タイム・ジャンプ!

森野ゆら

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6 志信へのクッキー

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 迷路をさまよってたら、おなかすいちゃった。
 運動場に出るコンクリートの石段にゆりちゃんと座った。
 家庭科部のパウンドケーキを出して、一緒にもぐもぐ食べる。
 おいしい。フワフワだ。
 運動場に特設されたステージから、吹奏楽部の演奏が流れてくる。

「そろそろ終わりの時間かなぁ。楽しかったね」

 二つ目のパウンドケーキに手を伸ばしながら言うと、ゆりちゃんが急にマジメな顔をした。

「未央にはまだ仕事が残ってるよ」

「え? 仕事? 私、陸上部だからなにもないけど」

「ちがーうっ!」

 ゆりちゃんがぐっとケーキをにぎりこむ。

「クッキー! ちゃんと持ってきてる?」

 額に怒りマークがついたゆりちゃんに、私はあわてて手提げ袋を手に取る。

「持ってきてますっ! この手提げ袋に入ってますっ」

「よかった。未央のことだから、『家に忘れてきちゃった♪』って言うかと思った。そういえば、さっきの迷路で渡せば良かったのに。二人だけだったんでしょ?」

「はっ。そうだった! 迷って焦って忘れてた!」

 ……と言うか、二人で歩けることがうれしくて、クッキーのことすっかり忘れてたなんて……い、言えない。
 ゆりちゃんになんとなく申し訳ない気持ちになってたら、本部席の方から放送が聞こえてきた。

「そろそろハロウィン会は終了です。各担当のみなさん、片付けをお願いします」

 もう終わりかぁ。ちょっとさみしいな。
 でも、また来年もあると思うと楽しみ!

「さてと、私、家庭科部の片付け手伝いに行かないと。未央はちゃんと志信くんにクッキー渡しに行きなよ」

「……うん」

 ゆりちゃんと一緒に中庭を通って体育館へ向かってると、志信が一人で前を歩いているのが見えた。

「おおっ、志信くん一人じゃん! チャンス再来!」

 ゆりちゃんの目がキラリと光る。

「よしっ、今だ! 行ってこい未央! あとでどうだったかきくからねっ」

 ゆりちゃんは私の背中をドーンと押して、体育館の方へ走っていった。
 私は挙動不審な動きで志信の背中を追う。
 うわー。どうしよう。まだ心の準備が。
 変な汗が出てきて、ドキドキドキ……心臓がおかしくなってる。
 どんどん近づく、私と志信の間。
 手提げ袋から出した、クッキーの包みを持つ手がふるえる。
 手を伸ばせば志信に届きそうな距離になって、思い切って声をかける。

「しの……」
「志信くん!」

 私の声とほぼ同時。
 前方の木の陰から誰か出てきて、私の前をさえぎった。
 フワフワの長い髪をなびかせて、志信にかけよる女子。
 荒木さんだ。

「あの、志信くん。これクッキー。私が作ったの。受け取って」

 荒木さんが少しふるえた声で、赤い包みを志信に差し出した。

「え? おれに?」

 志信の驚いた声。
 荒木さんがこくんとうなずく。
 いきなりの出来事に、私の体が氷みたいに固まる。
 何も考えられなくなって、ただただ二人を見ていたら、荒木さん越しに志信と目が合った。
 私は思わずクッキーの包みを後ろに隠して、後ずさりする。
 そしたらドンッとだれかにぶつかった。

「三条、ちょっといいか?」

 振り向くと、お兄ちゃんの担任の先生が立っていた。

「和都くんが体調不良で早退したんだ。持って帰ってほしいプリントやワークがあるから今から一緒に職員室へ来てくれるか?」

「えっ、お兄ちゃんが?」

 早退って、あのお兄ちゃんが?
 そう言えば、副会長さんがあいさつしてたし、今日の生徒会はなんだかバタバタしてた。
 お兄ちゃんの姿、一回も見てない……
 ハロウィン会、けっこう楽しみにしてたのに、早退するなんてよっぽど体調悪いんだ。

「分かりました」

 そう言って先生と一緒に歩き出した時、志信たちの声が聞こえた。

「あの、志信くん? これ、受け取ってほしいんだけど」 

「えっ、あぁ……ありがとう」

 志信のお礼を言う声を背中で聞いて、心がちくんと痛んだ。
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