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第一部:皇帝の黎明と絶対王政の再臨
王の強欲と、冷徹なる銀行家
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1826年1月。
ロスチャイルドの金塊輸送を「密輸」として差し押さえたという報せは、瞬く間にチュイルリー宮殿へ届いた。
国王シャルル10世は、自室でその報告書を読み、かつてないほど上気していた。
「……見たか、ポリニャック! あのボナパルトの小僧、期待以上の働きだ。ロスチャイルドの傲慢な鼻をへし折るとは!」
王は立ち上がり、側近のポリニャック公爵へ向けて、古き良き絶対王政の時代を彷彿とさせる「命令」を下した。
「よし、公爵(ルイ・ナポレオン)に伝えよ。差し押さえた金塊の十分の一を、功績への褒美として奴に与える。だが、残りはすべて王室の私産……即ち『余の物』とする! 直ちにフランス銀行の王室勘定へ納め、我が騎士たちの恩賞と宮廷の修繕に充てるのだ!」
シャルル10世にとって、金とは「王が直感で掴み、気前よく配るもの」でしかなかった。
だが、サン=クルー公爵邸でその沙汰を受け取ったルイ・ナポレオンは、書簡を読んですらいなかった。彼はゾフィーが差し出した電信の記録を凝視し、カチカチと鳴り響く磁針の音に耳を傾けていた。
「ルイ様、陛下が金塊の返還を求めていらっしゃいますが……」
「無視しなさい、ゾフィー」
ルイは淡々と答えた。その瞳には、主君への敬意など微塵もない。
「あの老人は、金が自分の金庫に入らないと知れば、数日で忘れる。……そんなことより、今、パリの金融界で何が起きている?」
「……狙い通りですわ。恐慌の煽りを受け、中小の銀行家たちが次々と資金ショートを起こし始めています。彼らの多くは、自由主義派の重鎮ラフィットに泣きついていますが、当のラフィットも……」
「ああ。私が情報を先回りして空売りを仕掛けたおかげで、彼の手元には『紙屑』しか残っていないはずだ」
ルイは立ち上がり、窓の外のパリを睨んだ。
「王室勘定に金を積んでも、ポリニャックたちの贅沢に消えるだけだ。……あの金はすべて、フランス銀行の『一般勘定』へぶち込みなさい。そして、ラフィットから見捨てられた中小の銀行家たちに、無利息で融通するんだ」
数日後。パリの金融界に激震が走った。
自由主義者のパトロンであり、「庶民の味方」を演じていた銀行王ジャック・ラフィットの元に、預金者が殺到したのだ。ルイが流した「ラフィット銀行、巨額投資失敗」の真実を孕んだ噂が、取り付け騒ぎの引き金となった。
「……助けてくれ、フランス銀行(サン=クルー公爵)! このままでは我が行は破産だ!」
ラフィットが公爵邸に駆け込んだとき、ルイは悠然とワインを口にしていた。
「ラフィット氏。あなたが『自由』のために民衆へばら撒いた金は、結局、私の『秩序』を守るための借用書に変わっただけだ」
ルイは、王から奪い取った金を使って、ラフィットが救い損ねた銀行家たちをすべて自身の「債務者(奴隷)」に変えていた。ラフィットが独占していたパリの金融覇権は、ルイが横取りした王の金によって、一夜にして解体されたのである。
後日、シャルル10世は「余の金はどこへ消えた!」と激怒したが、ルイは一通の報告書で王を黙らせた。
『陛下、あの金で自由主義者の牙城であったラフィットを経済的に屠りました。今やパリの銀行はすべて、陛下の忠実な僕(しもべ)です』
王は「おお、左様か!」と機嫌を直した。
自分の金が、自分の知らない場所で、自分の権威を形骸化させるための「鎖」に作り替えられたことにも気づかずに。
1826年、春。
ルイ・ナポレオンは、王を騙し、敵を破滅させ、パリの富のすべてを自身の「電信」の先に繋ぎ止めた。
ロスチャイルドの金塊輸送を「密輸」として差し押さえたという報せは、瞬く間にチュイルリー宮殿へ届いた。
国王シャルル10世は、自室でその報告書を読み、かつてないほど上気していた。
「……見たか、ポリニャック! あのボナパルトの小僧、期待以上の働きだ。ロスチャイルドの傲慢な鼻をへし折るとは!」
王は立ち上がり、側近のポリニャック公爵へ向けて、古き良き絶対王政の時代を彷彿とさせる「命令」を下した。
「よし、公爵(ルイ・ナポレオン)に伝えよ。差し押さえた金塊の十分の一を、功績への褒美として奴に与える。だが、残りはすべて王室の私産……即ち『余の物』とする! 直ちにフランス銀行の王室勘定へ納め、我が騎士たちの恩賞と宮廷の修繕に充てるのだ!」
シャルル10世にとって、金とは「王が直感で掴み、気前よく配るもの」でしかなかった。
だが、サン=クルー公爵邸でその沙汰を受け取ったルイ・ナポレオンは、書簡を読んですらいなかった。彼はゾフィーが差し出した電信の記録を凝視し、カチカチと鳴り響く磁針の音に耳を傾けていた。
「ルイ様、陛下が金塊の返還を求めていらっしゃいますが……」
「無視しなさい、ゾフィー」
ルイは淡々と答えた。その瞳には、主君への敬意など微塵もない。
「あの老人は、金が自分の金庫に入らないと知れば、数日で忘れる。……そんなことより、今、パリの金融界で何が起きている?」
「……狙い通りですわ。恐慌の煽りを受け、中小の銀行家たちが次々と資金ショートを起こし始めています。彼らの多くは、自由主義派の重鎮ラフィットに泣きついていますが、当のラフィットも……」
「ああ。私が情報を先回りして空売りを仕掛けたおかげで、彼の手元には『紙屑』しか残っていないはずだ」
ルイは立ち上がり、窓の外のパリを睨んだ。
「王室勘定に金を積んでも、ポリニャックたちの贅沢に消えるだけだ。……あの金はすべて、フランス銀行の『一般勘定』へぶち込みなさい。そして、ラフィットから見捨てられた中小の銀行家たちに、無利息で融通するんだ」
数日後。パリの金融界に激震が走った。
自由主義者のパトロンであり、「庶民の味方」を演じていた銀行王ジャック・ラフィットの元に、預金者が殺到したのだ。ルイが流した「ラフィット銀行、巨額投資失敗」の真実を孕んだ噂が、取り付け騒ぎの引き金となった。
「……助けてくれ、フランス銀行(サン=クルー公爵)! このままでは我が行は破産だ!」
ラフィットが公爵邸に駆け込んだとき、ルイは悠然とワインを口にしていた。
「ラフィット氏。あなたが『自由』のために民衆へばら撒いた金は、結局、私の『秩序』を守るための借用書に変わっただけだ」
ルイは、王から奪い取った金を使って、ラフィットが救い損ねた銀行家たちをすべて自身の「債務者(奴隷)」に変えていた。ラフィットが独占していたパリの金融覇権は、ルイが横取りした王の金によって、一夜にして解体されたのである。
後日、シャルル10世は「余の金はどこへ消えた!」と激怒したが、ルイは一通の報告書で王を黙らせた。
『陛下、あの金で自由主義者の牙城であったラフィットを経済的に屠りました。今やパリの銀行はすべて、陛下の忠実な僕(しもべ)です』
王は「おお、左様か!」と機嫌を直した。
自分の金が、自分の知らない場所で、自分の権威を形骸化させるための「鎖」に作り替えられたことにも気づかずに。
1826年、春。
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