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第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
パノプティコンの街 ―見えない鎖の完成―
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1825年初頭。
新王シャルル10世が即位し、パリは表面上、華やかな「復古」の祝祭に包まれていた。だが、その華やかさの裏で、パリという都市の「神経系」は急速に作り変えられていた。
シュタイン子爵邸の地下深く。
そこには、数百の磁針がカチカチと不気味な音を立てる「中央通信指令室」が完成していた。未来の知識を元にルイが構築した、パリ全域を網羅する秘密電信網。それは、後の「パノプティコン(一望監視施設)」を都市規模で実現するものだった。
「……現在、パリ市内の全警察署、そして主要な銀行、新聞社の地下には、我が方の端子(ターミナル)が設置されました。ルイ様」
ゾフィー・フォン・シュタインは、今やルイの「影の宰相」として、膨大な情報の整理を担っていた。彼女の指先は、誰を破滅させ、誰を救うかを決めるスイッチとなっていた。
「よろしい。……ゾフィー、例の『自由主義者』の集会はどうなった?」
「はい。今しがた、電信で報告が入りました。銀行家ラフィットが資金提供している共和主義者のアジトにて、今夜、新王への反対デモの計画が立てられています。……彼らは、自分たちの会話がリアルタイムでこの部屋に届いているとは夢にも思っていません」
ルイは冷笑を浮かべ、電信機のレバーを操作した。
「……愚かな。自由を語る口から、自らの墓穴を掘る言葉が漏れているとは。……長官に伝えなさい。アジトを囲む必要はない。ただ、彼らの『パトロン』であるラフィットに、彼ら自身の密談の記録を送りつけるだけでいい。……それだけで、資金は止まり、彼らは仲間割れを始める」
ルイ・ナポレオンが目指すのは、血を流す「鎮圧」ではない。「情報による事前の無力化」だ。
新王シャルル10世は、自分がルイ18世の密勅によって「シュタイン子爵(の顧問)」に国家の警察権を委ねさせられたことに、当初は憤慨していた。しかし、ルイがもたらす「反乱の芽を事前に摘み取る驚異の的中率」を前に、今や依存しきっていた。
「顧問殿、またしても反乱の予兆を潰したそうだな。……お前の言う通りだ。議会など不要。民衆の口を封じ、この私が神の如く君臨する。……そのためには、お前の『魔法の針』が不可欠だ」
シャルル10世の言葉に、ルイは深く頭を下げた。だが、その瞳に敬意はない。
ルイにとって、この新王は、旧体制を完全に破壊し、自らの「新帝国」へ移行するための、最高の「自爆装置」に過ぎなかった。
「……ゾフィー。新王には、もっと過激な政策を勧めなさい。民衆が『王(ブルボン)』を心底憎むように。そして、その憎しみが限界に達したとき、彼らが救いを求めて縋る『唯一の秩序』が私であるように」
夜のパリ。
ガス灯が灯り始めた街並みを、ルイはバルコニーから眺めていた。
市民たちは、自分たちの足元を走る銅線が、自分たちの自由を縛る「見えない鎖」であることをまだ知らない。
「……美しきパリ。……お前はもう、私の籠の中だ」
1825年。
ナポレオンが去って10年。フランスは今、英雄の再来ではなく、「情報を支配する魔王」によって、音もなく征服されようとしていた。
<シャルル10世>
1825年5月。 ランス大聖堂。
フランス国王シャルル10世の戴冠式は、中世さながらの古風な儀式で埋め尽くされていた。王権神授説を信奉する新王にとって、これは神から与えられた絶対的な力の証明であった。
だが、聖堂の片隅に控える「シュタイン子爵の若き顧問」の姿が視界に入るたび、シャルル10世は形容しがたい悪寒に襲われていた。
「……ポリニャックよ。あの少年は、本当に人間だと思うか?」
戴冠式の後の非公式な宴にて、王は最も信頼する腹心、ポリニャック公爵に密かに尋ねた。
ポリニャックは、自由主義を憎み、絶対王政の復活を悲願とする保守派の巨頭だ。その彼でさえ、ルイを見つめる目はどこか怯えていた。
「陛下……。正直に申し上げます。あの方がもたらす『報告』は、もはや人間の仕業とは思えませぬ。昨日も、我が家臣の不貞と横領を、数時間も経たぬうちに文書にして届けてまいりました。まるで、壁の隙間や人の耳に、あの方の使い魔が潜んでいるかのようです」
彼ら貴族から見れば、ルイが構築した「電信網」と「心理学」による情報収集は、理解を超えた「悪魔の魔術」にしか見えなかった。
「あやつは、亡き兄(ルイ18世)が最期に遺した『フランスを救うための杖』だと称している。だが……」
シャルル10世は、ルイから提案された『六月勅令』の草案を握りしめた。
それは、議会の無力化、検閲の徹底、そして民衆の監視――シャルル10世が夢にまで見た「理想の独裁」を完璧な論理で形にしたものだった。
「あまりにも、我々の欲望を理解しすぎている。我々が何を望み、何を恐れているのか……あの少年の前では、私の心さえも透けて見えているのではないかという恐怖が、どうしても拭えんのだ」
王たちの視線の先。
ルイ・ナポレオンは、あえて豪華な正装を避け、地味な黒い上着でゾフィーを従え、淡々とワインを口にしていた。
その横で、ゾフィーが貴婦人たちを冷徹な目であしらっている。
彼女が時折、ルイの耳元で囁く。そのたびに、パリの反対派の首が飛び、銀行家が破産し、革命家が密室で「処理」される。
「ポリニャック、認めざるを得まい。我々が守ろうとしているブルボン家という古き家屋を、あの少年は『鉄の檻』へと作り替えようとしている。……もはや、あやつなしでは、私はこの玉座に一日として座っていられん」
シャルル10世は、自嘲気味に笑った。
絶対王政を復活させたはずの自分たちが、実は、さらに強大な「新時代の怪物」に飼い慣らされている。その事実に気づきながらも、ルイが与えてくれる「絶対的な秩序」という名の毒から、彼らはもう逃げることができなかった。
1825年。
シャルル10世は、自らが「最後の絶対君主」であると信じて疑わなかった。
だが、その背後に立つ少年の瞳には、王冠などという古い飾り物への興味は微塵もなかった。
新王シャルル10世が即位し、パリは表面上、華やかな「復古」の祝祭に包まれていた。だが、その華やかさの裏で、パリという都市の「神経系」は急速に作り変えられていた。
シュタイン子爵邸の地下深く。
そこには、数百の磁針がカチカチと不気味な音を立てる「中央通信指令室」が完成していた。未来の知識を元にルイが構築した、パリ全域を網羅する秘密電信網。それは、後の「パノプティコン(一望監視施設)」を都市規模で実現するものだった。
「……現在、パリ市内の全警察署、そして主要な銀行、新聞社の地下には、我が方の端子(ターミナル)が設置されました。ルイ様」
ゾフィー・フォン・シュタインは、今やルイの「影の宰相」として、膨大な情報の整理を担っていた。彼女の指先は、誰を破滅させ、誰を救うかを決めるスイッチとなっていた。
「よろしい。……ゾフィー、例の『自由主義者』の集会はどうなった?」
「はい。今しがた、電信で報告が入りました。銀行家ラフィットが資金提供している共和主義者のアジトにて、今夜、新王への反対デモの計画が立てられています。……彼らは、自分たちの会話がリアルタイムでこの部屋に届いているとは夢にも思っていません」
ルイは冷笑を浮かべ、電信機のレバーを操作した。
「……愚かな。自由を語る口から、自らの墓穴を掘る言葉が漏れているとは。……長官に伝えなさい。アジトを囲む必要はない。ただ、彼らの『パトロン』であるラフィットに、彼ら自身の密談の記録を送りつけるだけでいい。……それだけで、資金は止まり、彼らは仲間割れを始める」
ルイ・ナポレオンが目指すのは、血を流す「鎮圧」ではない。「情報による事前の無力化」だ。
新王シャルル10世は、自分がルイ18世の密勅によって「シュタイン子爵(の顧問)」に国家の警察権を委ねさせられたことに、当初は憤慨していた。しかし、ルイがもたらす「反乱の芽を事前に摘み取る驚異の的中率」を前に、今や依存しきっていた。
「顧問殿、またしても反乱の予兆を潰したそうだな。……お前の言う通りだ。議会など不要。民衆の口を封じ、この私が神の如く君臨する。……そのためには、お前の『魔法の針』が不可欠だ」
シャルル10世の言葉に、ルイは深く頭を下げた。だが、その瞳に敬意はない。
ルイにとって、この新王は、旧体制を完全に破壊し、自らの「新帝国」へ移行するための、最高の「自爆装置」に過ぎなかった。
「……ゾフィー。新王には、もっと過激な政策を勧めなさい。民衆が『王(ブルボン)』を心底憎むように。そして、その憎しみが限界に達したとき、彼らが救いを求めて縋る『唯一の秩序』が私であるように」
夜のパリ。
ガス灯が灯り始めた街並みを、ルイはバルコニーから眺めていた。
市民たちは、自分たちの足元を走る銅線が、自分たちの自由を縛る「見えない鎖」であることをまだ知らない。
「……美しきパリ。……お前はもう、私の籠の中だ」
1825年。
ナポレオンが去って10年。フランスは今、英雄の再来ではなく、「情報を支配する魔王」によって、音もなく征服されようとしていた。
<シャルル10世>
1825年5月。 ランス大聖堂。
フランス国王シャルル10世の戴冠式は、中世さながらの古風な儀式で埋め尽くされていた。王権神授説を信奉する新王にとって、これは神から与えられた絶対的な力の証明であった。
だが、聖堂の片隅に控える「シュタイン子爵の若き顧問」の姿が視界に入るたび、シャルル10世は形容しがたい悪寒に襲われていた。
「……ポリニャックよ。あの少年は、本当に人間だと思うか?」
戴冠式の後の非公式な宴にて、王は最も信頼する腹心、ポリニャック公爵に密かに尋ねた。
ポリニャックは、自由主義を憎み、絶対王政の復活を悲願とする保守派の巨頭だ。その彼でさえ、ルイを見つめる目はどこか怯えていた。
「陛下……。正直に申し上げます。あの方がもたらす『報告』は、もはや人間の仕業とは思えませぬ。昨日も、我が家臣の不貞と横領を、数時間も経たぬうちに文書にして届けてまいりました。まるで、壁の隙間や人の耳に、あの方の使い魔が潜んでいるかのようです」
彼ら貴族から見れば、ルイが構築した「電信網」と「心理学」による情報収集は、理解を超えた「悪魔の魔術」にしか見えなかった。
「あやつは、亡き兄(ルイ18世)が最期に遺した『フランスを救うための杖』だと称している。だが……」
シャルル10世は、ルイから提案された『六月勅令』の草案を握りしめた。
それは、議会の無力化、検閲の徹底、そして民衆の監視――シャルル10世が夢にまで見た「理想の独裁」を完璧な論理で形にしたものだった。
「あまりにも、我々の欲望を理解しすぎている。我々が何を望み、何を恐れているのか……あの少年の前では、私の心さえも透けて見えているのではないかという恐怖が、どうしても拭えんのだ」
王たちの視線の先。
ルイ・ナポレオンは、あえて豪華な正装を避け、地味な黒い上着でゾフィーを従え、淡々とワインを口にしていた。
その横で、ゾフィーが貴婦人たちを冷徹な目であしらっている。
彼女が時折、ルイの耳元で囁く。そのたびに、パリの反対派の首が飛び、銀行家が破産し、革命家が密室で「処理」される。
「ポリニャック、認めざるを得まい。我々が守ろうとしているブルボン家という古き家屋を、あの少年は『鉄の檻』へと作り替えようとしている。……もはや、あやつなしでは、私はこの玉座に一日として座っていられん」
シャルル10世は、自嘲気味に笑った。
絶対王政を復活させたはずの自分たちが、実は、さらに強大な「新時代の怪物」に飼い慣らされている。その事実に気づきながらも、ルイが与えてくれる「絶対的な秩序」という名の毒から、彼らはもう逃げることができなかった。
1825年。
シャルル10世は、自らが「最後の絶対君主」であると信じて疑わなかった。
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