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覚えてる?
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「ん……」
という声で過去の記憶から、今に戻ってきた。
見ると、和樹が薄っすらと目を開けている。
「和樹……」
美佐子の目から、涙がこぼれ落ちた。
「うん……、お母さん……」
和樹は、まだ虚ろな目をしていたが、意識はかなりはっきりしているように見えた。
「和樹、良かった」
美佐子は、和樹の手を握りしめた。すると、和樹は微かに微笑んで見せた。良かった。本当に良かった。
「ああ、和樹、目を覚ましたのか」
職場に電話を入れるために、席を外していた広志が戻ってきた。
「お父さん……」
視線を広志の方に向けて、和樹がささやくような声でそう言った。その声を聞いた広志も安心したようだった。
その日は、美佐子は病院に泊まることにした。パートの仕事は、明日は休むことにした。
広志と美咲は家に帰ることになった。美咲も泊ると騒いだが、明日は美咲は学校もあるし和樹に、
「大丈夫だから、美咲は帰りな」
と、か細い声ながらも、そう言われて、渋々ながらも帰宅することを承知した。
広志は、美咲と共に病院の廊下を歩いていると、見覚えのある顔が、エレベーターに乗り込もうとしている姿が見えた。あれは……?その場に茫然と立ちつくしている広志を見て、
「どうしたの?お父さん?もしかしてお兄ちゃんが心配なの?やっぱりわたし達も泊まろうか?」
と、美咲に言われてしまった。
「いや、ちょっと知り合いに似ている人がいて……。でも人違いだろう」
と、無理やり笑顔を作って答えた。
「そうなんだ」
美咲は不満そうな表情をしてそう言った。止まる口実が無くなって、がっかりしているようだった。
広志は危うく、言ってはならないことを口にしそうになった。
――長峰瑠美ちゃんのお父さんって覚えてる?――
広志が美佐子と最初に出会ったのは、彼女はが、短大を卒業した後、広志の会社に新入社員として入社してきた時だ。研修期間を経た後、広志のいる営業部に事務職として配属された。
第一印象はなんとなく元カノに似ているなと思った。いやいや、よく見ると、似てないじゃないか。そうとう引きずっているな、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
美佐子と親しくなったきっかけは、同じ高校出身ということだった。
「えっ、あの田代って数学の教師って、松浦さんの代でもまだ現役だったんだ」
美佐子と広志は、年齢が随分離れてはいるが、先生のことなど共通の話題は多く、会話が弾んだ。もっとも、それだけではなく、元々相性も良かったのだろう。トントン拍子に交際へと進んだ。
付き合い始めてから付き合い始めてから、1年ぐらい経っただろうかという時だ。
「ねえ、結婚して子供ができたら、男の子と女の子のどっちがいい?」
と、唐突に聞かれた。
「え?ああ、まあ……、もちろん、どちらでもいいけど、やっぱり男の子が欲しいかな?」
突然、思ってもみないことを聞かれて、戸惑った。
「うふふ、そういうと思った。私は女の子が欲しいかな」
そう言って、美佐子はいたずらっぽく微笑んだ。その顔は見て、広志はまさか……と思った。
その数日後に、予感が的中したことを知らされる。
「あのね、生理が遅れてるから妊娠検査薬で調べたら陽性反応が出たの。おめでただよ」
どこかで聞いたことがあるようなセリフを美佐子から聞かされた。広志は、その言葉を聞いた瞬間、
「えっ……」
と間の抜けた声を出した。
その、えっ……という短い言葉の中に幾多もの感情が入り乱れていた。
おいおい、マジかよ。
……てっ、俺らまだ結婚してないじゃん。あ、でも今デキ婚ぐらい普通か。でも、社内恋愛だしな。
なんかそれでデキ婚って……?いや、そんなこともないか。できたっていわなきゃいいんだし。
そう言えば、経理課の世良さんのとこも、結婚してから子供が生まれるまでのスパン考えれば、たぶんデキ婚だと思う。そうだよな、きちんと責任をとれば……、あ、でも、ご両親になんて言おうか。美佐子の親父に殴られるかもしれないな……。
「うちの両親には報告済みだから。おめでとうって。今度ぜひ、広志さんにお会いしたいって」
美佐子は満面に笑みを浮かべてそう言った。その顔は天使のようであり、なぜかはわからないが、少し悪魔のようにも見えた。小悪魔とはこういうことをいうのだなとその時思った。
その後、美佐子の両親に結婚の報告に行った。デキ婚ということで、美佐子の父親にぶん殴られのではないかと内心ビクビクしていたが、向こうは大喜びしてくれた。しかし、それは結婚と妊娠の報告を聞いた美佐子の母親が、真っ先に歓喜の声を上げ、
「まー、私、早くもおばあちゃんになるんだわ。どうしよう。孫は男の子かしら、女の子かしら?」
などと、大騒ぎしたので父親の方もそれに同意せざるをえない、と言ったのような感じだった。
この家は母親が強いな……と思った。まるで自分の家庭の未来予想図を見ているようだった。
隣で笑っている美佐子を見て、頼もしくもあったが、なんとなく身震いがする思いもした。
それからの結婚生活は順調だった。和樹が生まれてから、3年後に美咲が生まれた。
結婚生活は大変なこともあったが、楽しかった。美咲の方も親しいママ友もできたみたいで、育児を楽しんでいるようだった。
和樹も美咲もあっという間に成長していった。
という声で過去の記憶から、今に戻ってきた。
見ると、和樹が薄っすらと目を開けている。
「和樹……」
美佐子の目から、涙がこぼれ落ちた。
「うん……、お母さん……」
和樹は、まだ虚ろな目をしていたが、意識はかなりはっきりしているように見えた。
「和樹、良かった」
美佐子は、和樹の手を握りしめた。すると、和樹は微かに微笑んで見せた。良かった。本当に良かった。
「ああ、和樹、目を覚ましたのか」
職場に電話を入れるために、席を外していた広志が戻ってきた。
「お父さん……」
視線を広志の方に向けて、和樹がささやくような声でそう言った。その声を聞いた広志も安心したようだった。
その日は、美佐子は病院に泊まることにした。パートの仕事は、明日は休むことにした。
広志と美咲は家に帰ることになった。美咲も泊ると騒いだが、明日は美咲は学校もあるし和樹に、
「大丈夫だから、美咲は帰りな」
と、か細い声ながらも、そう言われて、渋々ながらも帰宅することを承知した。
広志は、美咲と共に病院の廊下を歩いていると、見覚えのある顔が、エレベーターに乗り込もうとしている姿が見えた。あれは……?その場に茫然と立ちつくしている広志を見て、
「どうしたの?お父さん?もしかしてお兄ちゃんが心配なの?やっぱりわたし達も泊まろうか?」
と、美咲に言われてしまった。
「いや、ちょっと知り合いに似ている人がいて……。でも人違いだろう」
と、無理やり笑顔を作って答えた。
「そうなんだ」
美咲は不満そうな表情をしてそう言った。止まる口実が無くなって、がっかりしているようだった。
広志は危うく、言ってはならないことを口にしそうになった。
――長峰瑠美ちゃんのお父さんって覚えてる?――
広志が美佐子と最初に出会ったのは、彼女はが、短大を卒業した後、広志の会社に新入社員として入社してきた時だ。研修期間を経た後、広志のいる営業部に事務職として配属された。
第一印象はなんとなく元カノに似ているなと思った。いやいや、よく見ると、似てないじゃないか。そうとう引きずっているな、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
美佐子と親しくなったきっかけは、同じ高校出身ということだった。
「えっ、あの田代って数学の教師って、松浦さんの代でもまだ現役だったんだ」
美佐子と広志は、年齢が随分離れてはいるが、先生のことなど共通の話題は多く、会話が弾んだ。もっとも、それだけではなく、元々相性も良かったのだろう。トントン拍子に交際へと進んだ。
付き合い始めてから付き合い始めてから、1年ぐらい経っただろうかという時だ。
「ねえ、結婚して子供ができたら、男の子と女の子のどっちがいい?」
と、唐突に聞かれた。
「え?ああ、まあ……、もちろん、どちらでもいいけど、やっぱり男の子が欲しいかな?」
突然、思ってもみないことを聞かれて、戸惑った。
「うふふ、そういうと思った。私は女の子が欲しいかな」
そう言って、美佐子はいたずらっぽく微笑んだ。その顔は見て、広志はまさか……と思った。
その数日後に、予感が的中したことを知らされる。
「あのね、生理が遅れてるから妊娠検査薬で調べたら陽性反応が出たの。おめでただよ」
どこかで聞いたことがあるようなセリフを美佐子から聞かされた。広志は、その言葉を聞いた瞬間、
「えっ……」
と間の抜けた声を出した。
その、えっ……という短い言葉の中に幾多もの感情が入り乱れていた。
おいおい、マジかよ。
……てっ、俺らまだ結婚してないじゃん。あ、でも今デキ婚ぐらい普通か。でも、社内恋愛だしな。
なんかそれでデキ婚って……?いや、そんなこともないか。できたっていわなきゃいいんだし。
そう言えば、経理課の世良さんのとこも、結婚してから子供が生まれるまでのスパン考えれば、たぶんデキ婚だと思う。そうだよな、きちんと責任をとれば……、あ、でも、ご両親になんて言おうか。美佐子の親父に殴られるかもしれないな……。
「うちの両親には報告済みだから。おめでとうって。今度ぜひ、広志さんにお会いしたいって」
美佐子は満面に笑みを浮かべてそう言った。その顔は天使のようであり、なぜかはわからないが、少し悪魔のようにも見えた。小悪魔とはこういうことをいうのだなとその時思った。
その後、美佐子の両親に結婚の報告に行った。デキ婚ということで、美佐子の父親にぶん殴られのではないかと内心ビクビクしていたが、向こうは大喜びしてくれた。しかし、それは結婚と妊娠の報告を聞いた美佐子の母親が、真っ先に歓喜の声を上げ、
「まー、私、早くもおばあちゃんになるんだわ。どうしよう。孫は男の子かしら、女の子かしら?」
などと、大騒ぎしたので父親の方もそれに同意せざるをえない、と言ったのような感じだった。
この家は母親が強いな……と思った。まるで自分の家庭の未来予想図を見ているようだった。
隣で笑っている美佐子を見て、頼もしくもあったが、なんとなく身震いがする思いもした。
それからの結婚生活は順調だった。和樹が生まれてから、3年後に美咲が生まれた。
結婚生活は大変なこともあったが、楽しかった。美咲の方も親しいママ友もできたみたいで、育児を楽しんでいるようだった。
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