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第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
幕間・百合の王女の陥落 ―ルイーズの手記より―
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1826年夏。摂政公邸(旧シュタイン邸)にて。
鏡の中に立つ私を、私自身が認められない。
かつてチュイルリー宮殿で、シャルルお祖父様(国王)から「ブルボンの清らかな百合」と慈しまれたルイーズ・ド・ブルボンは、あの日、死んだのだ。
私の過去は、ただ静謐で、退屈な誇りに満ちていた。
王族として生まれ、いつか見知らぬ国の王族へ嫁ぎ、ブルボンの血を繋ぐ。それが神から与えられた唯一の運命だと信じて疑わなかった。
けれど、1825年のあの冬の日。
飢えた民衆の怒号が宮殿の門を叩き、お祖父様が震える手で「摂政」を招き入れた時、私の運命は根底から覆された。
「……今日から、私が君の『法』であり、『教師』だ」
婚礼の夜。
目の前に立ったルイ・ナポレオン様は、17歳という若さながら、死神のような冷徹さと、神のような美しさを湛えていた。
彼は、私の震える指から王家の指輪を抜き去り、代わりに目に見えない重い鎖を、私の魂に繋いだ。
それから始まった『教育』の日々。
それは、私がこれまで受けてきた、刺繍や祈りといった「お遊び」とは無縁のものだった。
「ルイーズ。民衆が欲しているのは自由ではない。明日を生きるための『パン』と、思考を停止させてくれる『偉大なる主』だ。……君はこれから、その『主』の慈愛を演じるための装置になるんだ」
彼は、深夜の書斎で私を立たせ、未来の政治学、大衆心理、そして冷酷な統計学を叩き込んだ。
理解できずに涙を流せば、彼は私の顎を持ち上げ、その冷たい瞳で私を射抜く。
「泣いても解決しない。君の涙には一フランの価値もないが、君が私の指示通りに微笑めば、十万の反乱分子を黙らせることができる。……どちらが王女としての務めか、考えなさい」
その声に、私は抗えなかった。
さらに彼が行ったのは、私だけでなく、私に付き従う五人の女官たちへの『指導』だった。
名門貴族の令嬢であった彼女たちが、一人、また一人と、ルイ様の語る「新帝国の論理」に染まっていく。
昨夜まで私と一緒に彼を「ボナパルトの簒奪者」と罵っていた彼女たちが、今ではルイ様の指先一つで、政敵のスキャンダルを収集し、深夜のパリを暗躍する「猟犬」に変わってしまった。
……そして、私も。
「……様、ルイ様……っ」
教育の終わりに彼の手が私の髪に触れるとき、私は自分が「フランスの王女」であることを忘れ、「ルイ・ナポレオンの所有物」であることに、耐え難い安堵を感じてしまう。
王家の血筋など、彼の持つ圧倒的な『未来』の前では、泥にまみれた古い布きれに過ぎなかった。
お祖父様は、私を彼に与えることで、王家を救ったつもりでいる。
けれど、もう遅い。
私と女官たちの心臓は、すでにボナパルトの冷たい熱によって動かされている。
私たちは、昼間は美しく気高いブルボンの華として振る舞い、夜は彼の命に従い、フランスを裏から縛り上げる影となる。
「……お喜びください、私の皇帝。……次の夜会までに、反対派の公爵夫人たちを、すべてあなたの足元へ跪かせてみせますわ」
私は鏡の中の自分に、艶然と微笑みかける。
かつての「百合」は枯れ、今、彼の腕の中で、黒く美しい「支配の華」が咲き誇ろうとしていた。
鏡の中に立つ私を、私自身が認められない。
かつてチュイルリー宮殿で、シャルルお祖父様(国王)から「ブルボンの清らかな百合」と慈しまれたルイーズ・ド・ブルボンは、あの日、死んだのだ。
私の過去は、ただ静謐で、退屈な誇りに満ちていた。
王族として生まれ、いつか見知らぬ国の王族へ嫁ぎ、ブルボンの血を繋ぐ。それが神から与えられた唯一の運命だと信じて疑わなかった。
けれど、1825年のあの冬の日。
飢えた民衆の怒号が宮殿の門を叩き、お祖父様が震える手で「摂政」を招き入れた時、私の運命は根底から覆された。
「……今日から、私が君の『法』であり、『教師』だ」
婚礼の夜。
目の前に立ったルイ・ナポレオン様は、17歳という若さながら、死神のような冷徹さと、神のような美しさを湛えていた。
彼は、私の震える指から王家の指輪を抜き去り、代わりに目に見えない重い鎖を、私の魂に繋いだ。
それから始まった『教育』の日々。
それは、私がこれまで受けてきた、刺繍や祈りといった「お遊び」とは無縁のものだった。
「ルイーズ。民衆が欲しているのは自由ではない。明日を生きるための『パン』と、思考を停止させてくれる『偉大なる主』だ。……君はこれから、その『主』の慈愛を演じるための装置になるんだ」
彼は、深夜の書斎で私を立たせ、未来の政治学、大衆心理、そして冷酷な統計学を叩き込んだ。
理解できずに涙を流せば、彼は私の顎を持ち上げ、その冷たい瞳で私を射抜く。
「泣いても解決しない。君の涙には一フランの価値もないが、君が私の指示通りに微笑めば、十万の反乱分子を黙らせることができる。……どちらが王女としての務めか、考えなさい」
その声に、私は抗えなかった。
さらに彼が行ったのは、私だけでなく、私に付き従う五人の女官たちへの『指導』だった。
名門貴族の令嬢であった彼女たちが、一人、また一人と、ルイ様の語る「新帝国の論理」に染まっていく。
昨夜まで私と一緒に彼を「ボナパルトの簒奪者」と罵っていた彼女たちが、今ではルイ様の指先一つで、政敵のスキャンダルを収集し、深夜のパリを暗躍する「猟犬」に変わってしまった。
……そして、私も。
「……様、ルイ様……っ」
教育の終わりに彼の手が私の髪に触れるとき、私は自分が「フランスの王女」であることを忘れ、「ルイ・ナポレオンの所有物」であることに、耐え難い安堵を感じてしまう。
王家の血筋など、彼の持つ圧倒的な『未来』の前では、泥にまみれた古い布きれに過ぎなかった。
お祖父様は、私を彼に与えることで、王家を救ったつもりでいる。
けれど、もう遅い。
私と女官たちの心臓は、すでにボナパルトの冷たい熱によって動かされている。
私たちは、昼間は美しく気高いブルボンの華として振る舞い、夜は彼の命に従い、フランスを裏から縛り上げる影となる。
「……お喜びください、私の皇帝。……次の夜会までに、反対派の公爵夫人たちを、すべてあなたの足元へ跪かせてみせますわ」
私は鏡の中の自分に、艶然と微笑みかける。
かつての「百合」は枯れ、今、彼の腕の中で、黒く美しい「支配の華」が咲き誇ろうとしていた。
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