うっかり拾った人ならぬ少年は私をつがいにするらしい。

妓夫 件

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雨夜のため息

2話

「危なっかしくはあるんだけど」

うわの空だった私が高遠さんの声に我に返る。

「え?」

「隙があるようで無い。 桜井さんって、今まで何ふり構わず人を好きになった事ないでしょ?」

「何でそんな事分かるんですか?」

「俺がそうだから。 じゃないと初対面で名刺なんて渡さない」

「だから安全な女だとでも?」

「褒めてるんだけどね。 流されて自分に酔ったりするなんて、無駄な時間が無いのは幸運だと思うよ。 俺みたいな男から見たらね。 あまり暗くなると帰りが危ない。 ワインも空いたしそろそろ出ようか」

そう言ってすっと立ち上がり、会計に向かう高遠さんの背中を見ながら小さく息をつく。

無駄、ね。 倫理的な事は脇において本当は、私もあんな風に冷たい人間なんだろうか?   考えながら自分ものろのろと席を立った。

「高遠さん。 お会計、私も出します」

「いいよ。 楽しい思いさせてもらったから。 雨、大分止んだね。 駅に戻る?」

「はい、でも」

「じゃ相合傘で帳消しってのはどう」

慣れた様子で傘を差し掛けてくる彼。

「私の相合傘、随分と高いんですね? ありがとうございます」

そうやって歩き出し、自然に微笑む高遠さんの肩が濡れていた。
彼は取り立てて冷たいわけじゃない。

ただ琥牙や伯斗さん。逆にどこか人間臭い彼らと比べて、そう思ってしまっただけだ。
そして私は彼らのそういう所が好きなんだろう。


「桜井さん、しぶきがかかるから歩道側に寄って」

そう言って腰に手を添えられた時にぎくりとした。

首筋に、何かが這うような────


「おまえ、真弥に触んな」

伯斗さんと同じに、それよりも鋭く射る目付き。
寒気がしたのは自分の中の本能的なもの。
彼から離れた位置で向かい合っていた私たちがほぼ同時に口を開いた。

「きみ誰?」
「琥牙、何でここに?」

思わず口走った私を見て、高遠さんが察したようだった。

「ああ、例の弟さん? けどこれはまた……」

「琥牙!!」

一瞬で間合いを詰めてきた琥牙が、彼の肘下辺りの腕を掴む。 
広がった傘がパシャンと歩道の水たまりに落ちる。

「つっ!」

「触んなって言ってる」

強ばって力の入っていない高遠さんの指から、相当きつく握られてる事が分かった。

「ちょっと! や、止めて」

「……っ!? くッ…。 の、ガキ」

「止めてったら、琥牙!」

琥牙が怒ってる。
高遠さんの顔から焦りが滲みはじめた。 
彼のどこか人間離れした殺気にか、その力にか。

私の体も咄嗟の事に動かなかった。

「琥牙!! 止めなさい!」

一瞬、ぴくりと肩を震わせた琥牙がやっと私の方を見た。

指先が冷たい。 
多分私は青ざめて震えてるんだろう。
そんな私の様子を見てか、琥牙がようやく高遠さんを離し、手を下ろした。

「…………」

「高遠さん! 大丈夫ですか」

腕を抑えて呻く高遠さんに声を掛けると、息を大きく吐きながら大丈夫、とばかりに片手を上げる。

「……参った…な。 弟っていうか…狂犬みたいだね」

「ごめんなさい。 琥牙、いくら何でも酷いよ。 高遠さんに謝って」

「嫌だ」

意地を張る子供みたいにこちらを見ようとしない。

「琥牙くんって言った? ……っ、骨にヒビいったかも。 知らないかもしれないけど、未成年じゃなきゃ、訴えられてもおかしくないんだよ。 こんなの」

「勝手にしろよ。 おまえ高遠って言うの? こっちも覚えたから」

大人の立場から諭そうとする高遠さんとは真逆に社会的地位とか、歳の差とか。
そんなものを我関さずとして、琥牙がしゃがんでいる高遠さんを見下ろしている。

「また真弥に手出す前に壊してやるよ。 その脆い腕」

「琥牙、止めてったら」

「……どうかしてる」

口角を上げたまま首を横に振り、琥牙の視界から避けるように高遠さんがその場を離れる。 
得体の知れないものを見たような反応。

別れ際に私に向かってぎこちなく微笑んで、あれは高遠さんの精一杯の虚勢だったに違いない。


彼の姿が見えなくなると琥牙が濡れてるよ、といつもの口調で、私に向かって傘を差してきた。

こないだ襲われかけた時みたいに、何かされた訳でもないのに。
つい非難がましい目で琥牙を見てしまい、その時彼の前髪の先からぽたぽた落ちている水滴に気付いた。

自分は傘も差さずに走ってきたのだろうか。
……私のために?

「……高遠さんの言う通り、どうかしてるよ」

「どっちが? 他の雄の匂いさせて帰って来られるのはおれは許せない」

子供みたいな顔でそんな事を言う琥牙に戸惑う。

「琥牙……もう止めようよ。 そういうの。 琥牙は亡くなったお姉さんに、私を重ねてるだけでしょう」

「おれがそんな事言った? それに、例えそうでも問題ある?」

「触れ…ないのに?」

「え?」

「私を抱く気もないのに?」

だって、兄弟ごっこなんて私にはもう無理だもの。

「琥牙は女として私を好きなわけじゃないんだよ」

「人って……真弥は、しなきゃそんな事も分かんないの?」

「……どういう事?」

琥牙の呆れたみたいな表情についカチンとなった。
どうしたって私と彼が異なり過ぎてるのは事実なのに。

「分かん、ない。 だって私と琥牙は違うもの。 ……違うのに、分かってて当たり前だなんて……自分の世界が当然だなんて、下に見て私を責めないでよ」

「下にとか、そんなつもりない。 おれは真弥に近付きたいって、ずっと思ってた。 今もだよ。  そういうの、どうでも良かった?   一緒にいて、毎日真弥が笑ってくれるのが嬉しいんだよ。 真弥は違うの?」

「……私は」

違わない。

多分それは琥牙が正しい。
彼は一番大事なものを大事にしてただけ。

これじゃ子供みたいなのは私の方だ。

一緒にいたこれまで。
琥牙が一生懸命こちらの世界に、私に合わせてくれてたのを知ってた。

なのに決めつけて諦めて目を背けてたのは私。
それでも、どう言えばいいのかなんて分かんない。

私は彼から視線を逸らしていた。

「それにそういう事言うなら昨晩、真弥がおれに発情してたの知ってるよ」

「…………!?」

そうだ、琥牙は高精度ストーカー。
しっかり気付かれてた事実に、顔どころか全身火を吹きそうでそこからダッシュで逃げたくなった。

そうしなかったのは急に琥牙に手を引かれたせいだ。

「琥……牙っ……痛い、よ。 どこ行くの?」

「家に帰る」

「…………?」

私の手を握ったままの彼がずんずん早足で歩いてく。

えっと。
これってもしかして帰って致しちゃうコース?
ても以前に出来ないって言ってたし、なんなの?

「……待って」

「待たない」

「私、まだ終わってないし」

生理が。
彼も知ってるだろうし。

けれども琥牙は歩を緩めなかった。

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