黒衣の将軍と竜神の花嫁

ほづみ

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23.どうしてこうなった!? 1

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 今は何時ごろだろう。差し込む光から考えると、お昼が近くなっている気がする。
 季節は真夏。半地下とはいえ湿度が高いので、蒸し蒸しする。
 一張羅を汚したくはなかったが、疲れてきたアイリーンは手で払った床の上に腰を下ろし、ぼんやりと天井近くの窓を眺めていた。狭い窓から見えるのは空のみ。

 おなかがすいてきたし、何より喉が渇いてしかたがない。水分を摂らないのと汗をかくのとで、尿意は感じない。おまるの出番はまだ大丈夫そうだ。
 なんでこんなことになったんだろう。女官たちの態度が急変したのは、胸元のあざを見つけた時だった。男と会っていた? あのあざは男と会うとできるのか? そんなバカな。苦手な人物に会って鳥肌が立つことはあっても、会うだけであざができるようなことはないはずだ。意味がわからない。
 男と会う、という女官の言葉から、なぜかふとジェラルドの顔が浮かんだ。

 ――あいつ、か……?

 いや、彼に手荒に扱われた覚えはない。ジェラルドではない。じゃあやっぱり虫刺されなんじゃないか、だとしたらこれはかなり失礼な展開だ。外交問題に発展するぞ。知らないぞ。うちの姉はああ見えて怖いんだぞ。竜神を呼び出すぞ。そんなことができるのか知らないけど、なんかできそうな気がする。何しろ歴代一の女王と呼ばれる実力の持ち主だ。
 そんなことをつらつらと考えていた時だった。
 唐突に、ドアの鍵が開く音がした。

 アイリーンははっとなって、ドアに目を向ける。
 ドアが開く。
 姿を現したのは、背の高い、黒ずくめの男。

「――遅い! 遅い遅い遅い!!」

 アイリーンの誤解を解いてくれるのなら、ジェラルド以外いないと思っていた。だが彼は単なる荷物運び。そこまでしてくれる義理なんかない。ないけれど、安堵のあまり迂闊にも涙が浮かびそうになる。そんな自分をごまかすように、アイリーンは座ったまま大声で叫んだ。

「悪かった」

 そう言いながらジェラルドが手を差し伸べる。

「なんなんだよこれ、なんでいきなりこんなところに放り込まれなくちゃならないんだよ! 僕が、何かやったのか!!」

 ジェラルドの手をつかんで立ち上がれば、その手がぐっとアイリーンを引っ張る。
 えっ、と思った時にはもう、ジェラルドの腕の中に抱きしめられていた。
 頭が真っ白になる。

 なんでなんでなんで?

 この部屋に放り込まれた時よりも、真っ白度合いは高い。
 なんでこの男に抱きしめられてるんだろう?
 心配されているの? まさか? そんなことが。

「こんなところに押し込められているとは知らなかった。けがはしていないか?」
「けが……」

 事態を理解できないまま、アイリーンはジェラルドの言葉をオウム返しに呟いた。けが、けがってなんだっけ。単語がなかなか頭の中で意味をなさない。けが……ああ、けがは、けがだ。ようやく単語の意味を思い出す。

「……けがはしていないけど、ひどい目には遭った。姉さんに言いつけて竜神を呼び出してやる。帝国はすべて水没だ」

 けがという単語の意味を考えているうちにだんだん頭が回り始め、怒りもこみあげてきた。

「恐ろしいことだ」

 言いながらジェラルドがアイリーンを抱え上げた。
 ぎゃっ、と変な声を上げてアイリーンはジェラルドの首筋にしがみつく。どうして次から次へとこの男は突飛な行動を起こすのだ。しかも意図が読めないから、アイリーンは振り回されっぱなしだ。

 広い肩越しにジェラルドの背後を見れば、兵士のほかに立派な装いの壮年男性が立っているのが見えた。全員が唖然としている。
 どうやらジェラルドが連れ出してくれるみたいだ。事情が呑み込めないが、ジェラルドがへそを曲げるとまた嫌な目に遭いそうだなと思い、おとなしくジェラルドにしがみついておくことにする。

「――というわけだ。この娘は私がもらい受ける」

 どういうわけだ?
 だが、アイリーンの疑問に対する答えは誰からも与えられなかった。兵士は言わずもがな、立派な身なりの男性も何も答えなかったからだ。
 そんなわけで、アイリーンは軽々と抱き上げられたまま、ジェラルドに連れられて宮殿を後にすることになった。

 それにしても抱っこで移動なんて恥ずかしい。すれ違う人たちがみんな一様に驚いた顔をする。自分で歩けるから下ろしてほしい、と、言おうかと思ったが、心細い思いをしたばかりのアイリーンはジェラルドから離れたくなかった。

 ――守ってもらえるのって、いいな。こんなにもほっとできるんだ。

 アイリーンはジェラルドの肩口に顔を寄せた。
 何のにおいだろう? ジェラルドからはふんわりといいにおいがした。

 ――つがいって、こんな感じなのかなあ……。

 場違いにもほどがあるが、成人男性に抱っこなどされることがないから、そんなことを考えてしまう。
 つがいがいないことは「しかたがないよね」と割り切って受け入れたつもりだった。
 そうしないと自分がみじめになるし、何よりエルヴィラが動揺するから。

 だからアイリーンは極力、「しかたがないよね」と笑ってみせてきた。でも、やっぱり胸の奥でつがいがほしかったという気持ちはくすぶっている。
 伴侶がほしかったというよりは、誰かにとって唯一無二になりたかった。そういう気持ちが強い。

 誰が悪いというわけではないのだが、誰からも「唯一無二の伴侶」として必要とされていない現実は、アイリーンの心を深く抉っていた。
 それにつがいを得なければ二十歳で死んでしまう運命にも、かなりの理不尽さを感じる。
 竜神も、つがいがいない者に対してもう少し優しい運命を用意してくれればいいものを。
 世の中は不公平だ。





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