夜の病院の喫煙所

たんぽぽ。

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「原さーん、上手くいきましたね」
吉田さんと石崎さんが病院内に消えた後、僕は北門に向かって声を掛けました。

 今晩は。僕は新米薬剤師の牧君です。



 今夜はゴリ……原さんに誘われて、吉田さんを喫煙所から追い出す作戦を実行したんです。全く原……ゴリラさんは人使いが荒いし、さっき吉田さんが言ってたように色々ヤバい感じだなぁ。

 でもでも僕も吉田さんの怠けっプリと煙草臭さには辟易へきえきしていたから、作戦には喜んで参加させてもらいましたよ。これで吉田さん、喫煙所に近づかなくなるかな?

 ちなみに僕は薬剤科で一番の常識人だと自負しています。ここに就職した時から他部署の方々には「薬剤科って変なのばっかりでしょ。よくやっていけるネ☆」って度々褒められるくらいですよ。



 ほら、木の陰からゴリラが出て来ましたよ。ウッホッホ。
「来るのが遅いよ牧君!」
ゴリラは手に懐中電灯を持っています。さっき生首を照らしていたんでしょう。

「すみません。寮で開脚前転の練習に明け暮れてたらすっかり忘れちゃってて」
「あんた、ここんとこ薬局でも隙あらば開脚前転してるからね。邪魔でたまらないのよ」
「でも、随分と上手くなったと思いませんか? 何事も鍛錬が大事なのです」
「開脚前転は場所を取るから、薬局ではせめて伸膝しんしつ前転にしなさいね」

「それにしてもさっきの生首、どうやって浮かしてたんですか? 動きが妙にリアルでした!」
「あぁこれ? タネなんてないよ。ホンモノだからね、ホラ」

 ゴリラはそう言って懐中電灯をオンにして、門の上を照らしました。生首は闇の中にまだ浮いてますよ。ふーわふわ。お! 今度は宙に8の字を描きだしたぞ。

「ピギャーーーーー!!!」
僕は病院の中に駆け込みましたよ。やれやれ、今夜は眠れそうにないですね☆



✳︎



「ナマちゃん! お疲れ様、下りて来ていいよ!」
私が言うと生首のナマちゃんはふわふわ下りてきて、目の前でホバリングした。私は彼からソフビ製の落武者マスクを剥がした。中から落武者の生首がでてくる。

「ごめんね、苦しかったでしょ」
私はナマちゃんにビーフジャーキーを与えた。ナマちゃんは「ナマ、ナマ、ナマ!」と笑ってムッシャムッシャそれを食している。その様は、すこぶるキュート。それでいて大胆。



 今晩は。私はさっき噂されてた「ゴリラ薬剤師」こと、原です。今夜は牧君と協力して吉田をギャフンと言わせてやりました。

 吉田にはほとほと困っていたのだ。



 吉田の当直明けは手付かずの仕事が山と積まれているし、服薬指導に行ったかと思うと半日戻って来ないし、珍しく調剤したと思ったらミスばっかりだし、注射のアンプルは良く割るし、発注ミスで在庫が滅茶苦茶になるし、ドクターへの問い合わせはしたがらないし、意味もなく病棟でナース達に世間話を仕掛けてウザがられているし、電話には全然出ないし、若い女性患者にモーションかけるし、当直中も煙草ばっかり吸いに行って薬局を留守にするしで、他部署からクレームが殺到しているのだ。にも関わらず、自分は次の主任になるつもり満々なのが痛々しい。



 そしてついに私の堪忍袋の緒がプッツンして、今回の計画を練ってやったのだ。この前当直を代わってあげて貸しがあった牧君を無理やり誘って、今夜決行した。

 私は煙草の煙で気管支が苦しくなるから喫煙所には近づけないし、ナマちゃんは男の人にトラウマがあるらしく男の側に行けないから、協力者がいた方がスムーズに行くと思ったのだ。



 検査科の石崎が一緒だったのは好都合だった。彼は検査科の台風の目だと聞いている。仕事は遅いし私語ばっかりだしセクハラ大魔王だし、検査科の他の技師さんは超マトモそうなのに、彼だけが残念な人物のようだ。

 それにこいつが新しく入った年に職場健診で採血してもらった時、「ふむふむ。腕毛もちゃんと処理してるみたいだね。感心感心。ところで君、何カップ? AかなBかな?」なんてすさまじいセクハラ発言をされたのだ。さっきは飛び上がってビビってたからいい気味だ。



 それにしてもちっちぇえ男達だなぁ。女性のちょっとしたことを、あれ嫌これ嫌言う男が一番女に嫌がられるぞ。ブワァ~~カッ。

 牧君はちょっと可哀想だったかなとも思う。でも会話に加わった挙句に吉田と一緒になって笑ってたからつい腹が立って……。それに彼の来るのが遅すぎたせいで石崎のゴリラ発言を聞くハメになってしまったし。



 ナマちゃんはジャーキーを食べ終わって、宙を一回転した。また私の前に戻って来たので、ほつれ毛を撫ぜてあげた。ほぉら、こうするとナマちゃんは喜ぶんですよぉ~~~。



 落武者の生首のナマちゃんとは、私が初めて当直に入った夜に出会った。外来処置室の前で首だけでシクシク泣いていたから、ちょうど持っていたビーフジャーキーで餌付けしたらとっても懐いてくれた。もう5年の付き合いだ。この辺りは古戦場らしいから、きっとその関係者だろう。

 ナマちゃんは私以外には見えないみたいだし実体がないから、ドンキで買って来たソフビの落武者の首を被せるのにも苦労した。でも何度かやっているうちに両者コツを掴んで、ナマちゃんは無事に二重の落武者になった。

 ナマちゃんはおっさんだし落武者だし頭を矢が貫通してるし落武者ヘアで頭頂部が青々してるけどなかなかいい男だ。少なくともワガママ吉田達なんかの何千倍もいい男だ。当直中に話し相手になってくれたり、愚痴を聞いて的確なアドバイスをしてくれたり、首だけで奇妙な踊りを踊って笑わせてくれたり、今回は私のために一肌脱いでくれたりもした。私たちはもう親友と言っても過言ではないだろう。



 私はナマちゃんにビーフジャーキーを追加で2かけら与えた。
「ナマ、ナマ、ナマ」
ナマちゃんはそう鳴いて、ニコニコしてジャーキーを頬張った。凄く美味しそうだから、私も嬉しくなる。



 明日も頑張ろう。
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