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第三章 アレキサンドライト領にて

86、最悪のカード2

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「先日ペリドット領での演習後、私たち騎士団が何者かに襲撃された事件についてです。当時、私やジャック、隊長の武器などから採取した血液やローブの一部と思われる布の切れ端ですが、解析魔法により布の産地がわかりました」

「そう……。それで? どこだった?」

クリスタル領でリアムと想定外の再会をしたあの日。オリビアのしたことは明らかに何者かの襲撃を受け、避難してきた彼らのことを治療させるだけでなかった。犯人についての情報を得るため手がかりになりそうなものを回収し、解析魔法を使えるクリスタル家の従者に託していたのだ。

 そして、その結果を伝えるべくオリビアの忠実なしもべはやってきた。かつての上司に会いにきた健気けなげな元部下として、ごく自然に、誰にも疑われることも違和感を感じさせることもないタイミングで。
 セオは答える前に、すうっと大きく息を吸った。顎のラインで切り揃えられている彼の黒髪がわずかに揺れた。

「産地は……マルズワルト王国で間違いないでしょう。黒色の染料がマルズワルト国内でしか流通していないものでした。さらに生地に使われた毛が、マルズワルトでも希少な、ハイランドシープという動物のものだったそうです。」

「マルズワルト……」

「隣国の……友好国ですよね?」

 セオの報告に、オリビアは目と眉を寄せて呟き、リタが首を傾げた。

「そうよ。表向きはね。けれど実際は八十年前に一度戦争になりかけているの」

「え!」

「そんな……」

 リタとセオが目を見開き、その顔に驚きを示している。オリビアは険しい表情で話を続けた。

「これは王族でも陛下や王太子殿下だけ……さらには一部の貴族の後継ぎしか知り得ない情報よ。だから表向きは友好国にもかかわらず、二つの国を行き来できる人間は許可証を持っている上級貴族のみなの。だから、もしローブを着た襲撃者がマルズワルトの人間だったら、大ごとだわ。それに……」

「オリビア様?」

 説明しながら言い淀む。セオが問いかけると、オリビアはリタに目配せをした。すると彼女は周囲を確認し、小さく頷いた。オリビアは頷き返して再び話し始める。

「ジュエリトス側に、あちらの味方がいるかもしれないわ」

「そんなことが……」

「あまり公になっていないけど、貴族の中にマルズワルトの貴族家の令嬢と結婚した人が何人かいるの。それに……」

 オリビアは大きく息を吸い、吐いた。複雑な心境だったが、それは表に出さず淡々とその事実を告げる。

「王族にも。現国王陛下第二夫人のレイチェル様は、マルズワルト王国の第三王女なの」

 オリビアは、驚きのあまり手で口元をおさえるリタや、さらに目を見開くセオを視界の片隅に入れながら、遠くを見つめ思案していた。自分が知り得ている情報の多さに混乱していた。そして、従者たちがさらに驚愕きょうがくするであろう言葉を呟いた。

「レイチェル様は……レオン・ダイヤモンド=ジュエリトス殿下の母親よ」

>>続く
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