R18『クマとナデシコ ~博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい~』

緑野かえる

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第5話

光と影の間にあるもの (6)

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 軽くシャワーを浴びて就寝となっても宗一郎は撫子を離さなかった。まだ彼の肌は熱く、腕の中で眠そうにしている撫子を一方的に見つめる瞳は愛おしそうに細められ、大きな手は繊細な手と絡み合っていた。
 今夜の撫子は下に敷いていたタオルを濡らすほどの粘性の少ない愛情を滴らせ、果てながらもずっとお腹がひくひくと動いていた。そんな彼女の事を思い出せばまだヤれそうなくらいに……などと冗談は流石に思考から退け、宗一郎は撫子を寝かしつけながら昨夜の事を振り返る。

 急な呼び出しの手間に値するくらい、撫子の出来立ての夕飯を食べ損ねてしまったことも仕方がないと割りきれるくらいに昨晩、重要な情報が国見隼人からもたらされた。父親を介しての連絡で流石の宗一郎も断れずに国見の持ち物の料亭に向かったがそれは結果論ではあるが撫子の為にもなっていた。

 先日、六本木のクラブに博堂系の若者が召集された件。
 その時の大まかな総括が国見の元にあがってきたらしく、参加者の中に撫子と宗一郎の名を見たらしい。もちろん、関本からも国見は聞いていたが鋭い目を持つ自分の部下はやって来た撫子の事をずっと監視していたのだと宗一郎に告げた。

 あの若手向けのクラブでの大盤振る舞いには大きな意味があった、と。

 極道の世界で一番近づきやすく権力も大きいのは『龍堂撫子』で間違いはない。近頃はバックに宗一郎がいてもお構いなしになってきている。だからお前がもっとしっかりしてやれ、と言われたがそれ自体は呼び出す程の話ではなく……本題として「お前、ドラッグの流通に詳しいか」と単刀直入に聞かれた。

「ん……」

 もぞ、と動く撫子から指先を離し、掛布団の上から寝かしつけるようにぽんぽんと優しく叩く。

(俺にとっては撫子さんも可愛い存在なんだけどな)

 国見組は博堂の諜報部のようなもの。その組長本人から話を一方的に聞かされる意味を宗一郎は考えていた。何かヤバいことでも起きているんじゃないかと勘繰るのは当たり前。
 そう言う世界なのだ。前回、やはり大量摘発を受けた際に結構な人数がしょっ引かれたが今回は「大陸の連中に出回っているドラッグがあってな」と言う。
 どうにもその売人がクラブでの会合に紛れ込んでいたかもしれない、と国見は言っていた。

(素行調査の為に集められただけかと思っていたけれど……撫子さんも関本さんに誘われて軽く飲んでただけみたいで何も知らなそうだった。俺も外に出て来ていた関本さんに撫子さんが来てるって言われただけだったし)

「そ、くん……も、ねないと」
「ええ。そうですね」

 眠ってしまう寸前の撫子の声に宗一郎も肘枕をやめて枕に頭を預ける。

(撫子さんは俺だけ……俺だけ、が愛して良い人……誰にも渡したくなんかない、けど)

 国見の「お前、気を付けろよ」と言う言葉が宗一郎の分厚い胸板に引っ掛かる。

(あの日の撫子さんって……もしかして国見さんの指示でヤクの売人を見つけ出すエサにされていた?国見さんなら平気でやりかねないし、関本さんだって親の命令なら逆らえない。撫子さんも関本さんからの誘いなら断っていないみたいだし)

 こんな繊細な人を男が寄って集って騙したなんて。
 憤慨の気持ちが頭に上りそうになるが宗一郎は撫子の布団をさすりながらなんとか耐える。彼女は自分が知っているだけで軽く片手ほど、怖い目に遭っていた。その中でも一番最悪なのは誘拐や薬物により昏睡させての強姦未遂。レイプシーンを撮影して龍堂そのものを強請ろうとすれば出来てしまう。撫子は過去、もう少しのところで薬物の入ったグラスの中身を多く飲んでしまいそうになったことがあると言っていた。
 日頃から用心をしていたおかげでほんの舌先で舐めた程度で飲んではいけない、と気づいて事なきを得たが保存されていたグラスの内容物からは違法薬物が検出された、と。

 それからはもう、撫子はごく限られた人物との席でしか気楽に飲めなくなっていた。
 そんな過去を持つ彼女を売人をおびき寄せる為に使う国見隼人の残酷さ……如何にそれが博堂にとって大きな益になるとしても、撫子に先ず了承を得てからするべきで。

 寝息もなく、穏やかに眠る撫子。彼女のことは自分が守らなくてはならない――とやはりここでも宗一郎は国見からの忠告を少しはき違えてしまっていた。


 朝になれば撫子は朝食を作ってくれていた。
 そうしてもうすぐでお試しの同棲生活も一週間になるころ。

「宗君、今夜ちょっと出掛けて来るからお夕飯は一人になっちゃうけどいいかな」
「ええ。それは全然」

 仕事関係かな、と多くを語られずとも宗一郎も特に気にはしなかった。それくらい、撫子も人付き合いが多い。このお試しの同棲生活のせいで予定をセーブしていたんじゃないか、と思うくらい。会食、接待も仕事の内ともなればそろそろ断りにくくなるだろう。そう言う案件は早めに済ませた方が良い。

「遅くはならないと思うから」
「分かりました」

 スプーンで掬って食べるふわふわのスクランブルエッグ。添え物には小さなサラダ。今日はスーパーで一緒に選んで買ったインスタントのコーンスープ付き。
 にこにこしている宗一郎を前に撫子は付けたままにしていた朝のテレビニュースを遠目に見やる。相変わらず変わり映えのしない上っ面だけの報道の中、番組は芸能ニュースに差し掛かる。朝っぱらから下衆な不祥事の話題、その話題の裏では博堂が関わって……直接的な悪事その物ではないが事後の尻拭いには手を出しているとかなんとか。

「薬物問題、また表立ってきてますね」
「ね……一時期はかなり減ったみたいだけど、お父さんとか上層部の人はもうそう言うシノギの時代じゃないって意見だし」
「二次よりさらにその下の三次、それにも満たない本職の衣を借りた半グレあたりの仕業でしょうか」

 宗一郎も撫子がテレビ画面に視線が向いていることに気が付いて同じようにニュース番組を見る。

「でもどこかで必ず、本職が関わってると私は思うんだけど」
「それが厄介なんですよね。名前だけ使われているならともかく、本人がクロだったらケジメとして制裁と追放が必要になりますから。警察連中はともかく、さすがに薬物は関係省庁が煩いですし」

 朝食の席としてはなかなか物騒な話題ではあるが二人にとっては日常茶飯事。何も特別なことではなかった。
 しかし、宗一郎の心の中には国見と関本の影がちらつく。
 彼女に黙っておびき寄せるエサとした事について、小さなころから婿入りが決まっていた許婚として……彼女と素肌を擦り合わせる夜を過ごす者としてあれは怒って当然のこと。

「ねえ撫子さん。どうか、気を付けて行ってきてください」
「え、あ……うん。そうだね、ありがとう」

 一瞬、きょとんとした表情を見せた撫子だったがそれは宗一郎からの気遣いとして礼を言う。

「そうね……私はもう、いろんなことが分かってるけど新宿あたりにたむろしている子供と言っても良いような若い女の子とか、さらにその上の六本木あたりでパパ活をしている子たちは」
「ええ。明らかにアルコール中毒ではない、急性の薬物中毒と思われる事案が俺の耳にも。その辺の市販薬でどうこうなるモンじゃない、なんて聞いています」

 二人の視線の先にあるテレビのニュース番組は芸能ニュースから天気予報に切り替わっていた。

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