死神の鎮魂歌

田華一真

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第一話 ③

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「川田さん…お待たせ…しました…と、鳥栖さんはっ…どちらですかぁぁ?」

69に着いた拓也は息急いきせき切っていた。

ゼエハアと身体全体で呼吸をしていた。二月中旬のまだ多少冷える時期に半袖で汗だくの状態。正午とはいえまだ外に出れば、息は白く濁る気温だ。その姿から全力疾走して来た事がわかる。

慌てた拓也を見た川田はオイオイと近づいた。禁煙パイポを咥えながら、そんなに急がなくても良かったのにと気を遣うが逆効果。モゴモゴとした声に拓也は苛つきを見せた。

鳥栖さんはどこですか!?とスタジオ内をギョロギョロ見渡す。その目はまるで獲物を探す鷹のように鋭い。

カウンター前のエントランスには川田の他にスタッフと見られる小柄な女性だけ。話に聞いたボーカル志望の男はどこにも見当たらない。



名前から連想した男のイメージ像は強く太い声の持ち主。

更に、イケメンで、高身長、ギターも上手かったら尚の事良いんだけどなぁ。などと期待を膨らしていた。

ところが、頭の中で作り上げたその虚像は、川田の一言で跡形もなく崩れて去った。

「鳥栖さん?ここにるじゃんか」

「…………………えぇ!?」



九州は佐賀県鳥栖市が由来の苗字『鳥栖』。太く強い樹木を連想させる『太樹』。この名を聞いて誰が女性をイメージするだろう。

透き通るような白い肌。名前とは似ても似つかない程の細く華奢な身体。モデルのような美しいスタイルの持ち主。セミロングの髪の毛を後頭部で束ねたユラユラとした動きを見せるポニーテール。そして芸能人をも越える美貌まで。世の中のありと凡ゆる美を集めたような、まさに絶世独立の美女である。

拓也はしばらくの間は固まっていた。男性ではなかった事だけではない。見たこともない美人ぶりに鳥栖から目が離せなくなっていたのだ。
川田から話かけられていても全く気づかずにいた。


「……拓也?…おーい?拓也??」

「…………あっ、はい!?」

咄嗟に出た間抜けな裏声。気の抜けた返事は幸いにも鳥栖の笑顔を引き出す事になった。

「初めまして、鳥栖です」

初めまして。そのシンプルな挨拶で拓也の心臓が心拍を激しく打ち鳴らした。

「初めまして!さささ、斎藤拓也です!」

「お前…まともに話できそうにないな~。とりあえず、一旦座ろう。落ち着いてから話しましょうかね」

拓也の動揺する姿に川田は失笑。こりゃダメだとぼやいた。やれやれと小言を呟きながら、二人をエントランスに設置された丸テーブルへ案内する。

拓也は右手と右足が同時に前に出る。動揺し過ぎて歩き方すらままならなかった。
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