皇帝再誕 ~もしもルイ・ナポレオンが少年期に近代知識に目覚めていたら~

ぱふもふ

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第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨

1821年、皇帝は死に、神が目覚める

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1821年5月。 スイス、ボーデン湖畔のアレーネンベルク城。
13歳のルイ・ナポレオンは、激しい頭痛とともにベッドに倒れ伏していた。
遠く南大西洋の孤島から届いた「伯父ナポレオンの死」の報せ。それがトリガーだった。

「の、脳が…灼かれ…る…」

脳裏に奔流となって流れ込むのは、自分が歩むはずだった「失敗だらけの未来」だった。

「愚かな……あまりにも愚かだ」
彼は呟いた。
民衆に政治を任せるから国が乱れる。ナショナリズムに酔いしれるから戦争が起きる。権利を主張するから秩序が失われる。
「自由など毒だ。必要なのは絶対的な『秩序』。そして、その秩序を維持するための『絶対的な支配者』だ」
ルイ・ナポレオンは、時代が求める「民主主義の英雄」ではなく、「時代に逆行する独裁者」として覚醒した。

「……そうか。伯父上は、ただの武力で世界を支配しようとしたから敗れたのだ」
少年は、寝汗を拭い、窓の外を睨みつけた。そこには、没落したボナパルト家を「借り物の城で震える家なし子」と嘲笑う近隣の貴族、シュタイン子爵の領地が広がっている。
子爵の息子たちは、今日もルイを林へ連れ出し、泥水を飲ませて笑っていた。
「ナポレオンの甥が聞いて呆れる。ただの汚い亡命者ではないか」
子爵の娘、ゾフィーもまた、扇子で口元を隠し、冷ややかにその様子を眺めていた。
だが、今のルイは昨日までの彼ではない。
彼は、数ヶ月後に欧州を襲う「1821年~22年の金融混乱」と、イギリスが法的に金本位制を確立することによる通貨価値の激変を知っていた。

一週間後。ルイは母オルタンスに隠れ、伯父から受け継いだ僅かな遺産(百日天下で一緒に暮らしてたから、直接的な繋がりはあった)と、母の宝石の一部を秘密裏に動かした。
彼は地元の銀行を通じ、シュタイン子爵が血眼になって買い集めていた「プロイセン国債」と「地方銀貨」をすべて空売りし、裏で密かに「ロンドンのポンドとイギリス国債」へと資産を移した。
「狂っている。子供の遊びだ」
銀行員は鼻で笑ったが、数週間後、その笑いは凍りついた。
1821年。イギリスが金本位制へ完全に移行した衝撃は、欧州大陸の通貨バランスを崩壊させた。シュタイン子爵が「安全な資産」と信じて疑わなかった地方債は紙屑同然となり、彼の銀行口座は一晩で氷結した。
「……どういうことだ、これは」

シュタイン子爵がアレーネンベルク城に駆け込んできた時、ルイは庭園の椅子に深く腰掛け、読書をしていた。
子爵は、もはや貴族の威厳など微塵もない。資産を失い、借金取りに追われる敗残者だった。
「子爵。あなたが投資していたプロイセンの債券は、私がすべて買い叩きました。今のあなたの領地も、城も、そしてこの後宮のような邸宅も……法的には私の所有物だ」
ルイの声は低く、13歳の少年のものとは思えない冷徹な響きを持っていた。
「なっ、そんな馬鹿なことが! 私はスイスの自由な貴族だ! 子供に奪われる筋合いなど……」
「『自由』、ですか?」
ルイは本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。その目は、獲物を品定めする捕食者のそれだった。
「議会だ、憲法だ、権利だと……あなたが信奉するその『自由』が、あなたを救ってくれましたか? 経済という戦場には、慈悲も平等もない。あるのは、支配するものと、されるもの。それだけだ」

「……説明してくれ、ルイ。いや、ボナパルト
アレーネンベルク城の冷え切った広間。シュタイン子爵は、震える手で一枚の書類を握りしめていた。
それは、彼が全財産を投じたプロイセン国債が、一夜にして価値を失い、さらに彼の膨大な借金の債権が「ルイ・ナポレオン」という13歳の少年に譲渡されたことを示す非情な通告書だった。
ルイは暖炉の火を見つめたまま、手元のワイングラスを軽く揺らした。その中身は、子爵がかつて「亡命者のガキにふさわしい」と嘲笑いながら贈ってきた、安物の酸っぱいワインだ。
「難しい話ではありません、子爵。私はただ、銀行から『紙』を借りただけです」
「紙だと……? 私が預けていたのは、プロイセン王国の栄光ある国債だぞ!」
「いいえ、ただの紙です」
ルイは冷徹な目で子爵を射抜いた。
「私はあなたの取引銀行へ行き、母の宝石を担保に、あなたが預けていた国債をすべて『借り』ました。そして、イギリスが金本位制へ移行するという情報を……いや、私の『確信』に基づき、高値のうちにすべて市場で売り払った」

ルイはあの時の光景を思い出した。

銀行家はルイを見下ろし、冷淡に笑った。
「ボナパルト卿、あなたが失敗すれば、私はオルタンス王妃にこの請求書を送る。あるいは、ミュンヘンのウジェーヌ殿下にね。彼らは一族の名誉を汚さないために、あなたの遊び代を喜んで支払うだろう。……だから、お貸ししましょう」
ルイは不敵に微笑み返した。
「いいですよ。だが、その請求書を送る手間は省けるはずだ。……あなたが手にするのは、一族の遺産ではなく、あなたが想像もできないほどの巨利なのだから」

子爵は息を呑んだ。
「売っただと? 人の持ち物を勝手に!」
「契約は『一ヶ月後に同じ枚数の国債を返す』というものです。そして今日、暴落して紙屑同然になった国債を二束三文で買い戻し、銀行へ返却した。銀行は約束通り『枚数』が返ってきたので文句は言いません。私の手元には、暴落前に売り抜いた莫大な差額――現金が残りました」
ルイはゆっくりと立ち上がり、机の上に子爵の借用書を並べた。
「そしてその現金を使って、あちこちに散らばっていたあなたの借金をすべて買い取らせてもらった。今、この瞬間、あなたは銀行ではなく『私』に、一万ポンドの負債を負っている。……返せますか? その紙屑(国債)で」
子爵は膝から崩れ落ちた。
かつては一万ポンドの価値があった国債は、今や金貨数枚分の価値もない。
「そんな……そんな悪魔のようなことが……」
「これが新しい時代の戦争ですよ、子爵。大砲で城壁を壊すより、数字で人生を壊す方が効率がいい」

1821年。
一人の少年が、経済という暴力で、最初の領土を手に入れた瞬間だった。ナポレオン1世が死んだその年に。

民衆を憎み、自由を敵視し、欲望のままに世界を再編する「真の怪物」が、スイスの片隅で産声を上げた。
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