眠りの森の美女が魔法をさらに上書きされたはいいけれど、やっぱり駄目かも知れない

妓夫 件

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103年後

閉ざされた塔

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アレックから恥辱を受けた、から少し経った。

元の寝室から少し離れた、石造りの粗末で冷たい小部屋は、間もなく妃となる姫の身分にはそぐわないものだ。

裕福なオーロラの実家のお陰で、国王はお城を大きく贅沢なものにする算段らしかった。
何でも、ここに続く城壁を建築中だとか。

オーロラは壁にもたれて座り、割れた櫛を手に、絵柄を注意深く観察していた。
よく見ると分かる。
花枝を囲うように翔んでいるのは鳥だと。

アレックからの初めての贈り物だった。
棺で眠っていた時からアレックはずっと通ってくれていた。
オーロラは、それがアレックからのプレゼントと信じて疑わなかった。
彼にとってこれは、適当に選んだものだったのかと、オーロラは大いに失望した。

(弟王子様でさえ、一目見て分かったのに)

オーロラは悩んでいた。
アレックが自分が思い描いていた王子様ではないことに、気付いてしまったからだ。

まずあの晩に、自分が泣いていた理由。
それは大半は恐れからだったとオーロラは思う。

『そんなことで俺が怒るとでも?』

当然怒られるのだと思っていた。
オーロラはアレックの家族のことを悪く言いたくなかったので、クロードに壊されたことは口に出さなかった。

王子……今は国王のアレックとは本来、気の荒い人だ。
お城の人たちがアレックを見る目。
それが自分の心情と似ていることに、オーロラは程なく悟った。
意に沿わないことは許さない。
オーロラはを本能で感じていて、恐れていたのだ。

アレックは威嚇する。
乱暴にドアを閉める音で、わざとゆっくり訊き返す声で、大袈裟なため息で────ある朝、オーロラはアレックを試した。
予兆をあえて無視をした。
叩かれた反動で椅子から転げ落ちた。
その時に、自分の視界が真っ暗になったのを覚えている。

オーロラはアレックの相手をするのを頑なに拒否し続けた。
そして機嫌を損ねたアレックに、粗末で寒いこの塔に閉じ込められてしまった。

『きみはどうも妃となる自覚が足りないようだね。 結婚式にはまだ間がある。 休息が必要なら、ここで存分に頭を冷やすといい』

冷たく言い放ったアレックはこの部屋の外から鍵をかけた。
無口な給仕の者が食事を運んでくる以外、オーロラは誰にも会えなかった。
それはむしろ有難かった。
アレックはここの所訪ねてこない。
やっと充分な睡眠を取ることが出来たオーロラは、おかげで体力が回復してきた。


オーロラが長窓から外の様子を伺う。
真下には、作りかけの階段が途中で途切れていた。
季節の変わり目の冷たい風に、オーロラは身を震わせた。

結婚式を目前に控えて今さらだと思う。
たとえそうでも、オーロラはアレックと結婚したいという気はもう無かった。
それどころかアレックに触れられるのさえ嫌だ。

『ねえ……今度さ。 両方で楽しむのってどう?』

アレックのあの発言でオーロラの目が覚めた。
愛しい人との営み。
そのはずの行為に、愛など無かったのだとオーロラは思い知らされた。
アレックのやり方も段々と変化した。
口や後ろも当然のようにせがみ、結局は押さえつけられてアレックの欲望の捌け口となる。

眠っていた時、自分を凌辱してきた男性の数々。

(あれは丁度、そんな感じだわ)

『口まんこちゃん』

あんな、下劣な言葉で人に行為を強いるなんて。
オーロラは膝の上でぐっと拳を握った。

「ん……ちょっと待って」

はた、とオーロラは考え込んだ。

あの声音と話し方。
眠っていた時の、オーロラの朧げな記憶の中でも、最悪な思い出の男性とアレックが重なる。

「え…そうしたら……」

ぞわぞわと自分の背中に悪寒が走る。
もしもそうなら。
今までアレックに対し、おそろしく勘違いをしていたということだ。 
膝から下の力が抜け、オーロラはよろよろその場に力無く座り込んだ。

自分が心から慕っていたのは、棺から目覚めた時に残っていた、淡い感触の記憶だった。  
優しく触れさす唇。 
髪を梳いてくれた大きな手。 
抱き上げてもたれた時の暖かい胸。
よくよく考えれば、全てアレックとは異なるというのに。

ショックのあまりオーロラは、しばらく言葉も発せずにいた。


自分の中の王子様はいなかった────オーロラは結論づけた。

「もしかして、夢をみていたのかもしれないわ」

現実から目を背けたくって、あんまり優しくてあんまり心地よい夢を作ったのかもしれない。
アレックの気まぐれにもらった贈り物なんかに浮かれて。
なんて滑稽な自分。 悲しみを超えて笑いが漏れてきそうだ。


「……それは置いても」

あのアレックに今後も逆らい続けること。
想像するとそれもまた寒気がした。

「ああ、どうすればいいの……?」

オーロラは両手で顔を覆い、嗚咽した。
自分の愚かしさを心から呪った。
出来るならば、いばら城で両親といた100年前に戻りたい。 オーロラは願った。

(叶わぬものなら、いっそこの窓から……)

仄暗い想像に涙を止めた。


ややして、窓から入ってきた小さな影が、オーロラの視界を遮る。

「チュンチュン、姫様姫様」

「……っ鳥さん!!」

驚いたオーロラが両手を差し出すと、パタパタ飛んできた鳥が手先に止まった。
彼らに会うのはいばら城で別れた以来だ。 オーロラは懐かしさに声を弾ませた。

「どうしていたの? お城を離れた時に、貴方はいなかったわ」

「え、あの実は。 怪我をしたり、まあ、色々と。  ちなみに寝惚けて覚えてないかも知れませんが、私の名前はポクルです」



ポクルは決まり悪そうに話をぼかしたが、その後、何か思い出したように羽根を忙しなくバタつかせた。

「そ、それより!! すぐにお支度を。 弟王子様が、今ほど、旅に出てしまいます!」

「……え?  それが、私に何の関係があるの?」

首ごと頭を傾げきょとん、とオーロラが聞き返す。

「ええっと……それは…」

ポクルは言い淀んだ。
『誰かに余計なこと話してみろよ、てめえ。 恩知らずの烙印押した上に、今度は確実に焼き鳥にするからな』
冗談なのは分かっているが、クロードからきつく口止めされている。
それでもポクルはクロードに、命を助けてもらった恩返しがしたい一心で、ここに来たのだ。

「姫様……泣いていたのですか?」

オーロラの頬の涙の跡と、ポクルの問いに無言で目を伏せるオーロラを見て、ポクルは姫が今、幸福ではないのだと思った。


われらしもべたちの世界において。

オーロラ姫が生まれた時のことは、語り伝えられている。
裕福な国の優しい両親の元に生まれ、皆に祝福されたのだと。
次々に訪ねる魔女から、数えきれない贈り物を貰った、稀有な姫であると。

14番目の魔女は話していたという。

『皆に愛されたこの子なら、100年も待つのなら、彼女は世界一幸福な姫にならなければならないわ』

そうして姫の護りとして自分たちが作られたと云われている。

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