22 / 43
4話 幻じゃない子犬
3.脱走
しおりを挟む「さゆりさーん、いいかい?」
呼ばれた木蓮さんははぁいと返事をしてちょっとごめんねと席を外した。
おじいさんの注文を取ってる間にもお客さんが来て結構忙しそうだ。
……——というか木蓮さん一人で回すには席数が多すぎるような気がする。
「ごめんね、ええと……」
「小宮です。すみません、忙しい時に来ちゃって」
「小宮くんって言うのね。こっちこそ招待しといてろくに話もできなくてごめんなさい」
手短にコーヒーとパンケーキ、あずきに鳥とりんごのソテーをお願いした。
新しいお客さんとおじいさん、僕たちの注文作りにてんやわんやで電話まで鳴り出した。木蓮さんは大変そうだ。
出してくれたパンケーキは白く柔らかで、鮮やかな数種類のベリーが品よく添えられていた。何だか食べるのが勿体ない。
フォークを入れると上に乗せられたチーズと蜂蜜がとろりと溶けていい香りがした。
あずきの分は許可をとってココアちゃんと食べさせた。りんごのかけらを二匹で追いかける様子は流石に可愛くて笑った。
……——僕の食事が終わる頃、奥さまたちはすでに出かけていた。あとはおじいさんと新しいお客さんで、思い思いに本を読んだりスマホをいじってる。
「パンケーキちゃんと中も焼けてた?」
「はい、美味しかったです。忙しかったですね」
いつもはもうちょっと余裕あるんだけどねと木蓮さんは髪を結び直して苦笑いした。
木蓮さんが出してくれたコーヒーに口をつける。
これもいい匂いでカップを離して香りを嗅いでしまった。木蓮さんはそれを見て笑った。
「いい匂いでしょ?」
「はい……ほんとに、僕全然コーヒーくわしくないんですけど」
だけど不思議と落ち着く味と香りがする。
木蓮さんも自分の分を淹れて小休止をするようだ。じゃれあっていた2匹も足元でフニャフニャ言いながら気怠げに転がってる。
店内にはスローテンポのジャズがかかってる。ガラス張りの向こうは今日も晴れて、青空が光っていた。
落ち着く。この店にお客さんが多いのも分かる。
「いつオープンしたんですか?」
「先月末に。私こういうのはじめてだから、まだ分かんない事ばっかり」
「元々料理人さんとかじゃなかったんですか?」
「ううん。MRって分かる? 去年までそれやってたの」
MRは製薬会社の営業さんで、花形だけど激務な上に転勤の多い仕事だ。ふと自分の人生を見返した時、これから先もこれでいいのか考えてしまったのだと木蓮さんは言う。
「死ぬまで続けられる仕事って何かなと思ったのよね。ココアとももっと一緒にいたかったし……この子ももう見た目より年取ってるから、後悔したくないしね」
ボス犬ココアの耳がぴくりと震える。言葉はおおよそ伝わっているのだ。
木蓮さんにも教えてあげたいけど、そうですねとだけ相槌を打った。
「ココアが死んだら私も死のうかなと思ってた……まぁ物の例えだけど、でもそれくらい好きよ」
「あ、それ分かる」
思わずタメ口が出てしまった。謝ろうと思ったけど、ほんと? と木蓮さんは興味深そうに顔を上げた。
……とその時、カウンター後ろのガラス張りの向こうを何かが横切った。
正体を見極めるより早く僕の足元を小さな足音が走り抜けていく。ドアが無人で開き、そして閉じた。
「あっ! いない!」
木蓮さんの声にハッとして今まで二匹がいた場所を見下ろすともぬけの殻だった。
チワワと豆柴が脱走した……ココアちゃんってよく逃げます? と無礼を承知で尋ねてしまった。
木蓮さんは神妙な顔で頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる