13 / 15
第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
王家の血脈、権力の座へ
しおりを挟む
1826年1月。
1825年の金融恐慌による飢餓と失業は、パリの民衆の不満を増大させていた。
新王シャルル10世は、自らの王座を守るため、新たな手を打った。
「……ルイ・ナポレオンよ。もはや、そなたの『知略』と『黄金』なしには、このフランスは保たん」
チュイルリー宮殿の密室。シャルル10世は、17歳になったルイに告げた。
王が提示したのは、ボナパルト家を公式に王族として迎え入れるための、究極の懐柔策――「ブルボンの血」との婚姻であった。
ルイに宛がわれたのは、亡きベリー公の遺児であり、フランスの至宝と謳われるルイーズ・ド・ブルボン王女。
そしてルイはサン=クルー公爵に任命され、王家の全権を委託された「国家摂政公爵」へと叙任された。
「……ようこそ、私の館へ。ルイーズ殿下」
婚礼の夜。
シュタイン子爵邸を改装した「摂政公邸」に足を踏み入れたルイーズ王女と、彼女に付き従う五人の名門貴族出身の女官たちは、緊張に身をこわばらせていた。
彼女たちの前には、冷徹な美貌を湛えたゾフィーが、指導役として立ちはだかっていた。
「殿下。そして女官の皆様。今夜から、あなたたちが信じていた『王族の誇り』は、新たな役割へと変わります」
ゾフィーの冷たい声が響く。
ルイ・ナポレオンは、上座から彼女たちを見下ろしていた。
「ルイーズ。君を妻に迎えたのは、血筋だけが目的ではない。……君という『ブルボンの象徴』を、私の政治的な影響下で動かすためだ」
「……っ、そんな……。わたくしは、フランスの王女です……!」
「いいえ。君は今日から、私の政策を民衆に受け入れさせるための『重要な役割』を担うことになる」
ルイは立ち上がり、ルイーズに近づいた。
緊張に震える王女の瞳。そして、その背後で不安に顔を歪める女官たち。
ルイは、彼女たち全員に、かつてゾフィーへ施したのと同様の、あるいはそれ以上に徹底的な『指導』の開始を宣言した。
政治学、外交術、そして権力の構造。
名門の血筋を誇る女官たちが、一人、また一人と、ルイの戦略を理解し、その手足となっていく。
彼女たちは、表舞台では王家の威厳を保つ貴婦人として振る舞いながら、裏ではルイの命に従い、情報を収集し、政敵の動向を探る「権力の担い手」へと成長していった。
「……ルイ様。……わたくしを、お使いください……」
数ヶ月後。
かつて高潔だったルイーズ王女は、夜の帳の中で、ルイの前に立ち、新たな役割への覚悟を示していた。
その隣には、主人の指示を待つ女官たちが、控えている。
1826年。
ブルボン王朝は、自ら招き入れた「摂政」によって、その内部構造を大きく変えられていた。
玉座に座るシャルル10世は、まだ気づいていない。
自らの孫娘も、宮廷を彩る貴婦人たちも、すべてがルイ・ナポレオンの掌中で動く「政治的な力」へと成り果てたことを。
1826年末。
「サン=クルー公爵」となったルイ・ナポレオンの広大な領地は、今やフランスで最も「危険で先進的」な実験場と化していた。
ルイは、未来知識で「数年後のフランス軍を背負って立つ逸材」を特定し、公爵の権限とロスチャイルドから吸い上げた莫大な資金を用いて、彼らを次々とサン=クルーへ招致した。
「……若き顧問殿。いや、公爵閣下。これほどの持て成しを受ける筋合いはありませんな」
不遜な態度で現れたのは、後にアルジェリア征服で名を馳せる剛直な軍人、ブジョー。そして、冷徹なカヴェニャック、野心家のシャンガルニエ、そして後にルイ(史実のナポレオン3世)のクーデターを支えることになるサン=タルノー。
現役の貴族軍人たちが旧態依然とした戦術に固執する中、ルイは、まだ日の目を見ていない彼ら「実力主義の若手・中堅」を、最高級のワインと、軍人なら誰しもが喉から手が出るほど欲しがる「未来の戦術書」で迎え入れた。
「諸君、私が求めているのは、ブルボンのために死ぬ騎士ではない。……新しい時代の『戦争』を執行する専門家だ」
ルイは彼らに、サン=クルーの秘密演習場で「新兵器」を披露した。
それは、史実より数十年早く開発された「雷管式のライフル銃」と、初期型の「施条砲(ライフル砲)」であった。
「……な、なんだこの射程と命中精度は! これまでのゲベール銃が玩具に見える!」
ブジョーたちは驚愕し、ルイの手に握られた「未来の暴力」に魅了された。ルイは彼らに惜しみなく最新理論を教え込み、彼らを「サン=クルー派」という名の、自分に忠実な軍事エリート集団へと作り変えていった。
しかし、彼らが「世界の頂点」だと信じ込まされたその技術でさえ、ルイにとっては「二世代前の古物」に過ぎなかった。
深夜、サン=クルーの最も深い地下区画。
そこでは、ルイがスイス亡命時代から密かに育て上げてきた、ボナパルト家直属の「黒衣の親衛隊」が訓練を行っていた。
彼らが手にするのは、ブジョーたちに与えた先込め式ライフルではない。
未来のボルトアクション銃のプロトタイプ、そして電信網と連動した「リアルタイム戦術指揮システム」。
「……いいか。ブジョーたちに与えた技術は、あくまで既存の列強を圧倒するためのものに過ぎない」
ルイは、傍らに控えるゾフィーと、親衛隊の隊長を見つめた。
「彼ら軍人は、常に裏切りの可能性を孕む。だからこそ、彼らが『自分たちが最強だ』と自惚れているそのさらに上を、我々は行かねばならない。……彼らが万が一、私に銃口を向けたその瞬間、自分が持っている武器がいかに旧式であるかを、死を以て知ることになるだろう」
サン=クルーの森には、二種類の銃声が響いていた。
一つは、フランス軍を掌握するために貸し与えられた「偽りの最新」。
もう一つは、ルイ・ナポレオンだけが握る、世界を終わらせるための「真の暴力」。
1826年。
フランス軍の背骨(エリートたち)は、ルイの甘美な誘惑に絡め取られた。
彼らは自らが「最強の猟犬」になったと信じて疑わなかったが、その首輪を握る少年が、すでに自分たちを射殺するための「さらに強力な猟銃」を隠し持っていることには、まだ誰も気づいていなかった。
1825年の金融恐慌による飢餓と失業は、パリの民衆の不満を増大させていた。
新王シャルル10世は、自らの王座を守るため、新たな手を打った。
「……ルイ・ナポレオンよ。もはや、そなたの『知略』と『黄金』なしには、このフランスは保たん」
チュイルリー宮殿の密室。シャルル10世は、17歳になったルイに告げた。
王が提示したのは、ボナパルト家を公式に王族として迎え入れるための、究極の懐柔策――「ブルボンの血」との婚姻であった。
ルイに宛がわれたのは、亡きベリー公の遺児であり、フランスの至宝と謳われるルイーズ・ド・ブルボン王女。
そしてルイはサン=クルー公爵に任命され、王家の全権を委託された「国家摂政公爵」へと叙任された。
「……ようこそ、私の館へ。ルイーズ殿下」
婚礼の夜。
シュタイン子爵邸を改装した「摂政公邸」に足を踏み入れたルイーズ王女と、彼女に付き従う五人の名門貴族出身の女官たちは、緊張に身をこわばらせていた。
彼女たちの前には、冷徹な美貌を湛えたゾフィーが、指導役として立ちはだかっていた。
「殿下。そして女官の皆様。今夜から、あなたたちが信じていた『王族の誇り』は、新たな役割へと変わります」
ゾフィーの冷たい声が響く。
ルイ・ナポレオンは、上座から彼女たちを見下ろしていた。
「ルイーズ。君を妻に迎えたのは、血筋だけが目的ではない。……君という『ブルボンの象徴』を、私の政治的な影響下で動かすためだ」
「……っ、そんな……。わたくしは、フランスの王女です……!」
「いいえ。君は今日から、私の政策を民衆に受け入れさせるための『重要な役割』を担うことになる」
ルイは立ち上がり、ルイーズに近づいた。
緊張に震える王女の瞳。そして、その背後で不安に顔を歪める女官たち。
ルイは、彼女たち全員に、かつてゾフィーへ施したのと同様の、あるいはそれ以上に徹底的な『指導』の開始を宣言した。
政治学、外交術、そして権力の構造。
名門の血筋を誇る女官たちが、一人、また一人と、ルイの戦略を理解し、その手足となっていく。
彼女たちは、表舞台では王家の威厳を保つ貴婦人として振る舞いながら、裏ではルイの命に従い、情報を収集し、政敵の動向を探る「権力の担い手」へと成長していった。
「……ルイ様。……わたくしを、お使いください……」
数ヶ月後。
かつて高潔だったルイーズ王女は、夜の帳の中で、ルイの前に立ち、新たな役割への覚悟を示していた。
その隣には、主人の指示を待つ女官たちが、控えている。
1826年。
ブルボン王朝は、自ら招き入れた「摂政」によって、その内部構造を大きく変えられていた。
玉座に座るシャルル10世は、まだ気づいていない。
自らの孫娘も、宮廷を彩る貴婦人たちも、すべてがルイ・ナポレオンの掌中で動く「政治的な力」へと成り果てたことを。
1826年末。
「サン=クルー公爵」となったルイ・ナポレオンの広大な領地は、今やフランスで最も「危険で先進的」な実験場と化していた。
ルイは、未来知識で「数年後のフランス軍を背負って立つ逸材」を特定し、公爵の権限とロスチャイルドから吸い上げた莫大な資金を用いて、彼らを次々とサン=クルーへ招致した。
「……若き顧問殿。いや、公爵閣下。これほどの持て成しを受ける筋合いはありませんな」
不遜な態度で現れたのは、後にアルジェリア征服で名を馳せる剛直な軍人、ブジョー。そして、冷徹なカヴェニャック、野心家のシャンガルニエ、そして後にルイ(史実のナポレオン3世)のクーデターを支えることになるサン=タルノー。
現役の貴族軍人たちが旧態依然とした戦術に固執する中、ルイは、まだ日の目を見ていない彼ら「実力主義の若手・中堅」を、最高級のワインと、軍人なら誰しもが喉から手が出るほど欲しがる「未来の戦術書」で迎え入れた。
「諸君、私が求めているのは、ブルボンのために死ぬ騎士ではない。……新しい時代の『戦争』を執行する専門家だ」
ルイは彼らに、サン=クルーの秘密演習場で「新兵器」を披露した。
それは、史実より数十年早く開発された「雷管式のライフル銃」と、初期型の「施条砲(ライフル砲)」であった。
「……な、なんだこの射程と命中精度は! これまでのゲベール銃が玩具に見える!」
ブジョーたちは驚愕し、ルイの手に握られた「未来の暴力」に魅了された。ルイは彼らに惜しみなく最新理論を教え込み、彼らを「サン=クルー派」という名の、自分に忠実な軍事エリート集団へと作り変えていった。
しかし、彼らが「世界の頂点」だと信じ込まされたその技術でさえ、ルイにとっては「二世代前の古物」に過ぎなかった。
深夜、サン=クルーの最も深い地下区画。
そこでは、ルイがスイス亡命時代から密かに育て上げてきた、ボナパルト家直属の「黒衣の親衛隊」が訓練を行っていた。
彼らが手にするのは、ブジョーたちに与えた先込め式ライフルではない。
未来のボルトアクション銃のプロトタイプ、そして電信網と連動した「リアルタイム戦術指揮システム」。
「……いいか。ブジョーたちに与えた技術は、あくまで既存の列強を圧倒するためのものに過ぎない」
ルイは、傍らに控えるゾフィーと、親衛隊の隊長を見つめた。
「彼ら軍人は、常に裏切りの可能性を孕む。だからこそ、彼らが『自分たちが最強だ』と自惚れているそのさらに上を、我々は行かねばならない。……彼らが万が一、私に銃口を向けたその瞬間、自分が持っている武器がいかに旧式であるかを、死を以て知ることになるだろう」
サン=クルーの森には、二種類の銃声が響いていた。
一つは、フランス軍を掌握するために貸し与えられた「偽りの最新」。
もう一つは、ルイ・ナポレオンだけが握る、世界を終わらせるための「真の暴力」。
1826年。
フランス軍の背骨(エリートたち)は、ルイの甘美な誘惑に絡め取られた。
彼らは自らが「最強の猟犬」になったと信じて疑わなかったが、その首輪を握る少年が、すでに自分たちを射殺するための「さらに強力な猟銃」を隠し持っていることには、まだ誰も気づいていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる