うっかり拾った人ならぬ少年は私をつがいにするらしい。

妓夫 件

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月色の獣

馳せる想い2※

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加世の匂いを辿るのは容易い。

何かに惹かれるかの様に一晩ののち。
供牙は道の無い峠を超え、加世の屋敷へと辿り着いた。
その懐かしい香りを鼻腔に含み、迷いも無く目的の場所へと歩いて行った。


「今朝の加世様の顔を見た? 普段私たちでも口にしない様な貧相な食事を出したらすごく困った顔をしてさ」

「それなのにあの人は『ありがとうございます』なんて言うんだよ。 世間知らずというか頭足らずというか」

「育ちの良さってのか分かんないけど、見てると苛々するんだよ。 旦那様が本気であんな小娘に入れ込む訳無いのに。 だって旦那様、昨晩はあたしの所へ居らしたわよ」

「あら、一昨日は私の所に来られたわ。 加世はまるで人形を抱いてる様で詰まらないって」


所詮、外聞の為だけの夫婦ってのも不幸よねえ、侍女たちが雀の様にせわしなく口を動かしながら働いている。


その庭に沿って供牙がそこを挟んだ林の中を歩いていた。

加世の香りが近くなるにつれ、どこか違和感を感じる。
それはまるで彼女の心と同調している様にこの身に流れ込んでくる。

悲しみ、寂しさ、恐れ、それから。


屋敷内でぼんやりと縁側に佇んでいた加世を見付けた時、供牙はなぜもっと早くここに駆け付けなかったのだろうと激しく後悔した。


何もない土色の地面を見る加世の目の焦点は動かない。
艶の無い髪は健康を害しているのか世話をする者が居ないのか。
そして痩せた手足。

こんな少女では無かった。




供牙はその場で少しばかり逡巡し、結局人の姿に変わってから加世へと近付いた。


「加世」


声を抑えて二度ほどそう呼ぶと、加世が虚ろな瞳を供牙に向ける。


「だ……れ?」

「遅くなって済まない」


供牙は召使いにしてもこの場にそぐわない、粗末な服装をしていた。
その外見もまた奇異なものだ。
金の瞳に肩までの白い髪。6尺も超える身の丈。

けれどそんな彼をじっと見て、今一度その声を聞いた後。
供牙が手に持っている鉢植えへと目を移した加世は、全てを察したのか両手で顔を覆った。


「……加世。 もう大丈夫だ」

「供……供牙。 なんで?」

「私と一緒に行こう」


指の隙間から溢れる涙をそのままに加世が首を振る。


「待っ……て。 た、のに…っ」

「……済まない」


「私は元の家を出た。 こんな所を出て私と行こう」

「……供……」


まるで童女の様に泣き続ける加世を供牙は静かに待った。


「だけど、無理だわ。 今更ここを出るなんて」

「無理ではない」

「実家にも尖がいく」

「親は本来子の幸せを願うものだ」

「なぜ、もっと早く来てくれなかったの!? わ、わたくしはもう……汚れてしまったのに」

「………お前の欲しい言葉をあげたい。 けれどお前はちっとも変わってないと、私はそう思う。 何よりも加世が大切だと私は思う。 共に来てくれるか」

「……供…牙」

「私の全てをお前に捧げるから」

「もう二度と、わたくしを置いていかないのなら」

「約束する」


抱き上げた加世の体は軽かった。
されど供牙は言い様のない重みを感じていた。

主人のため、その大切なものを護るため。
しかしその決定権を全て相手に委ねていた私は、今まで何と楽な道を選んでいたのか。

今はその『やり方』を、考えなければならない。

第一は加世、次に自分。
私が居なくなれば加世も倒れる。

順番を間違えるな。



***
楽な道のりでは無かった。

妻を奪われたその地の権力者でもある加世の夫は、その面目を守る為に執拗に二人を追った。
札差という職業は旗本や御家人といった者達にも顔が利く。
それから同時に加世の実家の者たちも。

他人の目をかいくぐり、時には追っ手を傷付けて二人は逃げた。

元々頑強な自分に比べ、ただの人間の女性である加世の弱さを、供牙は何度か心の中で呪った。

ここで倒れられたら私の生きる意味が無くなってしまう。
供牙の唯一が加世だからこそだ。

道中で手荒な追跡者を排除していていた時に、何度か加世にたしなめられたせいもあるのかもしれない。

もうぐったりとして抵抗する気力も無くした相手をそれ以上追い詰めるのを、加世は好まなかった。


「ここで仲間を呼ばれたら私たちが危険な目に遭う」

「それほどの価値はわたくしには無いの。 これ以上この者を傷付けるなら、どうかわたくしを置いていって」



生命は等分ではない。
そんなものは畜生として飼われていた私がよく知っている。

強ければ生き延び、そして護れる。

今の私にはその力がある。
なぜ加世はそれを理解出来ないのか。

私が路傍の虫でも加世はついてきてくれたとでもいうのか。


「それならばわたくしは供牙と一緒に踏み潰されるだけ」


そんな風に寂しげに言う加世を抱きしめる。
理由がなんであれ、もう加世に孤独など味合わせたくは無かったのだ。

体の隙間を埋めるために抱いて、そんな時だけは余計な事を考えずに済んだ。


「……………」

目を背けて顔を覆う加世の手の隙間から震える唇が見える。
何かを言う前に、息をする前にさえ小さな歯でそれを噛み締める。

こんな時にまで自分に抗おうとする。
体は応えているのに。


「なぜいつも堪える? 私に抱かれるのは嫌か」

「い、いいえ。 けれど供牙には分からないわ」

「やはり私が獣だからか」

「違うわ。 男性だからよ」


確かに供牙は加世に深い愛情を持っていたと思う。

しかし彼をただの男と認め、肌を薄紅に染めてささやかな反応しか返そうとしない加世を、供牙は女としても愛し始めていた。





「これ以上は……わたくしは、どうなってしまうの? 供牙、駄目。 お願いよやめて」

「お前の望みならば私はいつも聞いてきた。 だがお前を愛しいと思う心を私から奪うのか」


双乳に所有の徴しをつけ湛えたしずくが滴るまで、ゆっくりと蕾を開いていく。
濃く香る花はやがて綻び、急いて逸る衝動を押しとどめながら供牙は人の愛を知った。


惑う加世は供牙から与えられる道標を頼りにその手を取り、色の異なる視線同士を絡ませる。
拭われた涙の代わりに、肌に浮かぶ汗の粒を吸いその逞しい体を受け入れる頃、加世は女の歓びを知った。


そうして交わす情交は激しく深かった。

加世の震え続ける体と止まない嬌声は、生まれて初めてのそれに耐えきれぬ加世の心の叫びの様にも聴こえた。


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