短編まとめ

ちゃあき

文字の大きさ
3 / 10
黎明とセーラー(ホラー)男主

1

しおりを挟む


 吐き出した息が白くて、まるで魂が立ち昇っていくようだった。

 未明の駅前の駐輪場から自転車を引っ張り出す。いつも誰かの下敷きにされるのは、僕がツいてない証拠だ。悴んだ手で持ち上げた、汚れたロードバイクのホイールが冷たい。


 彼女は花壇に腰掛けていた。キャメル色の分厚いマフラーに小さな顔を埋めて。寒さで焼けた赤い耳が可愛い。セーラー服のスカートから覗く白くて細い脚は、寒々しくて何だか可哀想に見えた。

「ごめん、待ってた?」
「うん、遅い」
「怒った?」
「怒ってない」

 小声で投げ返される短い単語が、小さな針で突くように彼女の不機嫌さをアピールする。

「電車終わってるよね?」
「タクシーだよ、自転車置いてたから」

 明日困るしと言うと、ふぅんと言って立ち上がる。僕の隣にとことこと歩いてきて、横に並んで歩き出す。彼女の自宅までの短い道のりだ。

 彼女とは小中と同級生だった。でも高校が別れてしまったから、こうやって肩を並べる帰路だけが一緒に過ごせる貴重な時間だ。

 バスケの練習で帰りが遅くなるという彼女を、駅前から自宅前までの街灯の少ない道を送っていく。それを大義名分として。こんなに寒くて暗い日は、特に。

 まだ夜は明けない。いや、真夜中なのだ。

 駅前にも人気がなく、駐輪場と自販機の明かり以外は真っ暗で、時折通る自動車のヘッドライトが視界を満たしてちらついて消えていく。

「大学どう? 良く受かったよね、いつ勉強してたの? 中学の時は見た事なかったよ」
「馬鹿にすんなよ、これでも学年で二十番以内には入ってたよ」
「どうせ数学と化学が十番以内で、国語と英語が100番より後ろなんでしょ?」
「……うるさいなぁ」

 彼女はあははと可愛い声で笑って、ごめんと謝ってくれた。
 白い手を寒そうに擦り合わせている。コートのポケットから手袋を出して差し出した。

「家まで貸す」
「いいの? 佐山さやまくんの方が顔赤いけど」
「俺は酔っ払ってるだけ」
「…そ、ありがと」

 彼女の小さな手に大きな僕の手袋が被る。不釣り合いなサイズ感がまるでカカシみたいだ。

 いつまでも白いままで、暖まることも、老けることも、ネイルを覚えることももうない手だ。

「ごめんね」
「なーに? どうしたの」
「あの日も迎えに行けばよかった」
「何だっけ?」
「気にしてないならいいいや」

 してないよと彼女は笑う。何年も変わらない笑顔で、何年も変わらない懐かしいセーラー服で。タータンチェックのキャメル色のマフラーで。

「何で佐山くんだけ、大学生になったんだっけ」
「……説明すると長いぞ」
「えーっ、じゃあいいや。あんまり遅くなるとパパが怒る」
「じゃまた今度だな」

 東側の一軒家の屋根の向こうに、赤い朝日の気配が輝き始める。

 もうこんな時間だ、と呟く。彼女のマフラーが解けて消えていく。黒いセーラー服は白に、赤いスカーフの夏服に瞬く間に変わって行く。
ふふと楽しそうに笑う小さな唇からは、白い息も上がる事はない。

「プールに行こうねって言ってたでしょ」
「そうだな」
「実はねさやかと水着買いに行こうねって、話してたの」
「それ言ってよかったの?」

 しまったと彼女は笑う。朝日に透けて、その姿も記憶も言葉も、年を追うごとにぼやけて解けるように曖昧に拡散して消えて行く。

「もう行かなくちゃ、パパが怒る」
「おう、じゃまた」
「明日ね!」

 ちゃんと迎えに来てねと、最後は可愛い声だけが響いて、立ち昇る魂の名残のように大きな手袋が地面に降ってきた。

 黎明は終わって、また全てを暴く朝がきてしまった。


 彼女の踏み出した先には空き地がある。
 ここにはかつて彼女の家族が住んでいた。あの日、高校三年生になったばかりの四月の夜に、彼女が姿を消した頃までだ。

 僕たちの同伴帰宅は約束じゃなかった。あの日、花壇に座って来るか分からない僕を待つ彼女の姿を見た人がいた。でもその後の事は誰も知らない。僕はその日、彼女を放ったらかして友達と遊びに行ってしまったから。彼女の痕跡はあの日以降、今に至るまで一つたりとも見つかってはいない。
 僕が高校を卒業して、大学生になって、大学も卒業して就職し、こんな時間になるまでどこかで酔っ払って過ごすようになってもだ。

 たまにあの花壇に彼女の姿を見つける。そう言う時は夢みたいに短い帰路をともにする。決まって寒い日だ。
 はじめはその姿に驚いて、喜んで……その内その存在の希薄さに気が付いて、何も言えなくなってしまった。

 彼女が誰のせいで、どうやって何処へ行ってしまったのかは分からない。しかしもう帰ってくる事はないのだろう。

 僕には解けて行くセーラー服の彼女の記憶と、黎明までの短い時間を共に過ごす事しかできない。

 滑り落ちて行く砂のように、どんどん輪郭を曖昧にして細く小さくなって行く彼女の思い出を懸命に繋ぎ止めながら。
 いっそ僕に取り憑いてくれればいいのに。そんな風に執着してしているのは多分僕の方だけで、彼女はいつまでも軽やかな女子高生のままだった。

 告げられなかった想いも、その答えも、何処か遠くで凍りついて彼女と共に眠ってしまったのだ。

 僕はスーツのポケットに、冷たく潰れた手袋をそっと仕舞った。



fin.


初出 2020.12.16
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

【完結】ゆるぎとはな。

海月くらげ
恋愛
「せんせえ、もうシよ……?」 高校生の花奈と、聖職者であり高校教師の油留木。 普段穏やかで生徒からも人気のある油留木先生。 そんな男が花奈にだけ見せる表情がある。 教師×生徒 禁断TL小説

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

処理中です...