上 下
30 / 50
第四章 暗雲

第27話 いざ、市街地へ

しおりを挟む
 ガタゴトと馬車が揺れる。
 あまり舗装ができていないのか時折大きく跳ねることもあり、アリスはその度座席に尻を打って顔をしかめた。

「ピエールさん、あとどれくらいで着くのかしら?」
「あと三十分ほどでしょう」
「そう、わかったわ……いたたっ!」

 揺れをものともせず涼やかなピエールに、アリスは目元を歪めながら返事をした。
 夕食で夫のウィリアムに猛反対された領地行き。しかし二晩かけ頼み込み、やっと正体を隠すこととピエール同行を条件に許されたのだ。

「サウード領……一体どんなところかしら」
「あまり期待はされない方がよろしいかと」

 ピエールの不穏な言葉を聞き不安を携えながら、アリスはサウード領の市街地へと向かった。

「アリス奥様、到着しましたよ。気をつけて降りてください」
「ありがとう」

 ゆっくりと馬車が停止し、アリスはピエールの手を取り馬車を降りた。

「ここが……市街地……」

 広場に噴水があった。しかし水は枯れている。
 領民と思われる人間たちは一瞬馬車に注目したが、すぐに視線を地面に落とした。項垂れるように、地を這うように、どこともなく歩いていく。
 彼らの目はそろって濁っている。屋敷の使用人たちと同じ黒髪に黒い瞳でありながら、まるで違うその姿にアリスは息を飲んだ。

「だから言ったでしょう? 一回りしたら帰りますよ。質問等は後ほどお伺いいたします」
「わかったわ……」

 アリスはピエールに促され、市街地とその周辺を歩いて回った。店には鮮度が悪い野菜や果物が高価で売られており、飲食店は開店休業のような状態だった。どこを歩いても誰を見ても、彼らは一様に正気を失った顔をしていた。

 アリスは困惑した。屋敷ではいつも新鮮な食材が美味しい料理に変わり、使用人たちは生き生きと目を輝かせて働いている。なのに同じ領地の彼らの窮状はどういうことか。一回りしても原因も解決策もわからなかった。

「さて、そろそろ帰りましょう」
「はい……」

 気がつけば馬車の前に戻っていた。ピエールに助けられながら乗り込み、馬車が動き出す。アリスはまるでゴーストタウンのような市街地を後にした。

 帰宅したアリスは帰宅を待っていたウィリアムに迎えられる。夕食の時間も迫っていたため、ピエールと明日話す約束して部屋に戻った。

「アリス~! おかえり!」
「ウィル……ただいま」

 部屋に入った途端、アリスはウィリアムにしっかりと抱きついた。彼はいつもとは違う妻の行動に一瞬驚いていた。が、すぐに長い両腕でアリスをすっぽりと包み込んだ。

「アリス、元気がないな。領地の様子があまり良くなかったんだね」
「ウィル、知っていたの? 彼らの様子を……」

>>続く
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,124pt お気に入り:2,919

意地悪な王子様に毒されて、絆されて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:168

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,651pt お気に入り:35,206

勝手に私が不幸だと決めつけて同情しないでいただけませんか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:711

処理中です...