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05.占い師 1
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その理由は約束の日に判明した。
「完璧……っ」
人払いをした、私の自室にて。
私の髪の毛はコリンナの持ってきた不思議な粉によって茶色に染められ、きっちりひっつめられる。「あなたの顔は目立つから、地味に見える化粧をしなきゃね」と嬉々としてこれまた持参した大量の化粧品で顔を塗っていく。最後にチェスター家のお仕着せに着替え、手渡された丸ぶち眼鏡をかけたら「印象の薄いメイド」の出来上がりだ。
「まあ、これが私……!?」
冗談でなく、私は鏡を覗き込んで思わずのけぞった。
「私の使用人の体でいくわよ」
コリンナはそう言うと、化粧品を手早く持参したバスケットに詰めていった。
屋敷の中を移動中はバレるのではないかと冷や冷やしたが、そんなことはなかった。すれ違う誰も、私のことをコリンナの連れてきた侍女だと思っているのだ。ちなみにコリンナは、侍女を連れてきていない。そして私の部屋は、もぬけの殻だ。意外に騙されるものなのね……。
「これって悪用できるんじゃないかしら」
二人して馬車に乗り込んで、そっとコリンナに囁くと、
「今日の変装の仕方、教えてあげましょうか?」
にんまりとコリンナが笑った。
私、コリンナとの付き合いはそこそこ長いし、お互い、王宮で教育を受けてきた間柄だからどこか戦友のような連帯感を持ってもいたのだけれど、コリンナのこんないたずらっ子みたいな顔は初めて見る。
物静かな優等生というのが、私のコリンナの印象なのだが、コリンナは私に見せていない一面があったのね。
***
馬車は王都でもっとも華やかなあたりを抜け、一本裏の筋に入る。そしてひっそりとたたずむ邸宅の前で止まった。
「ここよ」
占い師というから、もっと胡散臭い、見世物小屋みたいなところで占いをしているのかと思ったが、完全に貴族の別邸だ。
「言ったでしょ、おしのびで貴族も来るんだって。あやしい店構えをしていたら、貴族相手なんてできないわ」
不思議に思う私の心を読んだのか(よっぽど私がわかりやすいのか)、コリンナがそう言って慣れた手つきで私を建物の中へといざなう。
小ぢんまりとした、貴族の別邸らしい構えの建物だが、中はしんとして人の気配がない。占い師はここで暮らしているわけではないみたいだ。
「ここで待っていて。しばらくしたら占い師さんが来るわ。私は一緒には入れないから一人で行ってね。外で待っているから」
そう言ってコリンナは私を応接間と思われる部屋に案内して、いなくなってしまう。
どうしたらいいのかわからず、私は部屋の真ん中に突っ立ってあたりを見回した。
部屋そのものは、本当に普通。どこにでもある貴族の別邸だ。ただ全体的に色あせて、古ぼけた感じがする。普段から人がいる建物ではないような感じだ。人の気配もしないし、占いをする時だけここを借りているのかもしれない。
しばらく待っていたら、静かにドアが開いて黒ずくめの女性が現れた。
頭からすっぽり布をかぶり、目元だけがのぞいている。背中が曲がっている。
「お話はおうかがいしております」
しゃがれた声……高齢の方のようだわ。
「こちらへどうぞ」
促されるまま彼女について部屋を出る。
通されたのは屋敷の奥の部屋。カーテンが閉められ、部屋にはろうそくのわずかな光だけ。
お香が炊かれており、嗅いだことがない甘い匂いが部屋に充満している。
部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、その上には丸くて透明な球体が置いてあった。そのテーブルを挟んで、私たちは向かい合って座る。
「……あの」
「おまえさんは悩んでいるね。どうしたらいいのかわからないんだろう?」
「……」
「話してごらん。おまえさんの知りたい答えを、この水晶が見せてくれる」
普段の私なら、相手にもしなかったかもしれない。
『近い人ほど言えない類の悩みって、あるわよね』
その通りよ、コリンナ。近い人ほど言えない。
でも誰かに聞いてほしかった。
そして、何か助言がほしかった。
どんな言葉でもいい。
私は、固有名詞を伏せつつ、自分の状況と思いを占い師に話した。
ある身分の高い方から婚約の申し出があった。親はそれを喜んで受けた。でも私はその方と結婚したくない。その方には心に決めた人がいるのを私は知っている。この結婚は誰も幸せにならない。だから、私から婚約破棄に持ち込むにはどうしたらいいのか。
よくある話だわ。
身分の高い方がこの国の国王陛下で、私がその妃として選ばれた娘だなんて、占い師は思いもしないだろう。
「そうかい……」
話し終えたあと、占い師はそう呟いて黙り込んだ。
ゆらゆらとろうそくの炎が揺らめく。
「……おまえさんの心はすでに決まっている。水晶に聞くようなことじゃなさそうだねえ」
私が「どうしたらいいか」ではなく「婚約破棄する方法を知りたい」と、具体的な解決策への助言を求めたせいだろう。
まったくもって占い師の言う通りだ。
「私から言えるのは、おまえさんは婚約者としっかり話をしたほうがいい、ということだけど」
「それができるなら、とっくにそうしています」
「まあ、そうだろうね。それができないから、おまえさんはここに来ているわけだ。ところで、おまえさんの言い分はわかった。婚約者には好きな人がいるから結婚したくないんだね。おまえさん自身は、その婚約者が嫌いなのかい?」
「いいえ。むしろ逆です。お慕いしております。だからこそ、婚約破棄したいのです」
「……そうかい……」
占い師が頷く。
しばらくの沈黙。
「お香を焚きすぎたかね。部屋が暑くなってしまったよ。ちょっとお待ちね。冷たいものでも持ってきてあげよう。もう少し心を落ち着けてから、私の考えを伝えることにするよ」
そう言って占い師が立ち上がり、部屋から出ていく。
これは、しばらく一人でよく考えなさいということだろうか。
何度考えても、アルトウィン様と結婚したら誰も幸せにならない。だからこの婚約は壊すべき、という結論に至る。
誰に何と言われようと、迷ったりなんてしない。
私はアルトウィン様との婚約を破棄したい。
「完璧……っ」
人払いをした、私の自室にて。
私の髪の毛はコリンナの持ってきた不思議な粉によって茶色に染められ、きっちりひっつめられる。「あなたの顔は目立つから、地味に見える化粧をしなきゃね」と嬉々としてこれまた持参した大量の化粧品で顔を塗っていく。最後にチェスター家のお仕着せに着替え、手渡された丸ぶち眼鏡をかけたら「印象の薄いメイド」の出来上がりだ。
「まあ、これが私……!?」
冗談でなく、私は鏡を覗き込んで思わずのけぞった。
「私の使用人の体でいくわよ」
コリンナはそう言うと、化粧品を手早く持参したバスケットに詰めていった。
屋敷の中を移動中はバレるのではないかと冷や冷やしたが、そんなことはなかった。すれ違う誰も、私のことをコリンナの連れてきた侍女だと思っているのだ。ちなみにコリンナは、侍女を連れてきていない。そして私の部屋は、もぬけの殻だ。意外に騙されるものなのね……。
「これって悪用できるんじゃないかしら」
二人して馬車に乗り込んで、そっとコリンナに囁くと、
「今日の変装の仕方、教えてあげましょうか?」
にんまりとコリンナが笑った。
私、コリンナとの付き合いはそこそこ長いし、お互い、王宮で教育を受けてきた間柄だからどこか戦友のような連帯感を持ってもいたのだけれど、コリンナのこんないたずらっ子みたいな顔は初めて見る。
物静かな優等生というのが、私のコリンナの印象なのだが、コリンナは私に見せていない一面があったのね。
***
馬車は王都でもっとも華やかなあたりを抜け、一本裏の筋に入る。そしてひっそりとたたずむ邸宅の前で止まった。
「ここよ」
占い師というから、もっと胡散臭い、見世物小屋みたいなところで占いをしているのかと思ったが、完全に貴族の別邸だ。
「言ったでしょ、おしのびで貴族も来るんだって。あやしい店構えをしていたら、貴族相手なんてできないわ」
不思議に思う私の心を読んだのか(よっぽど私がわかりやすいのか)、コリンナがそう言って慣れた手つきで私を建物の中へといざなう。
小ぢんまりとした、貴族の別邸らしい構えの建物だが、中はしんとして人の気配がない。占い師はここで暮らしているわけではないみたいだ。
「ここで待っていて。しばらくしたら占い師さんが来るわ。私は一緒には入れないから一人で行ってね。外で待っているから」
そう言ってコリンナは私を応接間と思われる部屋に案内して、いなくなってしまう。
どうしたらいいのかわからず、私は部屋の真ん中に突っ立ってあたりを見回した。
部屋そのものは、本当に普通。どこにでもある貴族の別邸だ。ただ全体的に色あせて、古ぼけた感じがする。普段から人がいる建物ではないような感じだ。人の気配もしないし、占いをする時だけここを借りているのかもしれない。
しばらく待っていたら、静かにドアが開いて黒ずくめの女性が現れた。
頭からすっぽり布をかぶり、目元だけがのぞいている。背中が曲がっている。
「お話はおうかがいしております」
しゃがれた声……高齢の方のようだわ。
「こちらへどうぞ」
促されるまま彼女について部屋を出る。
通されたのは屋敷の奥の部屋。カーテンが閉められ、部屋にはろうそくのわずかな光だけ。
お香が炊かれており、嗅いだことがない甘い匂いが部屋に充満している。
部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、その上には丸くて透明な球体が置いてあった。そのテーブルを挟んで、私たちは向かい合って座る。
「……あの」
「おまえさんは悩んでいるね。どうしたらいいのかわからないんだろう?」
「……」
「話してごらん。おまえさんの知りたい答えを、この水晶が見せてくれる」
普段の私なら、相手にもしなかったかもしれない。
『近い人ほど言えない類の悩みって、あるわよね』
その通りよ、コリンナ。近い人ほど言えない。
でも誰かに聞いてほしかった。
そして、何か助言がほしかった。
どんな言葉でもいい。
私は、固有名詞を伏せつつ、自分の状況と思いを占い師に話した。
ある身分の高い方から婚約の申し出があった。親はそれを喜んで受けた。でも私はその方と結婚したくない。その方には心に決めた人がいるのを私は知っている。この結婚は誰も幸せにならない。だから、私から婚約破棄に持ち込むにはどうしたらいいのか。
よくある話だわ。
身分の高い方がこの国の国王陛下で、私がその妃として選ばれた娘だなんて、占い師は思いもしないだろう。
「そうかい……」
話し終えたあと、占い師はそう呟いて黙り込んだ。
ゆらゆらとろうそくの炎が揺らめく。
「……おまえさんの心はすでに決まっている。水晶に聞くようなことじゃなさそうだねえ」
私が「どうしたらいいか」ではなく「婚約破棄する方法を知りたい」と、具体的な解決策への助言を求めたせいだろう。
まったくもって占い師の言う通りだ。
「私から言えるのは、おまえさんは婚約者としっかり話をしたほうがいい、ということだけど」
「それができるなら、とっくにそうしています」
「まあ、そうだろうね。それができないから、おまえさんはここに来ているわけだ。ところで、おまえさんの言い分はわかった。婚約者には好きな人がいるから結婚したくないんだね。おまえさん自身は、その婚約者が嫌いなのかい?」
「いいえ。むしろ逆です。お慕いしております。だからこそ、婚約破棄したいのです」
「……そうかい……」
占い師が頷く。
しばらくの沈黙。
「お香を焚きすぎたかね。部屋が暑くなってしまったよ。ちょっとお待ちね。冷たいものでも持ってきてあげよう。もう少し心を落ち着けてから、私の考えを伝えることにするよ」
そう言って占い師が立ち上がり、部屋から出ていく。
これは、しばらく一人でよく考えなさいということだろうか。
何度考えても、アルトウィン様と結婚したら誰も幸せにならない。だからこの婚約は壊すべき、という結論に至る。
誰に何と言われようと、迷ったりなんてしない。
私はアルトウィン様との婚約を破棄したい。
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