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美容院にて
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そして、和樹の友人の誠人君とその父親である長峰哲夫に会ったのは、行きつけの美容院だった。
和樹と誠君が小学校2年生の時だった。
「あれ、誠人君じゃん」
和樹の方が、誠人君に気がついて、声をかけた。
「あ、和樹君じゃん。どうしたの?」
「もちろん髪切りに来たに決まってんじゃん」
「えー、あんまり髪のびてないじゃん」
などと二人は他愛のない会話をしている。
誠人君か……、そういえば、今日子の会話の中に時折出てくるような気がする。
苗字は確か長井って言ったか……。
「もしかして、酒本さんですか?」
と、細身のメガネをかけた男性が、声を掛けてきた。
「
はい、そうです」
と、答えた。続けて、そちらは長井さんですかと言いかけたが、
「やっぱりそうでしたか。うちの妻からよく聞いてます。長峰といいます。長峰哲夫と申します」
それを聞いて、長井さんと言わなくてよかったと思った。
名前を間違って言ってしまい、恥をかくところだった。昔から記憶力にはあまり自信がない。
「こちらこそ、よくお聞きしております。いつも子供と妻がお世話になっております」
と、正確にはよく……という程ではないのだが、社交辞令を言った。
「お客様お待たせしました」
と、美容師の人に声を掛けられ、二人は隣同士で席に着いた。
子供たちは別の美容師に誘導されて少し離れた場所に座った。
「この美容院は、よく来られるんですか?」
哲夫から声を掛けてきた。
「ええ、行きつけでして。ああ、いつもの感じでお願いします」
と、広志はいつも担当してくれる美容師にそう告げた。
「さすが、慣れた感じですね。私は最近こちらに通いはじめまして。あの、少し短めにカットしてください。後はお任せします」
と、哲夫は言った。
その後は、美容師がハサミを入れている間はしばし沈黙した。
どうやら、子供達はそうそうにカットが終わり、キッズコーナーで遊んでいるようだ。
これが、この美容院を愛用している理由の一つだ。カット早くて上手いという点も、もちろんあるのだが。
鏡越しに和樹の髪型をみると、あんまり変わっていないような気がする。
また、近々この美容院に来るハメになるかもしれない、などとぼんやりと思った。
「どうやら、子供達楽しんでいるようですね」
と、哲夫から切り出された。
「ええ、そうですね。良かったです」
と、言うと、
「奥様にお会いしたことがありますが、随分とお若いですね」
と唐突に言われた。まさか美佐子のことが、話に出るとは思っていなかった。
「いえいえ……、実は社内結婚でして……」
曖昧な照れ笑いを浮かべてそう答えた。
「やりますね。私は妻とは大学時代の同級生です。酒本さんは大学はどちらで?」
一瞬、なんだよ、コイツと思った。初対面で学歴のこととか聞いてくるなんて失礼な奴だな。
「いえ……、私は、大学は行ってないです。高卒です」
正直にそう答えた。内心バカにされるのではと冷や冷やした。
「ああ、そうなんですか。……ご職業は?」
「いえいえ、しがないサラリーマンです」
と低姿勢で言った。どうせバレやしないだろうから、見栄をはって弁護士だとでも嘘をついてやっても良かったかもと一瞬、悔いていると……、
「私の職業は弁護士です。この美容院も仕事をつうじて知りました」
……見栄を張らなくて良かったと、今度は一瞬で安堵した。
「酒本さん、確か3歳下の娘さんもいますよね?」
学歴や職業の話は、もうしたくない思っていたら、哲夫の方から話を変えてくれて、安心した。
「ええ、いますよ」
良く知ってるな、うちの美咲に会ったことがあるのかな。
「うちもお宅のお嬢さんと同い年の娘がいて、実はうちの妻に似てなかなかの美人でして……」
いきなりオノロケかよ、なんか変わった奴だな、初めの腰の低い印象とは、だいぶ違うなと思った。
「うちの妻は、ミス東大になったこともあるんです。あ、東大って言っちゃいましたね」
東大か……、やっぱり変わった奴が多いのか。
自分の知っている東大生は、とても性格のいい人だったけど。あれ?ミス東大って……?まさかな……。
「あの、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
その場にいるが、いたたまれなくなり美容師の人に声をかけた。
「いいですよ。ちょっと、待ってください。あと、もうちょっとで終わります」
と、言ってブラシで広志の髪型を整えた。
まるで逃げるようにトイレにかけ込んで、出るなり、
「和樹、お父さんも終わったから帰るぞ」
と和樹に声をかけた。
「えー、まだ遊びたいよ」
と予想どおり渋ったが、
「いいからいくぞ」
と、足早に歩いた。哲夫には形ばかりの会釈をした。和樹が、
「えー、待ってよ」
と、不満そうながらも、ついてきた。
なんだか、変人で嫌な奴にあったな、高学歴な奴ってこれだから……、などと思いつつ美容室を後にした。
後にわかることなのだが、哲夫が自分に対して、失礼な態度をとるのも無理ないなという理由があるのだった。
和樹と誠君が小学校2年生の時だった。
「あれ、誠人君じゃん」
和樹の方が、誠人君に気がついて、声をかけた。
「あ、和樹君じゃん。どうしたの?」
「もちろん髪切りに来たに決まってんじゃん」
「えー、あんまり髪のびてないじゃん」
などと二人は他愛のない会話をしている。
誠人君か……、そういえば、今日子の会話の中に時折出てくるような気がする。
苗字は確か長井って言ったか……。
「もしかして、酒本さんですか?」
と、細身のメガネをかけた男性が、声を掛けてきた。
「
はい、そうです」
と、答えた。続けて、そちらは長井さんですかと言いかけたが、
「やっぱりそうでしたか。うちの妻からよく聞いてます。長峰といいます。長峰哲夫と申します」
それを聞いて、長井さんと言わなくてよかったと思った。
名前を間違って言ってしまい、恥をかくところだった。昔から記憶力にはあまり自信がない。
「こちらこそ、よくお聞きしております。いつも子供と妻がお世話になっております」
と、正確にはよく……という程ではないのだが、社交辞令を言った。
「お客様お待たせしました」
と、美容師の人に声を掛けられ、二人は隣同士で席に着いた。
子供たちは別の美容師に誘導されて少し離れた場所に座った。
「この美容院は、よく来られるんですか?」
哲夫から声を掛けてきた。
「ええ、行きつけでして。ああ、いつもの感じでお願いします」
と、広志はいつも担当してくれる美容師にそう告げた。
「さすが、慣れた感じですね。私は最近こちらに通いはじめまして。あの、少し短めにカットしてください。後はお任せします」
と、哲夫は言った。
その後は、美容師がハサミを入れている間はしばし沈黙した。
どうやら、子供達はそうそうにカットが終わり、キッズコーナーで遊んでいるようだ。
これが、この美容院を愛用している理由の一つだ。カット早くて上手いという点も、もちろんあるのだが。
鏡越しに和樹の髪型をみると、あんまり変わっていないような気がする。
また、近々この美容院に来るハメになるかもしれない、などとぼんやりと思った。
「どうやら、子供達楽しんでいるようですね」
と、哲夫から切り出された。
「ええ、そうですね。良かったです」
と、言うと、
「奥様にお会いしたことがありますが、随分とお若いですね」
と唐突に言われた。まさか美佐子のことが、話に出るとは思っていなかった。
「いえいえ……、実は社内結婚でして……」
曖昧な照れ笑いを浮かべてそう答えた。
「やりますね。私は妻とは大学時代の同級生です。酒本さんは大学はどちらで?」
一瞬、なんだよ、コイツと思った。初対面で学歴のこととか聞いてくるなんて失礼な奴だな。
「いえ……、私は、大学は行ってないです。高卒です」
正直にそう答えた。内心バカにされるのではと冷や冷やした。
「ああ、そうなんですか。……ご職業は?」
「いえいえ、しがないサラリーマンです」
と低姿勢で言った。どうせバレやしないだろうから、見栄をはって弁護士だとでも嘘をついてやっても良かったかもと一瞬、悔いていると……、
「私の職業は弁護士です。この美容院も仕事をつうじて知りました」
……見栄を張らなくて良かったと、今度は一瞬で安堵した。
「酒本さん、確か3歳下の娘さんもいますよね?」
学歴や職業の話は、もうしたくない思っていたら、哲夫の方から話を変えてくれて、安心した。
「ええ、いますよ」
良く知ってるな、うちの美咲に会ったことがあるのかな。
「うちもお宅のお嬢さんと同い年の娘がいて、実はうちの妻に似てなかなかの美人でして……」
いきなりオノロケかよ、なんか変わった奴だな、初めの腰の低い印象とは、だいぶ違うなと思った。
「うちの妻は、ミス東大になったこともあるんです。あ、東大って言っちゃいましたね」
東大か……、やっぱり変わった奴が多いのか。
自分の知っている東大生は、とても性格のいい人だったけど。あれ?ミス東大って……?まさかな……。
「あの、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
その場にいるが、いたたまれなくなり美容師の人に声をかけた。
「いいですよ。ちょっと、待ってください。あと、もうちょっとで終わります」
と、言ってブラシで広志の髪型を整えた。
まるで逃げるようにトイレにかけ込んで、出るなり、
「和樹、お父さんも終わったから帰るぞ」
と和樹に声をかけた。
「えー、まだ遊びたいよ」
と予想どおり渋ったが、
「いいからいくぞ」
と、足早に歩いた。哲夫には形ばかりの会釈をした。和樹が、
「えー、待ってよ」
と、不満そうながらも、ついてきた。
なんだか、変人で嫌な奴にあったな、高学歴な奴ってこれだから……、などと思いつつ美容室を後にした。
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