1 / 15
第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
1821年、皇帝は死に、神が目覚める
しおりを挟む
1821年5月。 スイス、ボーデン湖畔のアレーネンベルク城。
13歳のルイ・ナポレオンは、激しい頭痛とともにベッドに倒れ伏していた。
遠く南大西洋の孤島から届いた「伯父ナポレオンの死」の報せ。それがトリガーだった。
「の、脳が…灼かれ…る…」
脳裏に奔流となって流れ込むのは、自分が歩むはずだった「失敗だらけの未来」だった。
「愚かな……あまりにも愚かだ」
彼は呟いた。
民衆に政治を任せるから国が乱れる。ナショナリズムに酔いしれるから戦争が起きる。権利を主張するから秩序が失われる。
「自由など毒だ。必要なのは絶対的な『秩序』。そして、その秩序を維持するための『絶対的な支配者』だ」
ルイ・ナポレオンは、時代が求める「民主主義の英雄」ではなく、「時代に逆行する独裁者」として覚醒した。
「……そうか。伯父上は、ただの武力で世界を支配しようとしたから敗れたのだ」
少年は、寝汗を拭い、窓の外を睨みつけた。そこには、没落したボナパルト家を「借り物の城で震える家なし子」と嘲笑う近隣の貴族、シュタイン子爵の領地が広がっている。
子爵の息子たちは、今日もルイを林へ連れ出し、泥水を飲ませて笑っていた。
「ナポレオンの甥が聞いて呆れる。ただの汚い亡命者ではないか」
子爵の娘、ゾフィーもまた、扇子で口元を隠し、冷ややかにその様子を眺めていた。
だが、今のルイは昨日までの彼ではない。
彼は、数ヶ月後に欧州を襲う「1821年~22年の金融混乱」と、イギリスが法的に金本位制を確立することによる通貨価値の激変を知っていた。
一週間後。ルイは母オルタンスに隠れ、伯父から受け継いだ僅かな遺産(百日天下で一緒に暮らしてたから、直接的な繋がりはあった)と、母の宝石の一部を秘密裏に動かした。
彼は地元の銀行を通じ、シュタイン子爵が血眼になって買い集めていた「プロイセン国債」と「地方銀貨」をすべて空売りし、裏で密かに「ロンドンのポンドとイギリス国債」へと資産を移した。
「狂っている。子供の遊びだ」
銀行員は鼻で笑ったが、数週間後、その笑いは凍りついた。
1821年。イギリスが金本位制へ完全に移行した衝撃は、欧州大陸の通貨バランスを崩壊させた。シュタイン子爵が「安全な資産」と信じて疑わなかった地方債は紙屑同然となり、彼の銀行口座は一晩で氷結した。
「……どういうことだ、これは」
シュタイン子爵がアレーネンベルク城に駆け込んできた時、ルイは庭園の椅子に深く腰掛け、読書をしていた。
子爵は、もはや貴族の威厳など微塵もない。資産を失い、借金取りに追われる敗残者だった。
「子爵。あなたが投資していたプロイセンの債券は、私がすべて買い叩きました。今のあなたの領地も、城も、そしてこの後宮のような邸宅も……法的には私の所有物だ」
ルイの声は低く、13歳の少年のものとは思えない冷徹な響きを持っていた。
「なっ、そんな馬鹿なことが! 私はスイスの自由な貴族だ! 子供に奪われる筋合いなど……」
「『自由』、ですか?」
ルイは本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。その目は、獲物を品定めする捕食者のそれだった。
「議会だ、憲法だ、権利だと……あなたが信奉するその『自由』が、あなたを救ってくれましたか? 経済という戦場には、慈悲も平等もない。あるのは、支配するものと、されるもの。それだけだ」
「……説明してくれ、ルイ。いや、ボナパルト卿」
アレーネンベルク城の冷え切った広間。シュタイン子爵は、震える手で一枚の書類を握りしめていた。
それは、彼が全財産を投じたプロイセン国債が、一夜にして価値を失い、さらに彼の膨大な借金の債権が「ルイ・ナポレオン」という13歳の少年に譲渡されたことを示す非情な通告書だった。
ルイは暖炉の火を見つめたまま、手元のワイングラスを軽く揺らした。その中身は、子爵がかつて「亡命者のガキにふさわしい」と嘲笑いながら贈ってきた、安物の酸っぱいワインだ。
「難しい話ではありません、子爵。私はただ、銀行から『紙』を借りただけです」
「紙だと……? 私が預けていたのは、プロイセン王国の栄光ある国債だぞ!」
「いいえ、ただの紙です」
ルイは冷徹な目で子爵を射抜いた。
「私はあなたの取引銀行へ行き、母の宝石を担保に、あなたが預けていた国債をすべて『借り』ました。そして、イギリスが金本位制へ移行するという情報を……いや、私の『確信』に基づき、高値のうちにすべて市場で売り払った」
ルイはあの時の光景を思い出した。
銀行家はルイを見下ろし、冷淡に笑った。
「ボナパルト卿、あなたが失敗すれば、私はオルタンス王妃にこの請求書を送る。あるいは、ミュンヘンのウジェーヌ殿下にね。彼らは一族の名誉を汚さないために、あなたの遊び代を喜んで支払うだろう。……だから、お貸ししましょう」
ルイは不敵に微笑み返した。
「いいですよ。だが、その請求書を送る手間は省けるはずだ。……あなたが手にするのは、一族の遺産ではなく、あなたが想像もできないほどの巨利なのだから」
子爵は息を呑んだ。
「売っただと? 人の持ち物を勝手に!」
「契約は『一ヶ月後に同じ枚数の国債を返す』というものです。そして今日、暴落して紙屑同然になった国債を二束三文で買い戻し、銀行へ返却した。銀行は約束通り『枚数』が返ってきたので文句は言いません。私の手元には、暴落前に売り抜いた莫大な差額――現金が残りました」
ルイはゆっくりと立ち上がり、机の上に子爵の借用書を並べた。
「そしてその現金を使って、あちこちに散らばっていたあなたの借金をすべて買い取らせてもらった。今、この瞬間、あなたは銀行ではなく『私』に、一万ポンドの負債を負っている。……返せますか? その紙屑(国債)で」
子爵は膝から崩れ落ちた。
かつては一万ポンドの価値があった国債は、今や金貨数枚分の価値もない。
「そんな……そんな悪魔のようなことが……」
「これが新しい時代の戦争ですよ、子爵。大砲で城壁を壊すより、数字で人生を壊す方が効率がいい」
1821年。
一人の少年が、経済という暴力で、最初の領土を手に入れた瞬間だった。ナポレオン1世が死んだその年に。
民衆を憎み、自由を敵視し、欲望のままに世界を再編する「真の怪物」が、スイスの片隅で産声を上げた。
13歳のルイ・ナポレオンは、激しい頭痛とともにベッドに倒れ伏していた。
遠く南大西洋の孤島から届いた「伯父ナポレオンの死」の報せ。それがトリガーだった。
「の、脳が…灼かれ…る…」
脳裏に奔流となって流れ込むのは、自分が歩むはずだった「失敗だらけの未来」だった。
「愚かな……あまりにも愚かだ」
彼は呟いた。
民衆に政治を任せるから国が乱れる。ナショナリズムに酔いしれるから戦争が起きる。権利を主張するから秩序が失われる。
「自由など毒だ。必要なのは絶対的な『秩序』。そして、その秩序を維持するための『絶対的な支配者』だ」
ルイ・ナポレオンは、時代が求める「民主主義の英雄」ではなく、「時代に逆行する独裁者」として覚醒した。
「……そうか。伯父上は、ただの武力で世界を支配しようとしたから敗れたのだ」
少年は、寝汗を拭い、窓の外を睨みつけた。そこには、没落したボナパルト家を「借り物の城で震える家なし子」と嘲笑う近隣の貴族、シュタイン子爵の領地が広がっている。
子爵の息子たちは、今日もルイを林へ連れ出し、泥水を飲ませて笑っていた。
「ナポレオンの甥が聞いて呆れる。ただの汚い亡命者ではないか」
子爵の娘、ゾフィーもまた、扇子で口元を隠し、冷ややかにその様子を眺めていた。
だが、今のルイは昨日までの彼ではない。
彼は、数ヶ月後に欧州を襲う「1821年~22年の金融混乱」と、イギリスが法的に金本位制を確立することによる通貨価値の激変を知っていた。
一週間後。ルイは母オルタンスに隠れ、伯父から受け継いだ僅かな遺産(百日天下で一緒に暮らしてたから、直接的な繋がりはあった)と、母の宝石の一部を秘密裏に動かした。
彼は地元の銀行を通じ、シュタイン子爵が血眼になって買い集めていた「プロイセン国債」と「地方銀貨」をすべて空売りし、裏で密かに「ロンドンのポンドとイギリス国債」へと資産を移した。
「狂っている。子供の遊びだ」
銀行員は鼻で笑ったが、数週間後、その笑いは凍りついた。
1821年。イギリスが金本位制へ完全に移行した衝撃は、欧州大陸の通貨バランスを崩壊させた。シュタイン子爵が「安全な資産」と信じて疑わなかった地方債は紙屑同然となり、彼の銀行口座は一晩で氷結した。
「……どういうことだ、これは」
シュタイン子爵がアレーネンベルク城に駆け込んできた時、ルイは庭園の椅子に深く腰掛け、読書をしていた。
子爵は、もはや貴族の威厳など微塵もない。資産を失い、借金取りに追われる敗残者だった。
「子爵。あなたが投資していたプロイセンの債券は、私がすべて買い叩きました。今のあなたの領地も、城も、そしてこの後宮のような邸宅も……法的には私の所有物だ」
ルイの声は低く、13歳の少年のものとは思えない冷徹な響きを持っていた。
「なっ、そんな馬鹿なことが! 私はスイスの自由な貴族だ! 子供に奪われる筋合いなど……」
「『自由』、ですか?」
ルイは本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。その目は、獲物を品定めする捕食者のそれだった。
「議会だ、憲法だ、権利だと……あなたが信奉するその『自由』が、あなたを救ってくれましたか? 経済という戦場には、慈悲も平等もない。あるのは、支配するものと、されるもの。それだけだ」
「……説明してくれ、ルイ。いや、ボナパルト卿」
アレーネンベルク城の冷え切った広間。シュタイン子爵は、震える手で一枚の書類を握りしめていた。
それは、彼が全財産を投じたプロイセン国債が、一夜にして価値を失い、さらに彼の膨大な借金の債権が「ルイ・ナポレオン」という13歳の少年に譲渡されたことを示す非情な通告書だった。
ルイは暖炉の火を見つめたまま、手元のワイングラスを軽く揺らした。その中身は、子爵がかつて「亡命者のガキにふさわしい」と嘲笑いながら贈ってきた、安物の酸っぱいワインだ。
「難しい話ではありません、子爵。私はただ、銀行から『紙』を借りただけです」
「紙だと……? 私が預けていたのは、プロイセン王国の栄光ある国債だぞ!」
「いいえ、ただの紙です」
ルイは冷徹な目で子爵を射抜いた。
「私はあなたの取引銀行へ行き、母の宝石を担保に、あなたが預けていた国債をすべて『借り』ました。そして、イギリスが金本位制へ移行するという情報を……いや、私の『確信』に基づき、高値のうちにすべて市場で売り払った」
ルイはあの時の光景を思い出した。
銀行家はルイを見下ろし、冷淡に笑った。
「ボナパルト卿、あなたが失敗すれば、私はオルタンス王妃にこの請求書を送る。あるいは、ミュンヘンのウジェーヌ殿下にね。彼らは一族の名誉を汚さないために、あなたの遊び代を喜んで支払うだろう。……だから、お貸ししましょう」
ルイは不敵に微笑み返した。
「いいですよ。だが、その請求書を送る手間は省けるはずだ。……あなたが手にするのは、一族の遺産ではなく、あなたが想像もできないほどの巨利なのだから」
子爵は息を呑んだ。
「売っただと? 人の持ち物を勝手に!」
「契約は『一ヶ月後に同じ枚数の国債を返す』というものです。そして今日、暴落して紙屑同然になった国債を二束三文で買い戻し、銀行へ返却した。銀行は約束通り『枚数』が返ってきたので文句は言いません。私の手元には、暴落前に売り抜いた莫大な差額――現金が残りました」
ルイはゆっくりと立ち上がり、机の上に子爵の借用書を並べた。
「そしてその現金を使って、あちこちに散らばっていたあなたの借金をすべて買い取らせてもらった。今、この瞬間、あなたは銀行ではなく『私』に、一万ポンドの負債を負っている。……返せますか? その紙屑(国債)で」
子爵は膝から崩れ落ちた。
かつては一万ポンドの価値があった国債は、今や金貨数枚分の価値もない。
「そんな……そんな悪魔のようなことが……」
「これが新しい時代の戦争ですよ、子爵。大砲で城壁を壊すより、数字で人生を壊す方が効率がいい」
1821年。
一人の少年が、経済という暴力で、最初の領土を手に入れた瞬間だった。ナポレオン1世が死んだその年に。
民衆を憎み、自由を敵視し、欲望のままに世界を再編する「真の怪物」が、スイスの片隅で産声を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる