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08.身代わりの花嫁 1
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「女王は、自分の時代の記録を残す決まりになっているの。だから、過去の女王たちが残した記録を見ながら、自分で決めてきたわ。女王になった時に引き継いだ秘密の部屋があって……入り口はがらくただらけ。女王のごみ箱ね。女王を辞める時に女王時代のものは一切持ち帰ってはいけない決まりだから、記録も持ち物も何もかもそこへ放り込んでいくのよ。抜けている時代もけっこうあったけどね」
エルヴィラが涙に濡れた顔のまま、小さくふふ、と笑った。
「でも助かったわ。それらを見て、この季節には、こういうことが起こりやすいから、こういうお告げをしよう、って、自分で決めてきたの。あとは外の国に出している偵察者からの情勢ね。もう二年くらいになるかしら」
「待って……二年も!? 一人で?」
アイリーンは驚いて聞き返した。エルヴィラはそんな素振りは一度として見せていない。現にエルヴィラの本音を聞きやすい立場のアイリーンでさえ、気づかなかった。
「誰にも言ってないもの。本当は誰かに相談するべきことだったのかもしれない。でもどうしても気がかりなことがあって。ああだけど、最初は竜神の声が聞こえていたのよ。いつ頃からかしら、だんだん弱くなって……、まったく聞こえなくなったのが二年くらい前」
エルヴィラは弱々しく微笑んだ。
「次の女王が生まれる気配もない。でもこの国には女王が必要。わかるでしょ?」
「でもだからって、一人でそんな大切なことを決めてしまうのは……」
「ええ、そうね。でも、私にはそうしなければならない理由があった。もちろん、ずっと続けるつもりはなくて……あなたを見送ったら女王からは降りようと思っていたの」
「……」
エルヴィラの告白に、アイリーンはなんと返事したらいいかわからなかった。
「気がかりなことのために、竜神の声が聞こえるフリをしているの? それって、なんなの?」
エルヴィラがぼやかして伝えてきていることはわかる。言いたくないことなんだろう。アイリーンは注意深く聞いてみたが、案の定エルヴィラは首を振るだけだった。
無理に聞き出すのはやめよう。ただ、姉が重い決断を下し、一人で乗り切ろうとしているのは間違いない。
「ねえ、竜神の声が聞こえないってことは、竜神の加護は?」
アイリーンはもうひとつ気になることを聞いてみた。
エルヴィラが首を振る。
「弱くなっていると思うわ。あなたも気づいているんじゃない? このところ、この国の上空を横切る飛行機が増えたわね」
「そうだね。でも上空だから、そういうこともあるのかなと思ってた」
この国に降りてくるわけではないから。
「それは、たまたまね。たまたま、あの人たちは私たちに用がなかっただけ。でも昨日は、あの人たちは私たちに用ができて、あっさりと飛行機が湖に降りてきた。竜神の加護があれば天候が悪くなって、私たちの領域に近づくことはできないはずだもの」
外の人が案内なく竜の国に近づこうとすれば、必ず雨や霧が発生して遭難する、ということは外の世界でもよく知られた話だ。竜の国には竜神の加護があるから近づくな。外ではそう言われている。
「でも、この国を守るはずの竜神の加護が失われていることが、外の国にバレてしまったわね。……今までのようにはいかない。生き残るためには、政治的な駆け引きをする必要がある」
エルヴィラが力なく呟く。
「どうしてこのタイミングで竜神の力は消えてしまったのかしら。そしてよりによってこんな時に、暁の帝国からの使者。私は、どうしたらいいのかしらね」
抵抗すれば命はないほどの大国からの、理不尽な要求。女王である姉は決断を迫られている。
女王とはいえ、エルヴィラの役目は竜神の声を人々に伝えるのが務め。国の命運を背負うなんて荷が重すぎる。でも対外的に見てこの国で最も価値がある存在は女王なのだろう。
だめだ。エルヴィラを皇帝の側妃になんてやれない。つがいがいる者を、つがいじゃない人のもとにやることなんて絶対にしちゃいけない。けれど帝国に人質を出す必要はある。女王の代わりができる者。帝国が、納得してくれる者。誰がいるだろう?
「……僕はどうかな」
ふとアイリーンは、頭にひらめいたアイデアを口にしてみた。
「だめよ、それは!」
ぎょっとした顔をして、エルヴィラが叫ぶ。
「妃ということは、閨の相手もさせられるのよ。第一、あなたは……その体じゃ……。大切な妹に、そんなことはさせられない。私はあなたに安らかに過ごしてほしいのよ。もう……もう、あと一年もないのに」
「だからだよ」
アイリーンは明るい声で頷いた。
「僕の残り時間は、もう一年もない。生きている間にきちんと誰かの役に立って死にたいんだ」
「アイリーン!」
「つがいがいないのってね……すごく寂しいんだ。姉さんもいる。ノエルもいる。僕のことを大切にしてくれる人がちゃんといるのは知っているけど、僕は誰かにとっての唯一無二ではないんだ。僕は、僕にしかできないことをずっと探してた。姉さんの身代わりは、僕にしかできない。女王の妹だもの、僕には人質としての価値がある。これはほかの人にはできないことだよ」
アイリーンが微笑むと、エルヴィラが顔を歪めた。
エルヴィラが涙に濡れた顔のまま、小さくふふ、と笑った。
「でも助かったわ。それらを見て、この季節には、こういうことが起こりやすいから、こういうお告げをしよう、って、自分で決めてきたの。あとは外の国に出している偵察者からの情勢ね。もう二年くらいになるかしら」
「待って……二年も!? 一人で?」
アイリーンは驚いて聞き返した。エルヴィラはそんな素振りは一度として見せていない。現にエルヴィラの本音を聞きやすい立場のアイリーンでさえ、気づかなかった。
「誰にも言ってないもの。本当は誰かに相談するべきことだったのかもしれない。でもどうしても気がかりなことがあって。ああだけど、最初は竜神の声が聞こえていたのよ。いつ頃からかしら、だんだん弱くなって……、まったく聞こえなくなったのが二年くらい前」
エルヴィラは弱々しく微笑んだ。
「次の女王が生まれる気配もない。でもこの国には女王が必要。わかるでしょ?」
「でもだからって、一人でそんな大切なことを決めてしまうのは……」
「ええ、そうね。でも、私にはそうしなければならない理由があった。もちろん、ずっと続けるつもりはなくて……あなたを見送ったら女王からは降りようと思っていたの」
「……」
エルヴィラの告白に、アイリーンはなんと返事したらいいかわからなかった。
「気がかりなことのために、竜神の声が聞こえるフリをしているの? それって、なんなの?」
エルヴィラがぼやかして伝えてきていることはわかる。言いたくないことなんだろう。アイリーンは注意深く聞いてみたが、案の定エルヴィラは首を振るだけだった。
無理に聞き出すのはやめよう。ただ、姉が重い決断を下し、一人で乗り切ろうとしているのは間違いない。
「ねえ、竜神の声が聞こえないってことは、竜神の加護は?」
アイリーンはもうひとつ気になることを聞いてみた。
エルヴィラが首を振る。
「弱くなっていると思うわ。あなたも気づいているんじゃない? このところ、この国の上空を横切る飛行機が増えたわね」
「そうだね。でも上空だから、そういうこともあるのかなと思ってた」
この国に降りてくるわけではないから。
「それは、たまたまね。たまたま、あの人たちは私たちに用がなかっただけ。でも昨日は、あの人たちは私たちに用ができて、あっさりと飛行機が湖に降りてきた。竜神の加護があれば天候が悪くなって、私たちの領域に近づくことはできないはずだもの」
外の人が案内なく竜の国に近づこうとすれば、必ず雨や霧が発生して遭難する、ということは外の世界でもよく知られた話だ。竜の国には竜神の加護があるから近づくな。外ではそう言われている。
「でも、この国を守るはずの竜神の加護が失われていることが、外の国にバレてしまったわね。……今までのようにはいかない。生き残るためには、政治的な駆け引きをする必要がある」
エルヴィラが力なく呟く。
「どうしてこのタイミングで竜神の力は消えてしまったのかしら。そしてよりによってこんな時に、暁の帝国からの使者。私は、どうしたらいいのかしらね」
抵抗すれば命はないほどの大国からの、理不尽な要求。女王である姉は決断を迫られている。
女王とはいえ、エルヴィラの役目は竜神の声を人々に伝えるのが務め。国の命運を背負うなんて荷が重すぎる。でも対外的に見てこの国で最も価値がある存在は女王なのだろう。
だめだ。エルヴィラを皇帝の側妃になんてやれない。つがいがいる者を、つがいじゃない人のもとにやることなんて絶対にしちゃいけない。けれど帝国に人質を出す必要はある。女王の代わりができる者。帝国が、納得してくれる者。誰がいるだろう?
「……僕はどうかな」
ふとアイリーンは、頭にひらめいたアイデアを口にしてみた。
「だめよ、それは!」
ぎょっとした顔をして、エルヴィラが叫ぶ。
「妃ということは、閨の相手もさせられるのよ。第一、あなたは……その体じゃ……。大切な妹に、そんなことはさせられない。私はあなたに安らかに過ごしてほしいのよ。もう……もう、あと一年もないのに」
「だからだよ」
アイリーンは明るい声で頷いた。
「僕の残り時間は、もう一年もない。生きている間にきちんと誰かの役に立って死にたいんだ」
「アイリーン!」
「つがいがいないのってね……すごく寂しいんだ。姉さんもいる。ノエルもいる。僕のことを大切にしてくれる人がちゃんといるのは知っているけど、僕は誰かにとっての唯一無二ではないんだ。僕は、僕にしかできないことをずっと探してた。姉さんの身代わりは、僕にしかできない。女王の妹だもの、僕には人質としての価値がある。これはほかの人にはできないことだよ」
アイリーンが微笑むと、エルヴィラが顔を歪めた。
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