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17月の実

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 月の実を探してアラデア君と仲良くなるという計画はあっさりバレたけど、アラデア君は深くは追求してこなかった。もしかしたらアラデア君だって、人間・・・少なくともオレとは上手く付き合っていきたいと思ってくれているのかもしれない。そんな期待をよそに、日が暮れ始めても精霊の泉は見つからない。

 だいぶ森の奥まで来たと思うんだよな。


「フレナ」
「ん?どうしたの、疲れた?」
「疲れたのはお前じゃないのか。人間だから僕とは体力に差があるだろ」
「大丈夫だよ、これでも騎士だから鍛えてるし。もう少し奥まで行ってみよう」
「・・・」


 正直ちょっと足が重くなって来たけど、何としてでも今日見つけたい。次はいつ来れるかわからないからな。


「・・・・僕と」
「んー?」


 途中歩きながら、アラデア君が話しかけて来た。真面目な顔してるから、真面目な話しだろう。


「僕と兄さんは魔族じゃない」
「え、そうなんだ?」
「詳しくは話せないが、600年ほど前にまだ人間や他種族が対立し戦乱の世を迎えていた頃だ」


アラデア君、少なくとも600歳なのか!!!


「ある場所からただの思い付きで独立しようと人間の土地に足を踏み入れた。兄さんはあの通りのんびりしてお人好しだから、ある日人間に捕まってしまったんだ」
「・・・・うん」
「助けようとしたけど僕も捕まって人間の奴隷にされた。その頃は本当に他種族への扱いが酷くて、何度も危ない目に合って兄さんなんて人形のように喋る事も出来なくなったんだ」


 あの可愛いくて純粋無垢なウルベル君から笑顔を声を奪った人間を殴ってやりたい。そして真面目なアラデア君すらも無下にした奴も。


「ある時ロギア様の軍勢がその人間の土地を支配下に置いて、僕達は解放された。でも僕達は魔族じゃないとわかると、魔族が虐げようとして来た。ロギア様はそれを止めて、なぜか自身の魂を繋げて配下にしてくださったんだ」
「ロギア、凄いな」
「その日から僕達はロギア様の半身でもあるし、ロギア様のために魔族として生きようと決めた。人間は今でも許せないけど、ロギア様の認めたお前なら・・・僕達も認めよう・・・・と兄さんに言われた」
「あ、あー・・・」


 アラデア君が平常心を装って接してくれたのは、やっぱりウルベル君の説得があったからなんだな。真の意味で仲良くなったわけじゃないけど、大きな一歩かもしれない。


「でも、よかった」
「何がだ?」
「目覚めたロギアが一人じゃなくて」
「え・・・」
「だって一人で目覚めたらきっと寂しいよ。オレも生まれて物心ついた頃には孤児院の家族と過ごしてたけど、一人の時はすごく寂しいから。ありがとうな、ロギアの側に居てくれて」
「ぼ、僕は・・・・・・」
「あ、オレがお礼を言うのはおかしいかな?」
「フレナ・・・・ゆ・・ユ・・・」


グオオオオオオ


 アラデア君が何か言いかけた時に、空気が震えるほどの何かが叫んだ。そして目の前に突然、魔物が飛び出して来た。
 こんな王都に近い辺境の村に、大型の魔物が居るはずがない。魔物は三メートルほどある巨大の、熊のような姿をしていたが毛が針のように尖っている。しかも五体も居る。


「こんな大型の魔物が!?」
「フレナ、逃げるぞ!」
「アラデア君、魔物は対処できるって!」
「五体は無理だ!しかもお前を守りながらだと余計にだ」
「なんでオレが守られるの前提なんだよ!あー!もー!わかった、茂みの中に隠れながら走ろう」
「っ」


 あの時の自信満々のアラデア君はどこ行ったんだ。オレ達は横の茂みに入るととにかく走り出した。でも魔物達は追いかけて来る。
 やがて開けた場所に出てしまうと、二人でしまったと顔を見合わせる。障害物がないと身を隠せないし、こちらの行動が丸見えだ。


「アラデア君、あの数なら二人でなんとかいけると思うだけど」
「・・・仕方ない、応戦するしかないな。でも無理だと思ったら僕を囮にしてでも逃げろ」
「何言ってるんだよ!そんな事出来ないだろ」
「ロギア様にはお前が必要だ。頼む、もしも時はお前が・・・」
「オレだってアラデア君が必要だ!ウルベル君も、ロギアも皆必要だ!一緒にこの世界に生まれたら、最後まで一緒だ!」
「・・・・フレナ」
「来たぞ!」
「っ、僕が術を展開するからその間はフレナが攻撃に徹してくれ」
「わかった!」


 アラデア君が術の詠唱を唱え始めると、足元に発光する白い魔法陣が出現する。

でもその時だった─────


ギイイイイイ


 反対側からまた違う魔物の群れが出現する。熊の魔物よりは小型だけど、数が10体以上で多すぎる。しかも術の詠唱中は動けないのか、アラデア君は動かない。


「アラデア君!」
「ッ!僕が小さい方の群れを消滅させたら、その方向に向かって走れ!」
「だからそれは嫌だって!」
「お願いだ、僕の代わりに兄さんもロギア様も守ってやってくれ。人間だけどお前は嫌いじゃなかった・・・・・ユト」
「アラデア君・・・」


 アラデア君が初めてオレの名前を口にした。フレナじゃない、ユト──と。


 月の実なんて口実だった、オレはただアラデア君も一緒に笑って皆と過ごせたらって・・・・。


「帰ろう、アラデア君も」
「ユト?」


 オレは剣を収めて魔法陣の詠唱を始める。魔物達は遠巻きに警戒して近付いて来ないから好都合だ。赤い魔法陣が一つまた一つとオレ達を囲うように展開されていく。


「赤い魔法陣・・・ユト、お前・・・」


 その言葉を遮るように魔法陣が発動すると、爆発するように炎が魔物目掛けて放たれる。魔物達は炎に包まれていき、あちこちから叫び声が聞こえる。
 やがて魔法陣も消えて、煙幕も晴れかけた時だった。残っていた魔物がオレに飛び掛かった。魔術を発動した後のオレは、実は魔力切れで無防備だ。

 終わったかもしれないと、どこか遠くで冷静に思った瞬間手前に飛び出して来た人影に庇われ魔物と衝突した。
 ソレは魔物と一緒に吹き飛び、静止すると────


アラデア君だった。


 すぐに走り寄って抱きかかえると、粘着く液体が手に触れる。血だ・・・アラデア君がケガを・・・。


「アラデア君!アラデア君!」


ギイイイイイ


 体制を立て直した魔物が再び襲い掛かってくるが、一瞬で消し去った。白い魔法陣が展開されていてアラデア君の術が発動したんだ。
 魔物が居なくなるのを確認すると、腕の中のアラデア君を見る。息はしてるけど、動かない。


「アラデア君・・・ごめん!ごめん・・」
「・・・・・ユト」
「アラデア君!」
「何を・・している・・早く安全な・・とこ・・・」
「アラデア君?」


 事切れにそれだけ伝えると、アラデア君の身体が光に包まれる。眩しくて一瞬目をつぶったけど、また目を開けるとオレの腕の中に小さな生き物がいた。

 その生き物は身体が細長くて白色の毛は短い、でも尻尾の毛はフサフサだ。ちょっとイタチに似てるかもしれない。


「アラデア君なのか?弱って獣姿になったのかな・・・生きててよかった」


 でもかなり弱っていて、いつ何があってもおかしくはない。イタチになったアラデア君を大事に懐に仕舞うと、今度は周囲を警戒しながら森の茂みを歩く。どこまでも続く深い森を何時間も歩く感覚になる頃には、満月がほぼ真上に来ていた。


「満月が・・・・でも諦めたくない」


 おじいさんの話しを思い出すと、弱って動けない時に月の実を食べて元気な状態で帰って来たって言ってた。多分、月の実は体力回復の効果があるかもしれない。どのみち今から戻っても間に合わないなら、可能性がある方に掛けたい。
 おじいさんは先に精霊の泉を見つけてたから、可能性は低いけど。


「ダメだった時は、一緒だからな・・・」


 ついに力尽きて大きな木の根元に蹲った。まだアラデア君は暖かい。


「ィアーリウェアに生まれた命は平等だからきっと助かるからな」


そう言って信じるように目をつぶった。



────今回は特別だよ



 どこからかそう聞こえた気がして目をそっと開けた。






 目の前には澄んだ色の泉があった。月が水面に反射して、まるで双子の月みたいだ。


「双子の月みたいだな・・・綺麗だ」


────あれ?わかるの


「だ、誰!?」


 明らかに誰かの声が響いて驚いて身体を起こし、辺りを見回すけど誰も居ない。


────ここだよ、君の目の前さ


「目の前って・・・・まさか泉の声?」


────いい線いってるけど、惜しいね。ボク等は月の水面の精霊さ


「月の精霊って・・・まさか」


────あれ?泉と月の実は信じるのに、精霊は信じないの?おかしな人間だね


「やったあぁぁぁ!!!」


────うわっ!?急に元気になった!


 まさかの精霊の登場にオレは警戒する前に、めちゃくちゃ喜んだ。


「あ、ごめん。やっと見つけられた上に、あのおじいさんは嘘ついてないってわかったから嬉しくて」


────あぁ、あの頑張ってここまで来たおじいさんね。老い先短くて可哀想だし、お供え物もくれるから特別に助けてあげたんだ


「そうだったのか。おじいさんを助けてくれてありがとう」


────なんで君がお礼を言うのさ?変な人間だな。まぁそこもちょっと気に入ったし今回は特別に助けてあげるよ。それに君の服の中に居る弱った同族を見捨てるのも後味が悪いからね


「え、それってどういう事?」


────気付いてないの?その子は精霊だよ


「ええええええ!?」


 まさかのアラデア君が精霊って・・・って事は、血の繋がったウルベル君も精霊???精霊の身体の仕組みがどうなってるかはわからないけど、アラデア君が魔族よりも精霊っていうのは納得出来る。
 綺麗だもんな、アラデア君。いやさ、ウルベル君だって可愛いよ?


────ほらほら、まずはソレを食べさせて回復してあげなよ


「え?」


 目の前にはいつの間にか小さな木が地面から生えていた。しかも木の枝の先には光る実が一個成っている。ドングリくらいの大きさだ。


「これが月の実」


 初めて見るし精霊の恩恵ある物だから触れていいか迷ったけど、月の精霊がくれたから有難く実を取った。懐からアラデア君を出して膝の上に抱えるけど、意識がないからどうやって食べさせるか・・・・。
 思い付いた方法は、まずはオレは一口だけ齧り飲み込まずに・・・アラデア君の小さな口に口付けて流し込んだ。固そうかなって思ったけど、割と水分を含んだ果汁たっぷりの食べ物っぽくてよかった。

 アラデア君はそれに反応したのか、小さな口を弱々しいけどモグモグと咀嚼し飲み込んだ。するとさっきまで虫の息だった呼吸が正常になったのが伝わる。体温も上がって来たみたいだ。


「・・・・よかった」


────ねぇ、「ィアーリウェアに生まれた命は平等」って誰かに言われたの?


「ん?違うよ、勝手にオレが思ってるだけ」


────ふーん


「どうしたの?」


────すっごい昔に同じ事言ってた奴がいたのを思い出した。そいつかなって思ったけどもうこの世界には居ないから、お前は違うな


「そうなんだ・・・」


────あの・・・そろそろ人間は戻った方がいいわ


「え・・・・」


 また違う声が聞こえてくる。さっきまでは少年の声だったけど、今度は控え目な少女の声だ。


────僕の双子の妹だよ。月の水面に映ってる方がね


────わ、わたしの事はいいから・・・早く人間を戻しましょう


────ごめんね、妹はシャイだから


 月の水面の精霊、月が二つあるって意味はそういう事だったのか。


「いや、精霊の領域に入って月の実までくれて命を助けてもらったのに、長居して悪かったよ。ごめんな、助けてくれてありがとう二人共。すごく優しい兄妹だな」


────えへへ!お前、人間なのに良い奴だな


────わ、わたしは・・・人間にここで弱られても困るから・・・・あのおじいさんも悲しんで供物くれなくなるかもって・・・思って・・・森に来なくなったら、こ・・・困るわ!


 もしかして、月の妹はおじいさんのこと好きなのかな?ツンデレってやつかな。


────お前の名前は?


「オレはユトだ。ユト・フレナ」


────ユト、また遊びに来てくれ。お前は楽しい


「いいのか?わかった、落ち着いたらまた来るよ」


────ユト・フレナ・・・おじいさんにコレを渡して


 月の妹の方が何かを渡してくれと言うと、手にいつの間にか小さな種が置いてあった。


「これは?」


────月の実の種


「え、いいのか?そんな大事な物あげて」


────だってわたし達のせいでおじいさんが嘘つき呼ばわりされて申し訳なくて


「そうか、わかった。必ず渡すよ、君の事も伝える」


────あ、ありがとう、ユト・フレナ


────じゃあね、ユト!


「あぁ、また・・・・・」




 そう言うと、またしてもいつの間にか森の中に居た。すでに日は登り始めて周囲がちょっと明るい。よかった、無事に戻ってこれた。


「アラデア君、家に帰ろうな」


 まだアラデア君はイタチのままだけど、腕の中で穏やかな寝息をたてていてしっかりと抱きしめてやるのだった。
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