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103年後
眠り姫2
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つっかえながらもオーロラはクロードに応えた。
「あっ、ありがとう!! お父さま……お母さま、先立つ不幸をお許し下さい」
オーロラは迷いもせず、手摺に足をかけて身を躍らせた。
「オーロラ!」と、夫人の悲鳴が辺りに木霊する。
落ちてゆく。 その瞬間に、オーロラの体が一瞬ふわりと空に浮いた。
浮いて、彼女の衣服をつまんでいた何羽かの鳥たちが支えきれず────やはりオーロラは下に落ちた。
「きゃあっ!!」
「うわいてっ」
衝撃が和らぎ、倒れながらも無事彼女を受け止めたクロードは、オーロラを抱えたまま、地面に仰向けになってほう、と深く長い息をついた。
「先立つ前提かよ……まあ、でも。 本音言うと。 姫さん降ってくるんなら、俺もどっちでもいいわ」
クロードの大きな手のひらがオーロラの背中を撫でていた。
上階ではオーロラの両親が心から安堵した表情で二人を見守っていた。
「良かった良かった。 間に合って」
「共に参ります。 よくよく考えれば魔法が解けた今、私たちは姫様のしもべ」
「バラのお城からご両親と追ってきました」
あとに一緒に降りてきた鳥たちが彼らの上で口々に囀っている。
「ふはっ、お前らか……」
クロードの、彼の胸の上に顔をつけていたオーロラは呆然として、直後、胸が一杯になった。
この大きさや感触を覚えている。
クロードと一緒に過ごしていた際、棺近くの柔らかて甘い空気の匂い。
そんなものまで鮮明に、まざまざと脳裏に甦ってきた。
あれは夢ではなかったのだと思うとオーロラは言葉も出なかった。
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれ我に返る。
「んじゃ、とっとと行くぞ。 姫さん連れてるとこ見付かって、やばいのには変わんねえ」
素早く立ち上がったクロードが馬に乗り、ごしごしと袖で目を拭っているオーロラに手を差し出した。
「……はい!」
きゅっと表情を引き締め、オーロラがたどたどしく後ろに座る。
そうしてからやっと、クロードの背中と腰の間につかまったオーロラは笑顔になった。
「行ってきます! お父さま、お母さま!」
元気よく言い、小さくなっていく両親に向かって大きく手を振ったのだった。
城の門を抜けてからしばらく。
ひたすら感慨深く黙り込んでいたオーロラは、ゆく道の辺りを見回していた。
約100年ぶりの民家や商店や人など、目にする何もかもが物珍しく、しまいに小さく歓声をあげては喜んだ。
「王子様、今からどこへ行くのですか?」
クロードに尋ねてみる。
「何だよ。 いきなりかしこまりやがって」
口調は皮肉めいて荒っぽくも、優しいクロードの声だった。
遠慮がちにつかまっていたクロードの背中から、そろそろと前の方に腕を回してみる。
自然と顔がにやけた。
「取りあえず、城からなるたけ離れてから宿を探す。 俺は国外追放処分を受けてるし」
「つ、追放? なぜそんな」
「さあ、ちょっと兄弟喧嘩が過ぎたんかもな? 当分あいつが起き上がれないのは幸運だけど」
背後から足蹴りとか、あの時点で平民だったら死刑だな。 くくくと笑うクロードだった。
オーロラは詳しくは分からなかったが、アレックがここ最近、姿を見せない理由を何となく察した。
「姫さん拾って、俺一人とは事情が違っちまったからなあ……そこで色々調べて決めるか。 そんなわけで、俺はもう王子じゃねえから」
それを聞き、オーロラはクロードの負担になったのかと思い焦って言った。
「私、外で寝ても全然構わないわ。 慣れてるし、だって私も、もう姫じゃないもの」
「ふーん、以前もさっきも思ったけど……あんたって案外、逞しいのな。 了解。 俺の寝心地がいいかどうかは知んねえけど」
「えっ」
オーロラの頬がぼっと熱くなり、あやうくクロードの腰から手を離しかけた。
後ろに倒れそうになったオーロラの上半身を慌てて支えたクロードは、オーロラの真っ赤な顔を見た。
そして「ぷっ」と、小さな笑いを漏らした。
◆
その後、花嫁になるはずだったオーロラ姫に逃げられた国は、バラ城との縁も失くなり、あっという間に衰退していったとか。
他方で、バラ城に住む夫婦はオーロラの後、また新たな子……玉のような男子をもうけたとか。
小さな村では、いずこの元弟王子に似た、口が悪く見目の良い男が、品の良さげな美しい女性と連れ立って、住み着きはじめたとか。
ただ、その女性は下手をしたら昼まで、大層よく眠る癖があったらしい。
二人は夫婦になり。
彼女の素性を隠すためか、夫は妻をからかって呼ぶようになった。
もう役目を終えたからだろうか。 いつしか言葉を話さなくなった鳥は、そんな様々な噂話がしたためられたメッセージカードを、その家からバラ城へと運ぶようになった。
バラが咲き誇るお城にて。
ベランダで鳥から封筒を受け取った夫人が声をあげた。
「まあまあ……あなた、あの子からよ!」
返事を書くために鳥に断り、夫人が城内へと消えていく。
封筒の裏には差出人が記してあった。
眠り姫より、と。
fin.
「あっ、ありがとう!! お父さま……お母さま、先立つ不幸をお許し下さい」
オーロラは迷いもせず、手摺に足をかけて身を躍らせた。
「オーロラ!」と、夫人の悲鳴が辺りに木霊する。
落ちてゆく。 その瞬間に、オーロラの体が一瞬ふわりと空に浮いた。
浮いて、彼女の衣服をつまんでいた何羽かの鳥たちが支えきれず────やはりオーロラは下に落ちた。
「きゃあっ!!」
「うわいてっ」
衝撃が和らぎ、倒れながらも無事彼女を受け止めたクロードは、オーロラを抱えたまま、地面に仰向けになってほう、と深く長い息をついた。
「先立つ前提かよ……まあ、でも。 本音言うと。 姫さん降ってくるんなら、俺もどっちでもいいわ」
クロードの大きな手のひらがオーロラの背中を撫でていた。
上階ではオーロラの両親が心から安堵した表情で二人を見守っていた。
「良かった良かった。 間に合って」
「共に参ります。 よくよく考えれば魔法が解けた今、私たちは姫様のしもべ」
「バラのお城からご両親と追ってきました」
あとに一緒に降りてきた鳥たちが彼らの上で口々に囀っている。
「ふはっ、お前らか……」
クロードの、彼の胸の上に顔をつけていたオーロラは呆然として、直後、胸が一杯になった。
この大きさや感触を覚えている。
クロードと一緒に過ごしていた際、棺近くの柔らかて甘い空気の匂い。
そんなものまで鮮明に、まざまざと脳裏に甦ってきた。
あれは夢ではなかったのだと思うとオーロラは言葉も出なかった。
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれ我に返る。
「んじゃ、とっとと行くぞ。 姫さん連れてるとこ見付かって、やばいのには変わんねえ」
素早く立ち上がったクロードが馬に乗り、ごしごしと袖で目を拭っているオーロラに手を差し出した。
「……はい!」
きゅっと表情を引き締め、オーロラがたどたどしく後ろに座る。
そうしてからやっと、クロードの背中と腰の間につかまったオーロラは笑顔になった。
「行ってきます! お父さま、お母さま!」
元気よく言い、小さくなっていく両親に向かって大きく手を振ったのだった。
城の門を抜けてからしばらく。
ひたすら感慨深く黙り込んでいたオーロラは、ゆく道の辺りを見回していた。
約100年ぶりの民家や商店や人など、目にする何もかもが物珍しく、しまいに小さく歓声をあげては喜んだ。
「王子様、今からどこへ行くのですか?」
クロードに尋ねてみる。
「何だよ。 いきなりかしこまりやがって」
口調は皮肉めいて荒っぽくも、優しいクロードの声だった。
遠慮がちにつかまっていたクロードの背中から、そろそろと前の方に腕を回してみる。
自然と顔がにやけた。
「取りあえず、城からなるたけ離れてから宿を探す。 俺は国外追放処分を受けてるし」
「つ、追放? なぜそんな」
「さあ、ちょっと兄弟喧嘩が過ぎたんかもな? 当分あいつが起き上がれないのは幸運だけど」
背後から足蹴りとか、あの時点で平民だったら死刑だな。 くくくと笑うクロードだった。
オーロラは詳しくは分からなかったが、アレックがここ最近、姿を見せない理由を何となく察した。
「姫さん拾って、俺一人とは事情が違っちまったからなあ……そこで色々調べて決めるか。 そんなわけで、俺はもう王子じゃねえから」
それを聞き、オーロラはクロードの負担になったのかと思い焦って言った。
「私、外で寝ても全然構わないわ。 慣れてるし、だって私も、もう姫じゃないもの」
「ふーん、以前もさっきも思ったけど……あんたって案外、逞しいのな。 了解。 俺の寝心地がいいかどうかは知んねえけど」
「えっ」
オーロラの頬がぼっと熱くなり、あやうくクロードの腰から手を離しかけた。
後ろに倒れそうになったオーロラの上半身を慌てて支えたクロードは、オーロラの真っ赤な顔を見た。
そして「ぷっ」と、小さな笑いを漏らした。
◆
その後、花嫁になるはずだったオーロラ姫に逃げられた国は、バラ城との縁も失くなり、あっという間に衰退していったとか。
他方で、バラ城に住む夫婦はオーロラの後、また新たな子……玉のような男子をもうけたとか。
小さな村では、いずこの元弟王子に似た、口が悪く見目の良い男が、品の良さげな美しい女性と連れ立って、住み着きはじめたとか。
ただ、その女性は下手をしたら昼まで、大層よく眠る癖があったらしい。
二人は夫婦になり。
彼女の素性を隠すためか、夫は妻をからかって呼ぶようになった。
もう役目を終えたからだろうか。 いつしか言葉を話さなくなった鳥は、そんな様々な噂話がしたためられたメッセージカードを、その家からバラ城へと運ぶようになった。
バラが咲き誇るお城にて。
ベランダで鳥から封筒を受け取った夫人が声をあげた。
「まあまあ……あなた、あの子からよ!」
返事を書くために鳥に断り、夫人が城内へと消えていく。
封筒の裏には差出人が記してあった。
眠り姫より、と。
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