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第三章 悩ましい任務
第19話 今回の任務はこちら!
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アリスはウィリアムが戻ってからも悶々とした気持ちを抱えたまま朝食を済ませた。身支度をしてファハドが待つ彼の部屋に向かう。
「おはよう、昨日は素晴らしい披露宴だった。朝から呼び出してすまないな」
「おはよう、兄さん」
「おはようございます、ファハドさん」
この屋敷で一番煌びやかな部屋。金の刺繍が入った豪奢なソファでくつろぐファハドは、何かを確認するような視線でアリスとウィリアムを交互に見やる。
「ウィリアム、領地のことでアリスに用事がある。お前はもう仕事に戻っていいぞ。ピエールに次の納品について指示をしてあるから、確認しておいてくれ」
「はい。それじゃあアリス、行ってくるね」
「お仕事がんばって。いってらっしゃい」
ウィリアムはアリスの頬に軽くキスをして退室した。彼に手を振っていたファハドがアリスに向き直り口角を上げる。
「さて、アリス。昨夜はどうだった?」
「え! どうって……?」
単刀直入な義兄の質問にアリスは思わず一歩後ろに下がった。
昨夜寝室に着いた頃に意識を戻す。乾杯して濃厚なキスに赤面し、朝になってがっくりと肩を落とすまでの一部始終を、言葉ではなく表情で語る。というか、表情でバレてしまったが正しい。
ファハドがふうと息を漏らした。眉を下げ、憐れむようにアリスを見ていた。
「なるほど。キス止まりといったところか……」
「な!」
アリスは「なぜそれを」と言いかけて、なんとか一言目で留まった。しかしファハドにはお見通しのようで彼はクッと笑いを噛み殺した。
「アリス、君はアラービヤに来てから随分表情豊かになった。とてもわかりやすくなったな」
「ほ、放っておいてください」
真っ赤な顔でアリスが言い返す。ファハドは苦笑していたが、すぐに真顔でアリスを見据えた。
「そうはいかない。アリス、領主の務めとは……領主にとって必要なものはなんだと思う?」
「それは……」
アリスはエメラルドの瞳をやや俯かせ言い淀む。この話の行き着く先がわかったからだ。けれど黙っているわけにもいかないので、静かに返事をする。
「国への忠誠と領地の運営、そして……後継ぎです」
「そうだ」とファハドが頷いた。
「ウィリアムは他人との交流や接触を避けてきたから、どうしても精神的に幼い部分がある。だが結婚してから明らかに変わってきている。君を、そういう対象として意識しているんだ。急いで後継ぎを産んで欲しいという話ではない。ただ、最初は君にリードしてもらいたいという話だ」
「はあ……」
アリスは唇を一文字に結び否定でも肯定でもない返事をした。ファハドの言い分はわかる。確かにウィリアムは三歳上という感じがしない。自分の妹よりも幼いと思うこともあった。屈託のない笑顔で自分に懐く姿は愛おしくてたまらないが、昨夜期待した通りの関係にならなかったことは事実。
ここは義兄の提案に同意し肯首したいところだった。しかし——
「ファハドさん、それって私から、その、そういうことに誘えってことですよね?」
恐る恐る聞いてみる。ファハドは「いかにも」と言って首を縦に振った。さらにアリスに向かって頭を下げ頼み込む。
「アリス、君の経験値でどうか我が弟を導いてくれ」
(経験値って……何よ! ないわよそんなもの!)
アリスは口元を引きつらせながら苦笑いを浮かべた。
おそらくファアドは婚約経験のある自分に対し、ある程度の恋愛経験があると思っているのだろう。しかし、実は全くと言っていいほど経験がなかった。元婚約者ハリーとはダンスの時に手を握る程度だった。なので妹が路上で彼とキスしていたのには正直いろんな意味で驚いた。二歳も年下の妹に先を越されたのだから。
「わ、わかりました」
そうは言っても断るわけにはいかない。ここで自分からなんて無理だと申し出れば、彼らの指導のもと初夜を見守られるという最悪のイベントさえ発生しそうだ。アリスは苦笑いのまま「がんばります!」と返すしかなかった。
「ありがとう、我が義妹よ! では私は王都に戻る。ピエールを追加で三ヶ月残す。ついでに落ち着いたら領地を見に行っておいてくれ。健闘を祈る!」
>>続く
「おはよう、昨日は素晴らしい披露宴だった。朝から呼び出してすまないな」
「おはよう、兄さん」
「おはようございます、ファハドさん」
この屋敷で一番煌びやかな部屋。金の刺繍が入った豪奢なソファでくつろぐファハドは、何かを確認するような視線でアリスとウィリアムを交互に見やる。
「ウィリアム、領地のことでアリスに用事がある。お前はもう仕事に戻っていいぞ。ピエールに次の納品について指示をしてあるから、確認しておいてくれ」
「はい。それじゃあアリス、行ってくるね」
「お仕事がんばって。いってらっしゃい」
ウィリアムはアリスの頬に軽くキスをして退室した。彼に手を振っていたファハドがアリスに向き直り口角を上げる。
「さて、アリス。昨夜はどうだった?」
「え! どうって……?」
単刀直入な義兄の質問にアリスは思わず一歩後ろに下がった。
昨夜寝室に着いた頃に意識を戻す。乾杯して濃厚なキスに赤面し、朝になってがっくりと肩を落とすまでの一部始終を、言葉ではなく表情で語る。というか、表情でバレてしまったが正しい。
ファハドがふうと息を漏らした。眉を下げ、憐れむようにアリスを見ていた。
「なるほど。キス止まりといったところか……」
「な!」
アリスは「なぜそれを」と言いかけて、なんとか一言目で留まった。しかしファハドにはお見通しのようで彼はクッと笑いを噛み殺した。
「アリス、君はアラービヤに来てから随分表情豊かになった。とてもわかりやすくなったな」
「ほ、放っておいてください」
真っ赤な顔でアリスが言い返す。ファハドは苦笑していたが、すぐに真顔でアリスを見据えた。
「そうはいかない。アリス、領主の務めとは……領主にとって必要なものはなんだと思う?」
「それは……」
アリスはエメラルドの瞳をやや俯かせ言い淀む。この話の行き着く先がわかったからだ。けれど黙っているわけにもいかないので、静かに返事をする。
「国への忠誠と領地の運営、そして……後継ぎです」
「そうだ」とファハドが頷いた。
「ウィリアムは他人との交流や接触を避けてきたから、どうしても精神的に幼い部分がある。だが結婚してから明らかに変わってきている。君を、そういう対象として意識しているんだ。急いで後継ぎを産んで欲しいという話ではない。ただ、最初は君にリードしてもらいたいという話だ」
「はあ……」
アリスは唇を一文字に結び否定でも肯定でもない返事をした。ファハドの言い分はわかる。確かにウィリアムは三歳上という感じがしない。自分の妹よりも幼いと思うこともあった。屈託のない笑顔で自分に懐く姿は愛おしくてたまらないが、昨夜期待した通りの関係にならなかったことは事実。
ここは義兄の提案に同意し肯首したいところだった。しかし——
「ファハドさん、それって私から、その、そういうことに誘えってことですよね?」
恐る恐る聞いてみる。ファハドは「いかにも」と言って首を縦に振った。さらにアリスに向かって頭を下げ頼み込む。
「アリス、君の経験値でどうか我が弟を導いてくれ」
(経験値って……何よ! ないわよそんなもの!)
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「わ、わかりました」
そうは言っても断るわけにはいかない。ここで自分からなんて無理だと申し出れば、彼らの指導のもと初夜を見守られるという最悪のイベントさえ発生しそうだ。アリスは苦笑いのまま「がんばります!」と返すしかなかった。
「ありがとう、我が義妹よ! では私は王都に戻る。ピエールを追加で三ヶ月残す。ついでに落ち着いたら領地を見に行っておいてくれ。健闘を祈る!」
>>続く
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