R18 『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~』

緑野かえる

文字の大きさ
3 / 82
第一話、すず子と三毛猫

(三)

しおりを挟む
 広い板の間を縁どるように巡らされている同じく板張りの幅のある廊下、確か広縁と言うんだったっけ。
 どれだけ広いんだろうと言う庭を眺めるようにあつらえられた私と、人ではない人のお茶の席。二つ並べ置かれた座布団にはやっぱり肉球の刺繍。

「お前は死んでいないし、こちらとあちらは紙一重。俺ほどの者ならお前をこちらに置いておくなど造作も無い事」

 置いておく、とは。
 さっきからこの人――三条国芳さんじょう くによし、と名乗った人のような人は、ああもう面倒くさい。猫の耳のようなものが生えている人は自らを『猫王びょうおう』と名乗り、その立場は“神の使い”とのたまった。

 “人にも妖怪にも非ず、神の眷属の神使しんしである”
 狛犬や鹿などがいるだろう?あれの猫だ、と言われて私は納得してしまうーーと言うか、本当に猫なんだ。
 会話が落ち着いた所で出して貰ったお茶を粗末にするのも、と思っていただきます、と口を付ける。少しぬるくて、でもお茶は確かこれくらいの熱すぎない温度で出されたりもするし……猫なら熱いものが苦手なのかな、と改めて隣の三条さんを見る。

 派手な色打掛みたいなの物を肩に羽織っているけれどそれに負けない美貌、と言うのだろうか。年齢は私より少し上の四十手前、くらい?細くてもくっきりとした目元、瞳そのものは赤茶に少し深緑が混ざったような濃い色、通った鼻筋、おしゃれな男性誌のモデルさんみたいな顔立ち。髪は少しゆるい癖毛が邪魔にならない程度に短い。

 でも、その髪の色は……少し薄暗かった板の間から広い廊下に出て来た事で光に当てられ、不思議な色合いをしていた。室内では黒髪かと思っていたのに今は明るい茶にも、強く光が反射した部分は白く輝いているようにも見えてまるで三色の髪の色を持っているかのよう。

「三色……三毛……まさか、おみくじの箱の上にいた癖っ毛の三毛猫ちゃんは」
「俺だが?」

 丸い湯呑を手に非常にあっさりとした答え合わせ。
 あの三毛猫、やっぱり雄……男性?だったんだ。
 ぴんと上がっていたしっぽの後ろ姿で丸いの、見えちゃってたから。

「顔が赤い」
「え、いや……別に、そんな事」

 大切な所を見てしまったと本人には言えない。

「そうではなくて」
「おお、どうした」

 面白そうだと期待をしている表情を前に「なぜ、私をこのような場所に連れて来たんですか」と問う。意識が戻った時からこの三条さんは私の事を“嫁”と言って、しかも胸元の匂いを凄い吸っていた。

 肝心な所の説明をしてください、と伝える。

「お前、死相が出ていたぞ」
「え……」
「神に願いを申す前、何を考えていた」
「あ、っと……それは」

 神も俺も、お前を見ていたぞ、と三条さんは言う。
 それは私の姿ではなくて、心の中の話なのだと悟る。そうだ、私は“人間関係の縁を切る”為にあの神社に訪れていた。
 それでも、清々しい空気や厳かな佇まいの拝殿やその奥に建っている本殿を見上げたら考えは変わった。しんと澄み渡る清らかさを肌で感じ、縁を切って欲しいなどと言う寂しい考えよりも自分の、今の生活が少し良くなりますように、とお願いごとを伝えた。

「心変わりも知っている。いや、聞こえた。だがな、お前は今も死相が僅かに拭い去れていない。それにお前は俺好みの良い芳香を持っている。だから今すぐにでも食っ、て……」

 私は何も言えなくなっていた。
 そして三条さんも黙ってしまった。

「すず子、その死相……拭いたいと思わんか」

 さり、と布が擦れる音がする。
 お茶が用意されていた猫足の膳台が端によけられて、三条さんが私の顔を覗き込む。

 ふに、と柔らかい手のひらが私の頬を細く伝っていく涙を拭ってくれていた。

「泣くな、泣くなら俺との床で啼け」

 何言ってるの、と涙も引っ込んでしまうような三条さんの慰めにもなっていない言葉に本当に涙が止まれば目蓋を細めてにっこりと笑っていた。

 端正な美貌がすぐ側に。
 猫の耳もあるけれど。

「俺のもとで暫く暮らさないか。不自由な思いはさせん……ここは、良い景色だろう?」

 三条さんは言う。
 自分たちには人間の魂を少し、癒す力があるのだと。
 あの誰も人の居なかった境内も、あの清々しい風も、木々の囁くような心地よいざわめきも、神様や三条さんが気になった人間を迎え入れる為に、持て成す為に用意した場なのだと言う。

 私はあの風景のお陰で、願いを変えた。
 前向きになるように、と。

 三条さんが深緑の瞳を向ける庭は木々も花々も美しく輝いていてこの世の物とは思えない……本当に私がいた場所とは隔絶されている、神様がいらっしゃる場所に近いのだと知る。

「俺が爪の先で選んでやった御籤みくじ、大凶だっただろう」
「はい……見事に、どん底」
「それは“今”の事だ。これから、良くなる」
「そうなんですか」
「ああ、俺の嫁になればもっと、床の中で得も言われぬ良い思いを」

 だからどうしてお嫁さんとその、男女の営みがセットになっているのだろう。まあ確かにそれは必要だけど……人それぞれだ。

「……お前には時間が必要だ。好きなだけここに居ていい。偶然訪れた旅先の上げ膳据え膳の旅館、とでも思って気楽に過ごせ」
「でも私、仕事とか」
「案ずるな。俺は猫の神使の中でも頂点の猫王だ、どうにでもしてやるさ」

 だからもう泣くな、と私の背をぽんと撫でた三条さんの手が優しくて、私は神様の御使いだと言う彼の提案に「少しだけ、お世話になります」と頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。 ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

気がつけば異世界

蝋梅
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...