22 / 25
月色の獣
少女との絆
しおりを挟む「加世。 体の具合はどうだ?」
がたついた粗末な木の引き戸を開けると、夕げの香りがした。
「ええ、ええ。 いつも通りよ。 すっかりこの通り」
本来ならば鼻が利く性分だというのに、家に入るまでそれに気付かない。
それは二人がつつましい暮らしをしているからだという事を物語っている。
顔色が良くないな、そう女に話し掛けると何でもないと加世は笑う。
「こうやって供牙と暮らせるだけで、わたくしは幸せなのに」
そんな加世は本来ならば町一番の大店である薬種問屋で生まれ、何不自由無くとは言わないまでも、それなりの暮らしを約束されていた女性だった。
人目を避ける為にこんな田舎に引っ込み、慣れない暮らしでよく体調を崩す様になった。
***
まだ加世が小さな頃に、店の旦那が番犬替わりにと白い仔犬を拾ってきた。
供牙と名付けたその仔犬は加世によく懐き、そして加世もよくそれを可愛がった。
加世が15歳になろうとする頃、その周囲に変化が訪れる。
器量の良い加世にそろそろと縁談の話が持ち上がろうとしていた。
「まだわたくしはお嫁になど行きたくありません」
俯く一人娘に子煩悩な両親も、いささか困り顔だった。
呉服屋で一番の花嫁衣裳の反物を見に行こうと誘っても、歳の近い誠実な男を選ぶからと言っても、一向に首を縦に振らない。
このままでは年頃を超えて娘に変な噂が立ってしまわないだろうか?
当時は16、17歳にもなれば嫁入りは当たり前とされていたのだ。
そんなある日の夜。
寝所から身を起こした加世は、時も九つ(約0時)を過ぎた頃に室の障子を開けてそっと外へと抜け出した。
離れの隣にある家の納屋には、すっかりと大きくなった飼い犬、供牙が丸くなって眠っている。
加世の気配に気付いた彼は小さな声でそれをたしなめた。
人にしてはあまりにも低い、唸り声にも似た人の言葉だった。
「あまりここに来ると危ないだろう」
「いいの。 ここが一番落ち着くの」
そう言って供牙にもたれかかる加世の体を冷えないようにと尻尾でくるみ、供牙は目を細めて歳若い娘の話にじっと耳を傾けた。
その日はどこそこに咲いてた薄紫の花がとても綺麗で、多少摘み帰って家の鉢に移し替えたとか。
「ねえ。 けれどわたしくしは可哀想な事をしたのかしらね? あの美しい花はきっと家族と一緒だったのに」
「実や種子を遠くに飛ばし家族を増やすものにとって、それは決して悪い事では無いだろう。 加世が大切に育ててやるのなら」
「そうね。 そうするつもり」
どちらかというと内気な加世は供牙の前だとよく話す。
それはまだ供牙が言葉を話さなかった仔犬の頃から変わらなかった。
「また縁談を断ったのか? 日中旦那様が私の所まで来てボヤいていた」
「……する気にならないんだもの」
「気分でするものではあるまい。 私の様な奇異な獣と夜毎過ごしていると知れば、旦那様はどんなに動揺し、ご心配なさるか」
二人は強い絆で結ばれていたが、その底流にあるものは少しばかり異なっていた。
供牙にとって加世は主人の娘であり何を置いても護るべきもの。
加世にとって供牙は親友でありこの世で一等理解のある兄の様なもの。
「……供牙と離ればなれになるのは嫌よ」
「それなら旦那様にそれを話してみるといい。 許されるなら、私は嫁ぐお前と共に行こう」
「本当に!? ……っぷ!!」
ばふんと大きな尻尾で口を塞がれ、驚いた加世がぎゅっと目をつむる。
「こら。 大声を出すな」
「本当に? ……わたくしと一緒に来てくれるの?」
「ああ。 きっとそれが一番良いだろう」
弾んだ様子で納屋を出ていく加世を見送り、供牙はほうとため息をつく。
これで旦那様も安心するはずだ。
あの子はただ見知らぬ土地に一人で嫁ぐ勇気が無いのだろう。
そしてそれは幼少の頃から共に居すぎた私の責任でもある。
再び体を丸めて微睡みに落ちる直前に、ふわりと自分の尾から加世の香りがした。
あんなに女になっても心はまるで子供。
人間とは難儀なものだな、と供牙は思った。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる