皇帝再誕 ~もしもルイ・ナポレオンが少年期に近代知識に目覚めていたら~

ぱふもふ

文字の大きさ
14 / 15
第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨

幕間・百合の王女の陥落 ―ルイーズの手記より―

しおりを挟む
1826年夏。摂政公邸(旧シュタイン邸)にて。
鏡の中に立つ私を、私自身が認められない。
かつてチュイルリー宮殿で、シャルル叔父上(国王)から「ブルボンの清らかな百合」と慈しまれたルイーズ・ド・ブルボンは、あの日、死んだのだ。
私の過去は、ただ静謐で、退屈な誇りに満ちていた。
王族として生まれ、いつか見知らぬ国の王族へ嫁ぎ、ブルボンの血を繋ぐ。それが神から与えられた唯一の運命だと信じて疑わなかった。
けれど、1825年のあの冬の日。
飢えた民衆の怒号が宮殿の門を叩き、叔父上が震える手で「摂政」を招き入れた時、私の運命は根底から覆された。
「……今日から、私が君の『法』であり、『教師』だ」
婚礼の夜。
目の前に立ったルイ・ナポレオン様は、17歳という若さながら、死神のような冷徹さと、神のような美しさを湛えていた。
彼は、私の震える指から王家の指輪を抜き去り、代わりに目に見えない重い鎖を、私の魂に繋いだ。
それから始まった『教育』の日々。
それは、私がこれまで受けてきた、刺繍や祈りといった「お遊び」とは無縁のものだった。
「ルイーズ。民衆が欲しているのは自由ではない。明日を生きるための『パン』と、思考を停止させてくれる『偉大なる主』だ。……君はこれから、その『主』の慈愛を演じるための装置になるんだ」
彼は、深夜の書斎で私を立たせ、未来の政治学、大衆心理、そして冷酷な統計学を叩き込んだ。
理解できずに涙を流せば、彼は私の顎を持ち上げ、その冷たい瞳で私を射抜く。
「泣いても解決しない。君の涙には一フランの価値もないが、君が私の指示通りに微笑めば、十万の反乱分子を黙らせることができる。……どちらが王女としての務めか、考えなさい」
その声に、私は抗えなかった。
さらに彼が行ったのは、私だけでなく、私に付き従う五人の女官たちへの『指導』だった。
名門貴族の令嬢であった彼女たちが、一人、また一人と、ルイ様の語る「新帝国の論理」に染まっていく。
昨夜まで私と一緒に彼を「ボナパルトの簒奪者」と罵っていた彼女たちが、今ではルイ様の指先一つで、政敵のスキャンダルを収集し、深夜のパリを暗躍する「猟犬」に変わってしまった。
……そして、私も。
「……様、ルイ様……っ」
教育の終わりに彼の手が私の髪に触れるとき、私は自分が「フランスの王女」であることを忘れ、「ルイ・ナポレオンの所有物」であることに、耐え難い安堵を感じてしまう。
王家の血筋など、彼の持つ圧倒的な『未来』の前では、泥にまみれた古い布きれに過ぎなかった。
叔父上は、私を彼に与えることで、王家を救ったつもりでいる。
けれど、もう遅い。
私と女官たちの心臓は、すでにボナパルトの冷たい熱によって動かされている。
私たちは、昼間は美しく気高いブルボンの華として振る舞い、夜は彼の命に従い、フランスを裏から縛り上げる影となる。
「……お喜びください、私の皇帝。……次の夜会までに、反対派の公爵夫人たちを、すべてあなたの足元へ跪かせてみせますわ」
私は鏡の中の自分に、艶然と微笑みかける。
かつての「百合」は枯れ、今、彼の腕の中で、黒く美しい「支配の華」が咲き誇ろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...