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口の悪い魔人達と俺様ノルト
003.魔界の住人
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「う、うう……ん」
軽い頭痛と共に目を覚ます。
「あ、あれ? ここは……」
ベッドだった。
掛け布団のデザインは簡素なものだがふかふかで柔らかく、とても高級なものの様に思えた。こんな寝心地の良いベッドで寝るなど生まれて初めての事だ。
上半身を起こしながら、
「確か山に入って歩いてるうちにお腹が減って……」
と順番に思い出し、あの奇妙な館での体験はやはり夢だったと結論づけた。
(きっと山の中で倒れて夢を見てたんだ。親切な誰かが助けてくれたんだろう)
(とても怖かったけど……でもちょっと残念な気がするな)
彼にとっての日常は苦痛と悲しさで溢れている。彼が出会う殆どの人間は彼に対して攻撃的で排他的だった。
(あの人達は違うかもしれない)
それは気を失う前に見た、どこか現実味のなかった4人のことだ。何故そう感じたかは自分でも分からない。
ふと、あれだけ酷かった疲労と空腹が綺麗に無くなっている事に気付く。
(あれ? 一体どこからが夢だったんだ?)
首を傾げながらベッドを降りると今度は上半身が裸である事に気が付いた。
(そうか。僕はこんな格好であれからずっと……)
あのサラという女性に治療される前からほぼ布に袖を通しているだけの様なものだった。
数日歩く内、いつの間にかそれすらも無くなってしまったらしい。
貧しい者の中には半裸の者も珍しくなく、その程度では誰も気に留めない。
「と、とにかくこの家のご主人様にお礼を言わないと」
部屋を出る事にし、扉に手を掛けようとした瞬間、それは音もなくスッと開いた。
「ふぁっ!」
その感覚は鮮明に覚えている。
あの不思議な館での事だ。
続いて頭で整理する間もなく視界に飛び込んで来たあの部屋、あの光景。
「ゆ、ゆ……夢じゃあ、なかった」
不思議なのは記憶にあるものと全く同じアングルの風景だという事だった。
(あ、あの時は館の入口から……廊下を通って突き当たりの扉を開いた筈だけど)
中にいた4人は相変わらずノルトを気にも留めず、2人は言い争い、1人はソファで寛ぎ、1人は宙を泳いでいた。
呆気に取られながらも今度は気を失う事もなく、勇気を振り絞ってその部屋に足を踏み入れ、彼らに声を掛けた。
「あ、あの!」
するとそれまで部屋に流れていた優雅な時がピタリと止まる。
数瞬後、彼らは一斉にノルトの方にその赤い瞳を向けた!
ゾクリとした。
続け様に背後に何者かの気配を感じた。
恐怖で硬直するノルトに、明らかに女性と分かる体が後ろからゆっくりと抱き着いてきた。
今の今まで雪に埋もれていたかの様な冷たさと共に、だ。
「お目覚めかな?」
それは揶揄っている様で、親しげな様で、妖しげな女性の声。
それが突然耳元でしたものだからノルトの心臓は縮み上がった。恐々と首を回す。
すぐに視界の端に入ってきた顔は、先程まで部屋の中で宙を泳いでいた黒髪の少女だった。
生気が感じられない、死人の様な肌の冷たさと白さ、それに削ぐわない唇の赤さが相まって恐怖を掻き立てる。
「うわわわわぁっ!」
耐えきれず叫び、部屋の中に逃げ出そうとするが、彼に巻き付いているその華奢な手に一体どれ程の力があるというのか、ノルトの体はピクリとも動かない。
「なんじゃ、何を怖がっている。儂に抱き着かれるのは嫌か?」
揶揄う様な物言いで、まるで恋人に甘えるかの様にノルトの肩口に片頰を乗せ、ノルトの目を見上げた。
「ふふぅん。可愛い顔をしておるのう。綺麗に殺せばさぞかし出来の良い、儂のしもべになろうな」
「た、た、助け……」
「ククク。冗談じゃ、今はまだ、のう」
少女がニタリと笑う。
それと同時に少女と共に体が浮き、残る3人の目の前まで文字通り滑る様に飛んだ。
「うわわわ」
彼女はノルトの反応にまたクククと満足気に笑うとようやく彼の体から離れ、また気持ち良さそうに宙を泳ぎ出した。
ようやく彼女から解放されたようだ。
とはいえ、全く助かったとは思えない状況。
目の前には長身の黒い剣士の男が立ち、ノルトを睨み、見下ろしている。
そのすぐ隣には剣士と同じ位の背丈でスレンダーな体つきの女性がこれまた射抜くような目でノルトを見ている。
その奥ではソファに座ったままの巨体の男が腕組みをしながらノルトを睨んでいた。
「おいお前っ!」
怒鳴ったのは黒い剣士だった。
「はははい!」
「テメーは一体、ナニモンだ?」
剣士の話し方は人間そのものだった。ノルトが心底恐怖を抱くのは人間離れした彼の雰囲気だった。
彼の全身から揺蕩う黒い炎の様なモヤ。
部屋の外から見た時にも見えたそれに加えて今まで出会ったどんな凶暴で醜悪な人間にも無かった圧倒的な殺気。
それは男の瞬きひとつで自分など簡単に消し飛ばされるのではと思える程だった。
「あ、あわわわ……」
その様子を見ていた赤と黒のドレスの女がチッとひとつ舌打ちをした。
「いちいちビビらせんじゃねー。まだガキじゃねーか」
ノルトが生きて来た中で彼女ほど美しい女性には未だかつて出会った事がない。
だが見た目はまるで王女の様な気品を醸し出しながらもその形の良い口元から漏れ出る言葉は酷いものだった。
「うるせーぞロゼルタ。出しゃばって割り込んでんじゃねえ」
「テメーこそすっこんでろクソヤロー。この子はテメーとは怖くって話せないとよ!」
「そうなのかコラ。え?」
「えっ?」
たまたま剣士の言葉と上手くリズムが合ってしまい、少し小バカにした様な印象を与えてしまった。
瞬時に剣士の額に癇筋が浮かぶ。
「俺を揶揄うとはいい度胸だ。死にてーらしいな」
「あいいい、いえいえ、そんな事は……」
だがロゼルタと呼ばれた女性と宙を舞っていた少女が揃ってケタケタと笑い出す。
プルプルと怒りを抑えるかの様に震える剣士を横目に、ロゼルタは笑いながら、
「この子が、んな事する訳ねーだろ。もういいから引っ込んでろよ。出て来るとややこしいぜ」
「ぐぬぬぬ……フンッ!」
目尻が裂けるかと思える程吊り上がっていたが、そう鼻を鳴らすと踵を返し、巨体の男とは別のソファにドスンと音を鳴らして腰を落とし、踏ん反り返った。
「あー久々に笑ったぜ……さて」
少し涙を拭く素振りを見せつつ、ノルトに向き直る。
「怖がんなくていいよ。お前が正直に話してくれりゃあ酷い事はしない」
この女性からも先程の剣士に劣らない、得体の知れない恐ろしさは感じる。
だがその言葉はノルトに幾ばくかの安心を与えたようだ。
「は……はい」
「よろしい。まずお前の名前は?」
「ノルトと言います」
「ノルトか。あたしはロゼルタ」
「ロゼルタさん。はい。よ、よろしくお願いします」
頭を下げるノルトの前でロゼルタはテーブルの端に腰掛け、足を組む。
ドレスの前側が少しはだけ、白い太腿がチラリと露わになり、筋肉質で芸術的とも言える脚線美が目に映る。
「よしよし。後ろで拗ねてるあの黒いバカはテスラってんだ。覚えなくていいよ」
「聞こえてるぞ! クソアマ」
腕を組んだまま顔だけをロゼルタに向けてテスラが吠える。その彼に向かってノルトはまた頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
「…………ふん」
バツ悪そうに反対側を向いて言う剣士、テスラを見てロゼルタは再びクックックと笑う。
「ま、悪い奴じゃない。上で飛んでるあいつはドーン」
ヒラヒラと踊る様に宙を舞いながら先程後ろから抱き着いてきた少女がニコリとして手を振る。
「は……よろしくお願いします」
またも大仰に頭を下げる。
「んであのデカい奴がマクルル」
「よろしくお願いします」
「……」
マクルルと呼ばれた巨体の男は返事をせず、頷く様に僅かに頭を下げた。
「さて」
ロゼルタはその見事な曲線を描く長い足を組み替え、真っ向からノルトを見据える。
その真紅の瞳は妖しく輝いていて、体ごと吸い込まれそうな気持ちになる。
「は、はい」
「お前、あたしらが何者か、少しは分かるのか」
「は、それはえぇと……全く見当もつきません」
「じゃあ教えよう。あたし達は魔族。お前達の言う『魔界』の住人だ」
「まか、魔界の……魔族?」
頭の上からドーンのクククという笑い声が聞こえてきた。
「儂らは元々それぞれ異なる4つの魔界の魔族であり、魔神であり、魔王を補佐していた宰相でもある。まあ簡単に言えば魔王様に次ぐ実力者ってことじゃ」
器用にクルリと空中で身を翻しながらドーンは軽い口調でそう言った。
軽い頭痛と共に目を覚ます。
「あ、あれ? ここは……」
ベッドだった。
掛け布団のデザインは簡素なものだがふかふかで柔らかく、とても高級なものの様に思えた。こんな寝心地の良いベッドで寝るなど生まれて初めての事だ。
上半身を起こしながら、
「確か山に入って歩いてるうちにお腹が減って……」
と順番に思い出し、あの奇妙な館での体験はやはり夢だったと結論づけた。
(きっと山の中で倒れて夢を見てたんだ。親切な誰かが助けてくれたんだろう)
(とても怖かったけど……でもちょっと残念な気がするな)
彼にとっての日常は苦痛と悲しさで溢れている。彼が出会う殆どの人間は彼に対して攻撃的で排他的だった。
(あの人達は違うかもしれない)
それは気を失う前に見た、どこか現実味のなかった4人のことだ。何故そう感じたかは自分でも分からない。
ふと、あれだけ酷かった疲労と空腹が綺麗に無くなっている事に気付く。
(あれ? 一体どこからが夢だったんだ?)
首を傾げながらベッドを降りると今度は上半身が裸である事に気が付いた。
(そうか。僕はこんな格好であれからずっと……)
あのサラという女性に治療される前からほぼ布に袖を通しているだけの様なものだった。
数日歩く内、いつの間にかそれすらも無くなってしまったらしい。
貧しい者の中には半裸の者も珍しくなく、その程度では誰も気に留めない。
「と、とにかくこの家のご主人様にお礼を言わないと」
部屋を出る事にし、扉に手を掛けようとした瞬間、それは音もなくスッと開いた。
「ふぁっ!」
その感覚は鮮明に覚えている。
あの不思議な館での事だ。
続いて頭で整理する間もなく視界に飛び込んで来たあの部屋、あの光景。
「ゆ、ゆ……夢じゃあ、なかった」
不思議なのは記憶にあるものと全く同じアングルの風景だという事だった。
(あ、あの時は館の入口から……廊下を通って突き当たりの扉を開いた筈だけど)
中にいた4人は相変わらずノルトを気にも留めず、2人は言い争い、1人はソファで寛ぎ、1人は宙を泳いでいた。
呆気に取られながらも今度は気を失う事もなく、勇気を振り絞ってその部屋に足を踏み入れ、彼らに声を掛けた。
「あ、あの!」
するとそれまで部屋に流れていた優雅な時がピタリと止まる。
数瞬後、彼らは一斉にノルトの方にその赤い瞳を向けた!
ゾクリとした。
続け様に背後に何者かの気配を感じた。
恐怖で硬直するノルトに、明らかに女性と分かる体が後ろからゆっくりと抱き着いてきた。
今の今まで雪に埋もれていたかの様な冷たさと共に、だ。
「お目覚めかな?」
それは揶揄っている様で、親しげな様で、妖しげな女性の声。
それが突然耳元でしたものだからノルトの心臓は縮み上がった。恐々と首を回す。
すぐに視界の端に入ってきた顔は、先程まで部屋の中で宙を泳いでいた黒髪の少女だった。
生気が感じられない、死人の様な肌の冷たさと白さ、それに削ぐわない唇の赤さが相まって恐怖を掻き立てる。
「うわわわわぁっ!」
耐えきれず叫び、部屋の中に逃げ出そうとするが、彼に巻き付いているその華奢な手に一体どれ程の力があるというのか、ノルトの体はピクリとも動かない。
「なんじゃ、何を怖がっている。儂に抱き着かれるのは嫌か?」
揶揄う様な物言いで、まるで恋人に甘えるかの様にノルトの肩口に片頰を乗せ、ノルトの目を見上げた。
「ふふぅん。可愛い顔をしておるのう。綺麗に殺せばさぞかし出来の良い、儂のしもべになろうな」
「た、た、助け……」
「ククク。冗談じゃ、今はまだ、のう」
少女がニタリと笑う。
それと同時に少女と共に体が浮き、残る3人の目の前まで文字通り滑る様に飛んだ。
「うわわわ」
彼女はノルトの反応にまたクククと満足気に笑うとようやく彼の体から離れ、また気持ち良さそうに宙を泳ぎ出した。
ようやく彼女から解放されたようだ。
とはいえ、全く助かったとは思えない状況。
目の前には長身の黒い剣士の男が立ち、ノルトを睨み、見下ろしている。
そのすぐ隣には剣士と同じ位の背丈でスレンダーな体つきの女性がこれまた射抜くような目でノルトを見ている。
その奥ではソファに座ったままの巨体の男が腕組みをしながらノルトを睨んでいた。
「おいお前っ!」
怒鳴ったのは黒い剣士だった。
「はははい!」
「テメーは一体、ナニモンだ?」
剣士の話し方は人間そのものだった。ノルトが心底恐怖を抱くのは人間離れした彼の雰囲気だった。
彼の全身から揺蕩う黒い炎の様なモヤ。
部屋の外から見た時にも見えたそれに加えて今まで出会ったどんな凶暴で醜悪な人間にも無かった圧倒的な殺気。
それは男の瞬きひとつで自分など簡単に消し飛ばされるのではと思える程だった。
「あ、あわわわ……」
その様子を見ていた赤と黒のドレスの女がチッとひとつ舌打ちをした。
「いちいちビビらせんじゃねー。まだガキじゃねーか」
ノルトが生きて来た中で彼女ほど美しい女性には未だかつて出会った事がない。
だが見た目はまるで王女の様な気品を醸し出しながらもその形の良い口元から漏れ出る言葉は酷いものだった。
「うるせーぞロゼルタ。出しゃばって割り込んでんじゃねえ」
「テメーこそすっこんでろクソヤロー。この子はテメーとは怖くって話せないとよ!」
「そうなのかコラ。え?」
「えっ?」
たまたま剣士の言葉と上手くリズムが合ってしまい、少し小バカにした様な印象を与えてしまった。
瞬時に剣士の額に癇筋が浮かぶ。
「俺を揶揄うとはいい度胸だ。死にてーらしいな」
「あいいい、いえいえ、そんな事は……」
だがロゼルタと呼ばれた女性と宙を舞っていた少女が揃ってケタケタと笑い出す。
プルプルと怒りを抑えるかの様に震える剣士を横目に、ロゼルタは笑いながら、
「この子が、んな事する訳ねーだろ。もういいから引っ込んでろよ。出て来るとややこしいぜ」
「ぐぬぬぬ……フンッ!」
目尻が裂けるかと思える程吊り上がっていたが、そう鼻を鳴らすと踵を返し、巨体の男とは別のソファにドスンと音を鳴らして腰を落とし、踏ん反り返った。
「あー久々に笑ったぜ……さて」
少し涙を拭く素振りを見せつつ、ノルトに向き直る。
「怖がんなくていいよ。お前が正直に話してくれりゃあ酷い事はしない」
この女性からも先程の剣士に劣らない、得体の知れない恐ろしさは感じる。
だがその言葉はノルトに幾ばくかの安心を与えたようだ。
「は……はい」
「よろしい。まずお前の名前は?」
「ノルトと言います」
「ノルトか。あたしはロゼルタ」
「ロゼルタさん。はい。よ、よろしくお願いします」
頭を下げるノルトの前でロゼルタはテーブルの端に腰掛け、足を組む。
ドレスの前側が少しはだけ、白い太腿がチラリと露わになり、筋肉質で芸術的とも言える脚線美が目に映る。
「よしよし。後ろで拗ねてるあの黒いバカはテスラってんだ。覚えなくていいよ」
「聞こえてるぞ! クソアマ」
腕を組んだまま顔だけをロゼルタに向けてテスラが吠える。その彼に向かってノルトはまた頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
「…………ふん」
バツ悪そうに反対側を向いて言う剣士、テスラを見てロゼルタは再びクックックと笑う。
「ま、悪い奴じゃない。上で飛んでるあいつはドーン」
ヒラヒラと踊る様に宙を舞いながら先程後ろから抱き着いてきた少女がニコリとして手を振る。
「は……よろしくお願いします」
またも大仰に頭を下げる。
「んであのデカい奴がマクルル」
「よろしくお願いします」
「……」
マクルルと呼ばれた巨体の男は返事をせず、頷く様に僅かに頭を下げた。
「さて」
ロゼルタはその見事な曲線を描く長い足を組み替え、真っ向からノルトを見据える。
その真紅の瞳は妖しく輝いていて、体ごと吸い込まれそうな気持ちになる。
「は、はい」
「お前、あたしらが何者か、少しは分かるのか」
「は、それはえぇと……全く見当もつきません」
「じゃあ教えよう。あたし達は魔族。お前達の言う『魔界』の住人だ」
「まか、魔界の……魔族?」
頭の上からドーンのクククという笑い声が聞こえてきた。
「儂らは元々それぞれ異なる4つの魔界の魔族であり、魔神であり、魔王を補佐していた宰相でもある。まあ簡単に言えば魔王様に次ぐ実力者ってことじゃ」
器用にクルリと空中で身を翻しながらドーンは軽い口調でそう言った。
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