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最終章 魔王をその身に宿す少年
117.惨劇のラクニール
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長く苦しんだ瘴気渦巻く世界が遂に終わった。
メルマトラとの境界である山脈を越えると森が広がっており、なだらかに下る斜面が続いていた。
そこはもうリドの国、英雄王国リルディアの一部である旧ラクニール王国である。
リルディアが出来るまでは栄華を誇った国。
リドもこの国の出身だった。
今はラクニール領となっている、縦に長いこの地域を南に縦断すれば彼らが目指すスルークである。
転移装置がある今は距離はそれほど関係が無い。彼らの旅はようやく終わりに近付いたのだ。
◆◇
瘴気が消えるとすぐにロゼルタ達は人間の姿に戻った。
スルークに着くまではリドに知られたくないためだ。
「なんか、とても懐かしい気がします」
ロゼルタを見てノルトが言う。
「そうだな。メルマトラに入ってからはずっと魔人化状態だったからな」
久しぶりに見た気がする、人間の姿の優しいロゼルタの笑顔だった。
彼女の手がノルトの頭を撫でるが、そこでピタリと動きが止まる。
「あれ? お前、少し背が伸びたか?」
「え?」
アンナを見ると確かに今まで少し見上げる感じだったのが、いつの間にか目線が同じ高さにあった。
「確かに……伸びたみたいです。やった!」
「ノルトって14歳よね? それにしちゃちょっと低いと思ってたのよね」
「よかった。もう伸びないかと思ってたよ」
満面の笑みで言うノルトを見てアンナも嬉しくなる。
「俺達と旅をして心身共に成長したんだろ。男らしくなってきたじゃねーか」
「館で初めて会った時は頼りなさげな少年だったのにのう」
テスラとドーンもロゼルタと同じようにノルトの頭を撫でる。
照れたノルトが顔を赤くして笑みが溢れるのを堪える。
それを見たアンナが鼻からひとつ息を吐く。
「まあなんにしても……あんたがそれだけ笑えるようになったのが私は一番嬉しいわ」
「アンナ……」
感極まるノルトに対して、アンナは腕組みをし、思ってもいない事を言い出した。
「で、あのクリニカって女性と何があったのかしら? まさかそのせいで成長したとか……」
「あ――! 見てアンナ! 町だよ! 城もある!」
大声でアンナの声を打ち消す。
ノルトの指差す方に確かに町並みが見えた。
「城があるならここはラクニール王都のラサね。世界で一番贅沢な町って言われてるとこ。で、クリニカのことだけど」
「え! いやとてもそんな豊かな町には見えないよ!」
「大きな声ねえ。もうちょっと……」
「いやノルトの言う通りじゃ。さすがにあれは少しおかしい」
助け舟のつもりなのか、ドーンが口を挟む。
だが彼らの言う通り、離れた位置から見てもそれは『贅』とは対極にある町並みだとわかるほどだった。
◆◇
「うっ……くぅっ……さい!」
鼻を摘んだアンナが叫ぶ。
町の近くの平地まで来た辺りで猛烈な腐敗臭が彼らの鼻をついた。
「こりゃあ尋常じゃねーな」
「死臭だな」
ロゼルタとテスラが言葉を交わす。心なしか町へと進む足が早くなった。
町の端に着き、そこから暫く進むと元は美しい広場だったと思われる場所に出る。
今は濁った水が溜まった噴水、カビだらけのベンチ、そして。
「うっ」アンナが目を見開く。
「死、んでる?」
鼻と口を押さえながらノルトが言う。
広場は死体だらけだった。
それらは皆腐っており、とんでもない数の死羽虫が飛び交っていた。
「こ、これが、ラサなの?」
耐え切れず、アンナが吐瀉した。
「リドか?」とテスラ。
「難しいな。だが白骨化した死体は少ない。殆どの死体は1週間以内のものだろう」とロゼルタ。
「虐殺か。特に男、それに年寄りが多い」
注意深く死体を見ていたマクルルが言う。
「年頃の女以外は皆殺しか。リドがやりそうなことじゃが」
「国民を殺すなんざ、てめーの足を食うようなもんだがな」とテスラ。
「だな。それがわからねーほどバカじゃねーと思うが」
その広場を越え、町の様子を見ながら南下する。
かなり進んだところでようやく人影を見つけた。
「ありゃースラムだな」
人影がチラつく暗い通りを見てテスラが言う。
「聞いてみるか」
彼らの足はスラムに向かう。
スラムはセントリアのそれと大差の無いものだった。
ごみが散らかり、道端には物乞いが陣取っている。
その中でテスラは座っていたひとりの中年の男に声を掛けた。
「おいおっさん。今、町を歩いてきたんだが、一体何があってこうなったんだ?」
その男は窪んだ目でギロリとテスラを睨むと、フンと鼻で笑った。
「何がもクソも、ラクニールはもうとっくに終わってるんだ。リルディアの一部になった瞬間からな」
「てことは、やはりリドが?」
「いや確かにあいつはこの国から何もかも奪っていった。だが今は……」
「どうした?」
「最近新しい城主が来てな。そいつがラサにトドメを刺した。あんたらが見てきたとおりだ。女は城に連れ去られ、男は殺された。元々ここ、スラムは奴らの眼中に無かったんだろうな」
「……ひどい。酷すぎるよ」
ノルトが拳を握り締める。
困った様な顔でロゼルタが諭す様に声を掛ける。
「おいノルト。変な事考えるなよ? あたしらには時間がねー。ハミッド達があの辺りを抑えてくれている間にスルークに行かなきゃならねー」
「わかってます。けど、こっちも放っておけないよ!」
「いやダメだ。全てはリドを倒しゃあ済む話だ」
「でも……!」
最初から期待もしていないのか、興味なさそうにジッと聞いていたそのスラムの住人は地面に寝そべる様に体を横にしながら言った。
「ま、城はオークだらけだしな。あんたらみたいな小勢でどうこう出来るもんじゃねえ」
その言葉に反応したのは今の今まで素通りするつもりだったロゼルタだった。
「オークだと?」
「あ?」
「おい、今の城主ってのは……ひょっとしてマッカなのか?」
「ああそうだよ。あんたらみたいな活きが良い奴らがいたら俺達まで巻き添えを喰らう。さっさとスルークでもどこでも行ってくれ」
迷惑そうに言った。
だがロゼルタは、
「そーと聞いちゃー素通りは出来ねーな」
と眉を怒らせた。
男はロゼルタの判断基準がわからず、ただ「はあ?」と言うのみだった。
「行くぜノルト」
「うん!」
残された男は走って行くノルト達の後ろ姿を暫く見つめていたが、やがて目を閉じ、
「全くバカだねえ。俺は忠告したぜ」
興味なさげにそう言った。
メルマトラとの境界である山脈を越えると森が広がっており、なだらかに下る斜面が続いていた。
そこはもうリドの国、英雄王国リルディアの一部である旧ラクニール王国である。
リルディアが出来るまでは栄華を誇った国。
リドもこの国の出身だった。
今はラクニール領となっている、縦に長いこの地域を南に縦断すれば彼らが目指すスルークである。
転移装置がある今は距離はそれほど関係が無い。彼らの旅はようやく終わりに近付いたのだ。
◆◇
瘴気が消えるとすぐにロゼルタ達は人間の姿に戻った。
スルークに着くまではリドに知られたくないためだ。
「なんか、とても懐かしい気がします」
ロゼルタを見てノルトが言う。
「そうだな。メルマトラに入ってからはずっと魔人化状態だったからな」
久しぶりに見た気がする、人間の姿の優しいロゼルタの笑顔だった。
彼女の手がノルトの頭を撫でるが、そこでピタリと動きが止まる。
「あれ? お前、少し背が伸びたか?」
「え?」
アンナを見ると確かに今まで少し見上げる感じだったのが、いつの間にか目線が同じ高さにあった。
「確かに……伸びたみたいです。やった!」
「ノルトって14歳よね? それにしちゃちょっと低いと思ってたのよね」
「よかった。もう伸びないかと思ってたよ」
満面の笑みで言うノルトを見てアンナも嬉しくなる。
「俺達と旅をして心身共に成長したんだろ。男らしくなってきたじゃねーか」
「館で初めて会った時は頼りなさげな少年だったのにのう」
テスラとドーンもロゼルタと同じようにノルトの頭を撫でる。
照れたノルトが顔を赤くして笑みが溢れるのを堪える。
それを見たアンナが鼻からひとつ息を吐く。
「まあなんにしても……あんたがそれだけ笑えるようになったのが私は一番嬉しいわ」
「アンナ……」
感極まるノルトに対して、アンナは腕組みをし、思ってもいない事を言い出した。
「で、あのクリニカって女性と何があったのかしら? まさかそのせいで成長したとか……」
「あ――! 見てアンナ! 町だよ! 城もある!」
大声でアンナの声を打ち消す。
ノルトの指差す方に確かに町並みが見えた。
「城があるならここはラクニール王都のラサね。世界で一番贅沢な町って言われてるとこ。で、クリニカのことだけど」
「え! いやとてもそんな豊かな町には見えないよ!」
「大きな声ねえ。もうちょっと……」
「いやノルトの言う通りじゃ。さすがにあれは少しおかしい」
助け舟のつもりなのか、ドーンが口を挟む。
だが彼らの言う通り、離れた位置から見てもそれは『贅』とは対極にある町並みだとわかるほどだった。
◆◇
「うっ……くぅっ……さい!」
鼻を摘んだアンナが叫ぶ。
町の近くの平地まで来た辺りで猛烈な腐敗臭が彼らの鼻をついた。
「こりゃあ尋常じゃねーな」
「死臭だな」
ロゼルタとテスラが言葉を交わす。心なしか町へと進む足が早くなった。
町の端に着き、そこから暫く進むと元は美しい広場だったと思われる場所に出る。
今は濁った水が溜まった噴水、カビだらけのベンチ、そして。
「うっ」アンナが目を見開く。
「死、んでる?」
鼻と口を押さえながらノルトが言う。
広場は死体だらけだった。
それらは皆腐っており、とんでもない数の死羽虫が飛び交っていた。
「こ、これが、ラサなの?」
耐え切れず、アンナが吐瀉した。
「リドか?」とテスラ。
「難しいな。だが白骨化した死体は少ない。殆どの死体は1週間以内のものだろう」とロゼルタ。
「虐殺か。特に男、それに年寄りが多い」
注意深く死体を見ていたマクルルが言う。
「年頃の女以外は皆殺しか。リドがやりそうなことじゃが」
「国民を殺すなんざ、てめーの足を食うようなもんだがな」とテスラ。
「だな。それがわからねーほどバカじゃねーと思うが」
その広場を越え、町の様子を見ながら南下する。
かなり進んだところでようやく人影を見つけた。
「ありゃースラムだな」
人影がチラつく暗い通りを見てテスラが言う。
「聞いてみるか」
彼らの足はスラムに向かう。
スラムはセントリアのそれと大差の無いものだった。
ごみが散らかり、道端には物乞いが陣取っている。
その中でテスラは座っていたひとりの中年の男に声を掛けた。
「おいおっさん。今、町を歩いてきたんだが、一体何があってこうなったんだ?」
その男は窪んだ目でギロリとテスラを睨むと、フンと鼻で笑った。
「何がもクソも、ラクニールはもうとっくに終わってるんだ。リルディアの一部になった瞬間からな」
「てことは、やはりリドが?」
「いや確かにあいつはこの国から何もかも奪っていった。だが今は……」
「どうした?」
「最近新しい城主が来てな。そいつがラサにトドメを刺した。あんたらが見てきたとおりだ。女は城に連れ去られ、男は殺された。元々ここ、スラムは奴らの眼中に無かったんだろうな」
「……ひどい。酷すぎるよ」
ノルトが拳を握り締める。
困った様な顔でロゼルタが諭す様に声を掛ける。
「おいノルト。変な事考えるなよ? あたしらには時間がねー。ハミッド達があの辺りを抑えてくれている間にスルークに行かなきゃならねー」
「わかってます。けど、こっちも放っておけないよ!」
「いやダメだ。全てはリドを倒しゃあ済む話だ」
「でも……!」
最初から期待もしていないのか、興味なさそうにジッと聞いていたそのスラムの住人は地面に寝そべる様に体を横にしながら言った。
「ま、城はオークだらけだしな。あんたらみたいな小勢でどうこう出来るもんじゃねえ」
その言葉に反応したのは今の今まで素通りするつもりだったロゼルタだった。
「オークだと?」
「あ?」
「おい、今の城主ってのは……ひょっとしてマッカなのか?」
「ああそうだよ。あんたらみたいな活きが良い奴らがいたら俺達まで巻き添えを喰らう。さっさとスルークでもどこでも行ってくれ」
迷惑そうに言った。
だがロゼルタは、
「そーと聞いちゃー素通りは出来ねーな」
と眉を怒らせた。
男はロゼルタの判断基準がわからず、ただ「はあ?」と言うのみだった。
「行くぜノルト」
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