短編まとめ

ちゃあき

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本が好きなふり(現文)男主

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 俺はあまり本とか読んだことがなかった。
 でも最近、たまに読む。そうなったきっかけの話です。


□□□


「これお願いします」
「はい」

(武者小路実篤……なにこれ外国の人????)

 こんな本を読むなんて賢い子なんだなと思った。本を差し出すのは白いブラウスに水色のリボン、紺色のスカートが可愛いメガネの女の子だ。

 名前は指藤しとう ひまりだと図書カードに書いてある。一度も呼んだ事ないけど。

「こ、この本面白いですよね」

 喋ってみたくて、つい適当なことを言ってしまった。

「……ですよねっ!?  わたしも好きなんです」

 指藤さんは目をかがやかせて笑う。ああぁしまった。後で読んどこうこの本。タイトルも読めないけど。

「司書さんも本がお好きなんですか?」
「(司書じゃなくてバイトなんだけど)はい! そりゃもう。指藤さんも読書家なんですね」
「そうなんです……あの、これ読み終わったらおすすめとか教えてもらえませんか?」

 司書さんってどんなの読んでるか興味ありますと彼女はいった。俺は笑顔でうなずく。やばいやばいやばいやばい。一つも本当のことをいってない。

「これの返却期限までに何冊か考えときますね」
「ありがとうございますっ」

 指藤さんは笑った顔が死ぬほどかわいい。だからもう嘘を嘘とはいえない。


□□□


「お……お目? オメ……おめでたき! おめでたきひと!」

 小学校でならう漢字とひらがなのタイトルの謎が解けておおよろこびの俺もだいぶおめでたい。

"おめでたきひと むしゃのこうじ さねあつ"

 これが彼女の借りた本だ。
 さっそく同じ本の在庫を拝借する。これを読んで似たのをネットで検索すればいいだろうと思った。しかし開いてすぐその文字量に目が回って本を閉じた。

(やば……こんなの家で読んでんのかな、あの子)

 指藤さんの家にはペルシャ猫とかいそうだなと思う。なんかわかんないけど。

(あらすじ検索しようかな……?)

 さっそく諦めそうになった。でもこの本を読めば彼女についた嘘をひとつまことにできる。

 迷ったが2、3ページめくって、また最初に戻る。諦めたからじゃない。なんかよくわかんないかんじのやつだったので、もう一度初めからトライし直すだけだ。


□□□


「司書さん! 何か疲れてませんか?」
「そうかな……指藤しとうさんこそ、何か目が赤くない?」

 どさくさにまぎれてはじめて名前を呼んだ。

 一週間後、彼女は本を返しにきた。
 夏期講習の真っ只中で遅くまで模試の勉強をしてたと言う。その上であんな鬼のような本を読むなんて恐ろしい子だ。

 俺は慣れない読書に疲れてしまった。でもあの『おめでたきひとむしゃのこうじさねあつ』を読破できた感慨たるやすさまじくて、残りのページがないことに気づいたよろこびの衝撃で内容はほとんどキオトンした。

 結局Wik○pediaを見ながらamaz○nでそれっぽい本を探して適当におすすめをきめた。

 彼女はその中でも一番ページ数の多い百科事典みたいな本を選んで借りたいと言ったので、俺は白目になった。

(こんなに賢い子とうまくいくことはないかもしれない……)

 指藤さんの顔が好きだ。それは事実だ。
 でもいつか必ず嘘はバレると思う。

 俺は本好きじゃない。

 確かに『おめでたき~』は面白かった。何だか身につまされる所もあった。でもあんなのを毎週借りて行くような知的な女の子がいつまでも俺のにわか読書知識にきづかないわけはない。

「これ読んだら感想言いにきますね」
「……うん」

 楽しみにしてるねと俺はいう。再会の約束をしたのになぜか距離は遠のいた気がした。

 俺も今日から血眼であの辞書を読む。

□□□

(あ、これ忘れてんじゃん)

 彼女を見送ったあと、『指藤 ひまり』と書かれた図書カードがカウンターに置かれたままなことに気が付いた。

 どうせ来週会うし落とし物として届けておこう。

(そういえば今まで何借りてたんだろ)

 俺が入ったのは今夏の初めだ。悪いと思ったけど彼女の登録番号を入力して貸借履歴を照会してみる。

『うみべの かふか (下) 2002』
『うみべの かふか (上) 2002』
『ひのさかな 1960』
『よなかのばら 1981』
『あおの ふぇるまーた 1995』
『かまいたち 1930』
『おめでたきひと 1911』
『かぜたちぬ・うつくしいむら 1951』

 最新のページにはそれだけの本が登録されている。

……——「みなとくん! おつかれさま。休憩交代しよう」
「おつかれさまです。川嶋さん、このカード忘れ物なんですけどどこに置いといたらいいですか?」
「これって最近よく来る高校生の子よね? 今玄関の所でスマホいじってたけど……」
「そうなんですか? 俺ちょっと持って行ってみます」

 『指藤 ひまり』のカードを持ったまま、俺は休憩に出た。もういないかもしれないけど、できるだけ早足で玄関に向かう。

 自動ドアを出ると近頃見慣れたあの制服の後ろ姿が見えた。

「あ……!」
「……そう、なんかめっちゃ重たいやつ」

(独り言……?)

「適当に選んだらそれだった。……うん、また頑張る。だって他に何話していいか分からないんだもん」

 指藤さんは電話中だった。終わるまで待とうと思い所在なく彼女の背中をながめる。

じょう? もう間違えないよ! 今日ね、"ム"の棚じゃないやつ借りた。おすすめ教えてもらったから。むかしっぽいやつ。がんばって読む」

(ムの棚?)

 何だかいつもと雰囲気が違う。普段の彼女はこうなんだろうか。

「も~寝不足すぎて死ぬんだが! 本なんて今まで全然読んだ事なかったんだもん」

「えっ?」
「……えっ!?」

 思わず漏れた声にきづいて、振り返った指藤さんはメガネすらかけていない。スマホから『ひまり?』と呼ぶ女の子の声がするから、この子は『指藤 ひまり』に違いないはずだ。

「カード忘れてたから」
「あっ……ありがとうございます……」

 とりあえずカードを差し出すと、お礼をいって受け取った。
 ごめんね、あとでまたかけるねと電話口で指藤さんが言う。お互い何となく目を合わせ辛くて視線がふらふら泳いでさだまらない。

「あの、すみませんでした! わたし司書さんに謝らなきゃいけないことがあるんです」
「うん?」
「わたしホントは海辺のナントカって本を借りに来た日に……」

 海辺のナントカは指藤さんの周りで流行っていたらしい。その上巻を借りに来た日、はじめて俺の姿を見たのが作家名の"ム"から始まる棚の所だったそうだ。

「しばらくムの棚から見てたんですけど、司書さんだから本好きなんだろうなって思って……嘘ついちゃったんです。わたしも本が好きって」
「あの……」
「ごめんなさい! 今まで借りてた本も、この間の本もたしかに面白かったんですけど、わたし普段は本とか全然読んだ事なかったんです」

 でもなにか共通の話題とかないかなと思って、本が好きなふりをしたと彼女は言った。

 なぜそんな嘘をついたのだろう。
 理由は聞いてみないとわからない。でも俺も彼女に謝らないといけないことが色々ある。

「ごめん」
「なんですか?」
「俺、司書さんじゃないんだよね」
「……えっ!?」

 彼女は俺の想像の中の女の子とは多分ちょっと違うんだと思う。そして彼女の思う俺も、俺の思う俺とはだいぶ違うみたいだ。

 何だかそんな話を徹夜で読んだような気がするけど、まずは話してみないことには何も分からない気もするのだった。


fin.


初出 2021.01.04

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