悪いオトコ

希京

文字の大きさ
9 / 9

喧嘩と告白

しおりを挟む
「うっ…」
中に埋め込まれた卓也のモノがゆっくり抜かれて、春兎は床に座り込む。
ひくつく穴からは卓也が放った白い液が垂れてきて床を汚した。

スーツは脱がされて、白いシャツだけ着せられている。そこからのぞく白い足に欲望が引きずり込みこまれそうになって卓也は目を反らす。

「ひどい…卓也」
「お前に言われたかねえよ」
うつむいて力なく座っている春兎が泣いている。顔にかかる髪で顔は見えない。

「卓也の鈍感!好きになっちゃったから逃げて欲しいのに…」
「え?」
突然の告白に卓也は戸惑う。

「それも俺をはめる嘘か?」
「ここまできてそんなこと言うもんかっ!僕だって人間だ。悪い人を好きになっちゃうこともある!それなのに…っ。卓也の鈍感!馬鹿!!」

会話の雲行きが怪しくなってきた。
「俺を逮捕しといてなに言ってんだお前!」
「うるさい!!」
ソファに置いてあるクッションを投げてきた。それをよけながら突然始まった春兎の暴走にいい解決法が浮かばない。

投げるものがなくなった春兎はタンスの上に飾ってある重そうな置物に手を伸ばした。

「マジかよ…ふざけんな!」
春兎の手から取り上げようと組み合うが、怒りのリミッターがふり切れた人間の力は強い。
「死んじゃえ!僕の前から消えて!!」

なんとか置物を奪ってタンスの上に戻して、殴りかかってきた腕を素早く掴んだ。

「情でも移ったか?」
泣きじゃくる春兎からははっきりした返事がない。

『これってどういう状況?』

自分にハニートラップを仕掛けてきた人間なんか信じられるか。
「俺を逮捕しておいてよく言えるな。今の話が本当なら逃してくれるのが正解だろう。眠たいこと言ってんなよ」

罪をおかした自分が悪いのはわかっているが、人間は心と頭で違う答えをはじき出す。

春兎は頭では犯人を確保するのが仕事と理解して行動していたが、心の中は複雑だったようだ。

『だがそんなこと知ったこっちゃねえ』

どうせ何を言っても信じてもらえないと思ったのか、今度は春兎は黙り込む。
言いたかったことは言ったので少し落ち着いたのかもしれないが、つきあってられない。

「もう行くよ。朝まで置いてもらうつもりだったが春兎を苦しめるだけだもんな。厄介者は消えることにする」
驚いた顔をして春兎が顔を上げた。泣きはらした目が赤く腫れている。

「どこに行くの?」
「さあ…。あてはない」

本当は仲間の家に身を寄せるつもりだった。同じ穴の狢、売人ルートの連中なら通報すれば自分も逮捕される。そこまでして自分を売る人間はいない。
卓也が信用できるのは悪い秘密を共有して運命共同体になっている人間だけだった。そんな人間しか、まわりにいない。

「僕も行く。ついていっちゃダメ?」
冷静に判断が出来なくなっているのか春兎は破滅の道を選ぼうとしていた。
ついてくるのを許してエリートから引きずり落としてやろうか。だが今から逃亡するのに連れていくのは邪魔だ。
利用するかギリギリまで考えたが、癇癪を起こす人間は面倒くさい。

「足手まといだ。どうせ俺を追跡して上に報告するんだろう?迷惑だ」

色のない瞳で見下して、冷酷に切り捨てて腕を離した。

「手柄立ててお前の出世の道具に利用されたくないからな」
「……」
信じられないという表情を浮かべながら、春兎はよろよろとソファに座り、両手で顔を覆った。
「落ち着いたら連絡してやる」
「逃げ切れると思ってるの?」
「お前に報復するまでは捕まらない。せいぜい楽しみにしてな」

根拠もない自信で春兎に向かって言ってくる。

「俺がどんな目に遭ったか。春兎を何回殺しても足りねえ。あの動画を拡散しておけばよかったよ。お前が社会的に抹殺されて今の職も失ってボロボロになって、俺たちの居場所まで堕とせばよかった。そうすれば俺も少し気が晴れるのにな」
過去の記憶が蘇ったのか、血走った目で春兎を睨む。

これだけ言っても春兎から反応がない。
さっきまでの大立ち回りは何だったのか。必死に止めようとしたのに肩透かしを食らわされて余計腹が立つ。

「じゃあな」

ひとこと挨拶だけ残して卓也が出ていった。


ひとり部屋に残された春兎はごろりとソファに寝転ぶ。

大きな憎悪を感じた。それはそうだ。卓也は自分が被害者だと思いこんで、犯罪者という自覚がない。

やっぱり言わなければよかった。亜美先輩あたりにバレれば「あんた馬鹿じゃないの?」とさんざん嫌味を言われるに決まっている。

「…疲れた……」
誰もいない部屋で小さく呟く。

死が脳裏をよぎる。
だがここで死んでも卓也が戻ってきてくれるわけでもない。
ただ消えたい。この世界から。ひっそり。

こんな時は嫌なことばかりで思考が埋め尽くされる。
必死に勉強して官僚になったとき親は大喜びだった。それが嫌だった。
「これで将来安泰ね、春兎」
両親はそう言った。
どこがだよ。過労死寸前だ。将来なんて見えるけど届かない蜃気楼みたいなものだ。

出会うのは大麻常習者ばかり。その中で心動かされる人間も少なからず存在したが、誰にも言わずに諦めるようにしていた。

「好き」と告白したのはさっき喧嘩した卓也にだけだった。
自分も余裕がなくて思わず溜め込んだ感情を爆発させてしまった。

僕が男にハニトラかけて情報集める仕事しているなんて知ったら、死んじゃうかもな、親。

酒でも飲んで寝てしまおうと思うが、億劫で体が動かない。
卓也が出ていった時玄関の鍵を閉めてないことに気がついて、なんとか立ち上がり鍵をかけた。

だいぶ醜態をさらしてしまったが、もう会うことはないから忘れよう。

もし彼を見るとしたら、テレビ画面越しにうつる逮捕されて連行される姿だろう。

更生なんか期待しない。

人は変わらない。

自分は無力だ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...