりと調べ出す。
「あ、あの……」
体を重ねるかの様に不用心に近付く女性を前にノルトは動けない。
「これ、生まれつきですって?」
やがて彼から体を離した女性は驚いた顔付きでそう言った。
「は、はい」
思わず怯えた様に体を縮こませ、返事をする。その様子を見て少女は取り繕うようににこやかに笑う。
「ああごめんなさい。怖がらないで下さい。私、サラって言います。貴方は?」
努めて明るく言う。
「ノルトと言います」
「ノルトさんですね。失礼ですけどおいくつですか?」
「親がいないので正確には……多分13か4位です」
「ふーむ。ですよねえ。実際それ位にしか見えませんし」
再び顎に手をやり考え込む。
「これからどこかに行くのですか?」
「特に……でもこの町からは出ようと思っています」
「ほう、そうですか」
「あの」
「はい」
「ヒール、有難うございました。この御恩は一生忘れません」
立ち上がり、深々と頭を下げる。彼の人生で良い事など片手で数えられる程だった。
(この町は嫌な事も多かったけど嬉しかった事もあった)
(アンナお嬢様だけでなく、こんな親切な人にも出会えるなんて)
(来て、良かったな)
皮肉ではなく、心の底からそう思えた。
「アハハ、そんな大袈裟な」
サラが口に手を当て、笑顔を見せたのと同時にノルトは顔を上げ、
「それではこれで、失礼します」
「え?」
そう言い様、ノルトは走り出した。あてなどない。今はただ1人になり、何も考えず、何もしたくなかった。
「あ、ちょちょちょ、待ってぇぇ!」
驚くサラの声が背後から聞こえ、後ろ髪を引かれたがその思いを振り切る様に走った。
◆◇
数日後。
ふとノルトは我に返った。
(ここは、どこだろう?)
殆ど飲まず食わずのまま歩き続けて山に踏み入ったのは朧げに覚えている。
この辺りはロスの町から東に2日ほどの距離にある『セントリアを守る山々』と名付けられる山のひとつ、その筈だった。
気付くと喉の渇きを潤す程の霧が一面に立ち込めている。
一瞬不安に駆られたものの、またすぐに目が虚ろになり意識が混濁し始めた。
空腹と疲労による体力の大幅な低下からノルトが膝を突きかけた、その時。
「痛っ!」
突然首筋の青い痣が激しく疼き出す。
首の内側からジンジンと痛みが走り、痣そのものが脈打つ様な感覚だった。それは数秒で治まったがそのせいではっきりと目が醒めた。
とにかく足を前に出す。
その時、体重が無くなったかの様な、ふわりとしたなんとも気味の悪い、不思議な感覚を得た。
「うわっ」
そんな感覚は勿論生まれて初めてのものだ。まさか死んでしまったのでは、そう思う程体が軽い。
足は地についているかと足元を見て再び顔を上げた時、突如としてそれは目の前に現れた。
「うううわぁぁっ!」
立派な、というよりは不気味な館だった。
それは自らの色を絶えず七色に変えながらまるで幻覚の様に揺らめき、しかし確かにそこに存在していた。
「こ、これは……」
呆気に取られたまま、だが羽根の様に身軽になったその体は目の前に現れたその館へと一気に吸い寄せられる。
(ぶ、ぶつかるっ!)
本能的に扉の手前で両手を伸ばす。
その手が触れる前に扉はひとりでにスッと開いた。
「ななななっ!」
その先は薄暗い家屋の中の様で、細く長い廊下が一直線に奥へと続いているのがわかる。
彼の体は全く持ち主の言う事を聞かず、更に加速しながらそこを進む。
すぐにその廊下の終わりが見えた。
頑丈そうな両開きの扉が突き当たりにあった。
滑りながらそれに近付いていくとこれもまた音も無く開き、そこでようやく彼の体は止まった。
(ウッ……!)
中から眩いばかりの強烈な光が溢れ出し、反射的に手を翳して目を瞑る。
同時に『風の様な何か』が彼の体を撫でた。それは物理的なものではなく感覚的な何かの力の様なもの、ノルトには、
(暖かい……え? 女の人……?)
実体の無い女性、勿論それが何者なのかはわからないが、とにかくそれが自分の体を通り過ぎた様に感じた。
暫くして、一体いつからなのか全ての音が消えている事に気付き恐る恐る目を開けた。
そこには更に彼を混乱させる、奇妙な光景が広がっていた。
一見、そこは居間を思わせる部屋。
だが足を踏み入れてはならない、幻想的な別世界のようでもあった。
光沢のある美しい黒を基調とした家具の数々、カラフルな彩りで複雑な紋様が中心に描かれた真紅の絨毯、天井で煌めく巨大で荘厳な魔法トーチ、それら全てが非現実のものに感じられる。
それらは目の前にあるのに存在する感じがせず、ノルトの目には全てがボヤッと滲んで見えた。
物が溢れている訳でもないし、それほど広くもなさそうなのだが奥行きはさっぱり捉えられない。
だが何より彼の目を引いたもの。
それはその部屋の中にいた4人の男女だ。
ひとりは黒髪で長身、黒尽くめで剣士の様な身なり、横顔だが非常に整った顔付きとわかる男性。目の前のもう1人を指差しながら、声は聞こえないものの大声で怒鳴り散らしている様に感じた。
ひとりはその男と口論をしているかに見える、白髪で血の色の様な濃い赤と黒を基調としたドレスを纏う、気の強そうな美しい女性。黒い男性を睨み返しながら腕を組み、姿勢良く立っている。
ひとりは短髪で目付きが悪く、目の前で繰り広げられている2人の口論など素知らぬ顔で奥のソファで腰を下ろす、半裸で信じられない程の巨躯を持つ男性。
ひとりはまるで水中の魚の様に、愉しげに宙を泳いでいる、長い黒髪を持ち、それによく似合っている黒のフワリとしたワンピースを着た色白で小柄な女性。
全員に共通しているのは瞳の色が真紅であるのと、色の違いはあるが、皆、全身から何かモヤの様なものが絶えず揺蕩っているという事。
そのモヤはノルトに死をも簡単に連想させる程の本能からくる怯え、恐怖をもたらした。
だがそれすら霞む程の奇妙な事に気付く。
それはそこにいる彼らの内、誰一人としてノルトに気付いていない、という事だった。
ソファの巨体の男に限って言えば明らかにノルトと正面から向き合っているというのに、だ。
全く音の無い世界で4人の男女が動く度、その周囲の空気がブレた様にノルトの目に映り、次第に気分が悪くなる。
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