「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ

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1話

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 公爵令嬢、という立場は、何かと鬱陶しい。
 王太子殿下と同世代の女性の中で、最も高位にあたる貴族は私である。それゆえに私は、殿下の婚約者候補筆頭令嬢と言われていた。

 なぜ婚約者候補・・なのかというと、私が闇の精霊に愛されているからである。闇属性はこの国では卑しい魔法として忌み嫌われていた。まあ、人を錯乱させたり、能力を下げたり陰湿な魔法が多いからそれも仕方ないといえば仕方ないのだけれど。
 でもだからといって、卑しい魔女とかなんとか陰口を叩くのは違うのでは? と思わずにはいられない。私だって年頃の少女。人並みに傷つくんだからね。

 でも、何より鬱陶しいのは婚約者候補の噂だ。王太子殿下は私のことを闇の魔女と言って忌み嫌っている。
 まあ、いくら政略結婚の多い貴族社会といっても、ここまで私を嫌っている相手とめあわせられることもないでしょう。夫婦仲がうまくいくはずがないのだから。
 
 だから私は安心してデビュタントを迎えていた。心待ちにしていた憧れのデビュタント。そこで素敵な将来のパートナーと出会って、殿下の婚約者候補だなんて馬鹿げた噂を一掃してやるのだ。とはいえ、私は闇の魔女と噂が立っているからどこまで相手にされるかわからないが。

 けれど……。

 「誰がお前のような卑しい闇属性の魔女と結婚なんかするか! お前など、側室でもごめんだ!」

 殿下の声が舞踏会の広間に響き、多くの人の注目が集まる。

 私のことを嫌っているのは知っている。私だって差別の目で見てくる殿下のことは正直嫌いだ。
 
 でも、それにしたって……。いくらなんでも、これはひどくない?

 王家は派閥の関係で我が公爵家の後ろ盾が欲しいのか、現王陛下は私と殿下をくっつけようとしてきた。それに対して叫ぶように言ったのが先ほどの殿下のセリフである。

 「何を言う、ライノルト。ネロリア嬢に謝罪せよ」

 現王陛下が殿下を諌めるけれど、殿下は聞く耳を持たない。

 「父上、なぜ私がこのように卑しく卑劣な闇属性の使い手である魔女と婚約者候補などと言われなければならないのです! 私はこいつだけは死んでもごめんです!」

 死んでもごめんなのはこっちもですよ、殿下。
 
 せっかくのデビュタントを台無しにされて、怒りと悲しみでぐちゃぐちゃな気持ちだったけれど、殿下に弱みは見せたくない。無理やり澄まし顔を作って背筋を伸ばす。

 「わたくしも殿下と婚姻するつもりはございませんから、ご安心くださいませ。あまり騒ぎになっては申し訳ないので、わたくしはこれで失礼致しますね」

 「ネ、ネロリア嬢!」

 引き止めてくる現王陛下に礼をして、さっさと舞踏会の会場を後にする。

 もうたくさんだ、こんな国。
 
 家族だって、姉や弟のことは可愛がっているくせに、私のことは闇精霊の加護を得てからというもの、いない者のように扱ってくる。
 家族からも孤立し、社交界ではヒソヒソと笑われ、デビュタントで私を受け入れてくれる人に出会えればと期待したのに台無しにされて。
 
 こんな国、出ていってやる。

 私は実家の馬車を無視して、肩に乗った闇精霊のノワールを撫でた。

 「ねえ、ノワール。私この国から逃げ出してどこか遠くに行きたいの、連れていってくれる?」

 他の人には見えない闇精霊のノワール。黒猫の姿をした愛らしい精霊は、にゃあん、と鳴いて、任せろとでも言うかのように胸を張った。


 周囲が闇に包まれ、視界が消える。ノワールの転移魔法だ。転移魔法は普通の人間には到底使えないけれど、高位の闇精霊であるノワールならば使うことができる。

 これなら誰にも捕捉されることなく、遠くへ逃げることができる。私はもう、闇属性というだけで徹底的に貶めてくるこの国にはうんざりだった。

 闇が晴れると、そこは森の中にある美しい泉のほとりだった。泉のそばには小さなカントリーハウスがある。
 初めてきたはずの場所なのに、なぜか、懐かしい感じがした。

 「ノワール、ここには誰かが住んでいるの?」

 「にゃんっ!」

 そうだ、というようにノワールは私の肩から飛び降りて、てこてことカントリーハウスの方へ走っていった。
 
 たしっ、たしっ。と、ノワールが尻尾でカントリーハウスの扉を叩くと、中からは真っ黒な髪に古代風の黒装束を着た長身の男性が出てきた。

 「よく来た、闇精霊の愛し子よ」

 男性はなぜか全てを把握しているようで、私に淡く微笑みかけてくる。

 「あ、あの、ここは一体?」

 「ここは闇精霊の森、私はここの主の、ヨアルテウクティンだ。ヨアルと呼べ」

 「ヨアル様……」

 知らない場所で、知らない人と会っているのに、なぜだか不安感は全くない。むしろ、どこかほっと安らぐような不思議な感覚だった。

 「ノワールから事情は聞いている。ルメント王国から逃げてきたのであろう? ここはそなたを脅かすものは何もない。ゆるりと過ごすがいい。ネロリアよ」

 ヨアル様は私の名前も知っているみたい。
 この場所が何なのかはよくわからないけれど、せっかくノワールが連れてきてくれた場所だ。元のルメント王国には戻るつもりもないし、厚意に甘えよう。

 そうして私の、闇精霊の森での生活が始まった。
 朝は透明な泉で顔を洗うことから始まる。
 カントリーハウスの裏手は畑になっていて、香草や野菜などを育てることができた。かつてここに住んでいた人間が作っていった畑なのだという。食べるものは、ノワールが森でウサギなどを狩ってきてくれた。
 それと野菜や香草を煮込んで、スープにする。朝ごはんを食べて、ほっと一息。
 
 闇精霊の森とは言えど、光が入ってこないわけではない。
 人間の思っているのとは違い、闇精霊と光精霊は仲良しなのだとヨアル様は言う。

 光で活性化されすぎた植物を、闇が鎮静する。闇で鎮まりすぎた生き物を、光が活かす。そんな風にして、世界は循環しているのだ。
 大切な役割を持つ闇精霊を軽侮するルメント王国は、国として長くは持たないだろう、そう言ってヨアル様は薄く笑った。



 ……パンが、食べたい。
 
 この森は野菜とお肉は手に入るけれど、穀物は芋くらいで、パンがない。せっかく匿ってもらっているのに、パンが食べたいだなんてわがままを言うわけにはいかないけれど、どうしてもしょんぼりはしてしまう。
 そんな私を見て、ヨアル様は「何か気がかりなことが?」と尋ねながら優しく髪を梳いてくださった。

 「何も遠慮などすることはない。闇精霊の愛し子であるそなたの望みなら、何でも叶えてやろう」

 「ええっと。あの……、パンが食べたいんです」

 「なんだ。そんなことか。それならいつでも手に入れてやる」

 「どこかに買いに行けるんですか?」

 「ルメント王国以外であれば、どの国にでも連れていってやるぞ。ここは闇精霊の森、どこにでも通じて、どこにもない場所だ」

 どこにでも通じて、どこにもない場所? どういう意味だろう。やっぱり、普通の場所とは違うんだろうか。
 でも、どこにでも行けるなら行ってみたい場所がある。
 
 「それなら、リュクス王国に行ってみたいです」

 ルメント王国のパンはふわふわした丸パンが多いのだけれど、リュクス王国は香ばしくて細長いカリカリしたパンが多いという。私はそのパンがずっと前から気になっていたのだ。香ばしいものが大好きで、硬いパンをスープに浸して食べるのも美味しいと思っていたから。

 「わぁっ」

 リュクス王国はルメント王国とは雰囲気が違い、常に音楽が流れている陽気な街だった。噴水の広場には両手で抱えるほどの大きな吹奏楽器を吹いている人や、弦楽器を弾いている人がいて、それを聞きながら街の人々は楽しげに体を揺らしている。

 広場のそば近くには、香ばしい匂いを発しているパン屋さんがあって、人気があるらしく人がたくさんいる。

 「あ、すみません。私、手持ちがなくて……」

 これだけお世話になっているのに、お金の面倒まで見てもらうのはあまりにも申し訳ない。今更だけどどうしよう。

 悩んでいると、ヨアル様は私を安心させるように微笑んだ。

 「なに、必要ない。まあ見ていなさい。店主よ、ここのパンを全種類一つずつもらえるかな?」

 「あいよっ、お代は……って、ヨアル様!?」

 「ヨアル様だ……」

 「ヨアル様がいらしているぞ……」

 ヨアル様はこの街では有名な人らしく、ヒソヒソと囁き合いながら人々は敬意のこもった眼差しをヨアル様に向けている。

 「は、はい! 全種類ひとつずつでございますね、お納めください!」

 店主さんはお代を受け取ることなく、パンを袋に詰めて渡してくれた。

 すると、店を黒く柔らかな靄がふわりと一瞬包み込む。

 「うわぁ、闇精霊の加護だ。羨ましい」

 「うちの店にも来てくれないかしら」

 ヨアル様は闇精霊の加護を与えることができるらしく、お代の代わりに加護をもらった店主さんは感激して涙ぐんでいた。

 「さあ、ネロリア。他に何か見ていきたいものはあるか?」

 周囲の人々が、私を期待の眼差しで見る。特にお店を経営しているらしき人は、ぜひうちに来て欲しいと口々に言い立てた。

 「いろんなところを見て回りたいです。リュクス王国は初めてなので」
 
 ヨアル様は人々が容易に近づけないような身分の人らしく、みんな遠巻きに見ているけれど、私のその発言で人々は目を輝かせた。

 装飾品の店だったり、食器の店だったり、色々と見て回る。途中で生まれて初めての買い食いなどもしてみた。串焼きのお店で、歩きながら齧る。じゅわっと肉汁が溢れ出して、炭火での焼きたてお肉とはこれほど美味しいものかと改めて実感した。

 実家では、冷たい家族の中で味のしない食事をひたすら食べていたから、ヨアル様のところに来てから毎日が楽しい。
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