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第7話
ほどける心 (5)
しおりを挟むいくら利権の甘い味を享受しているとは言え、撫子の感性がまともな状態であるのはそれなりに厳しかった母親と大学時代に一緒だった関本と今の内縁の妻のおかげだった。
撫子の父親は彼女を過保護に育てていたが母親の確固たる教育方針があった結果、一般常識どころか話にスジが通っていないことを嫌がる頑固な性格の娘になってしまった。
ちょこんと、長なりのカウンター席でお一人様をキメる撫子は臆することなく小さく腹ごしらえを始める。から揚げ二つにヘルシーな雑穀米のごはん、お味噌汁。
社交辞令の挨拶やお喋りで空腹になってしまうお腹にアルコールを入れるのを避ける為ではあるが……。
(やっぱり揚げたてのから揚げは美味しいわね。宗君にも甘酢ダレを作ってチキン南蛮風にしてあげようかな。野菜もとれるし鶏肉のたんぱく質もあるし)
それに今夜はちょっと酔ってしまったとしても後から宗一郎も合流してくれるから安心だ。
最近、彼と軽い晩酌はしていたが会食以外の飲みの席と言うのはお試しの同棲以前からあまり入れないようにしていた。いくら自分の背後に龍堂の組員がいたとしてもトラブルが起きた際、すぐに来てくれる訳じゃない。
「ん?」
メッセージの通知を知らせる小さな音に気付いた撫子はポケットの中から私用のスマートフォンを取り出す。どうやら宗一郎が自分の到着予定時刻を送ってきてくれたようだった。
・・・
撫子も良く知る、と言うか仕事を請け負った国見の持ち物のホストクラブ。店の前には黒服が本日貸切の案内を出しながらも博堂系の者の訪れを歓迎していた。
普通に仕事で少し出入りしていたので末端の従業員にも顔が知れていた撫子はもちろん顔パス。どうやらキャストも数人参加しているようで「龍堂さん、お待ちしていました」と今は別店舗に勤務している兄と二人でホストをしているこのクラブ所属の宮野木兄弟の弟の方が店内で出迎えてくれた。
「お久しぶりね。今日はホールでお手伝い?」
「ええ、博堂の方々がいらっしゃるって聞いていたので」
「あんまりヤクザに関わらない方が良いわよ」
撫子なりの冗談に苦笑いをする宮野木は彼女をそのまま、特等席である奥の半個室の卓へと案内した。どうやら最初から撫子用に席が設けられていたらしいが先客の気配。大体目星はつくが足を踏み入れてみればやはり関本が他のダークスーツと共に既に軽く飲んでいた。
「こんばんは」
「来たか、撫子」
「だって……ねえ。関本君からなら断らないし今日は中堅層向けなんでしょ?」
「ああ。国見組長直々の提案だ」
「だったら余計に断れないわよ」
などと言うのは建前だったのだが関本は撫子の表情から「お前、今日は顔色が良いな」と言う。
「そう?今ちょっと近くでご飯食べてきたからじゃない?」
「……にっぶ」
ぼそ、と言った関本に憤慨の意思を唇の先を少し尖らせて示した撫子は彼の隣に腰を下ろす。それと同時に関本の舎弟であるブラックスーツたちは捌けていってくれた。
ここは撫子も構造の提案に関わった半個室。今日のホストクラブ内は前回の集まりよりもうんとBGMの音量は絞られていて座る場所も多く皆も腰を据えながら飲み、話しやすい環境となっていた。
「お前、宗一郎とはどうなんだ」
「私の方が先?あとから宗君が来るからその時に言おうと思ってたのに」
「ってことは……そうか。良かったな」
関本は撫子用にと特に問うでもなく細身のグラスに氷を入れ、既に卓に置いてあったカラフェの中身を流し込む。そこへブランデーをティースプーンで一杯。からからとマドラーでかき混ぜて、彼女の前に差し出す。
「祝い酒にゃまだ早いが、美味いぞ」
「カラフェの中身ってウーロン茶かと思ったけどアイスコーヒー?良い香りね」
コーヒーと菓子に目が無い関本特製のブランデーアイスコーヒーに口を付けた撫子の瞳が輝く。
「美味しい」
「だろ?あのあとアイツと……な。行った店にあって。美味かったからお前にもって」
「仲直りしたんだ」
「まあな。国見さんが見かねて少し暇をくれて。よく目を配っている方だ。頭が上がらねえよ」
「知ってるのはごく少数なんだから仕方ないわよ」
「ああ」
ふ、と笑った関本に撫子の表情も優しい。
宗一郎とは種類が違うが関本もパートナーに対して誠実で、一途な男だった。だから気が合ったのかもしれない。異性ではあるが良き友人として、いい距離感がある。
「でも今日はまた珍しい会合ね。前回が若すぎた?」
「ん、ああ。話のついでなんだが……なーんか悪さをしてる奴が紛れ込んでるとかって話。国見さんの命令で調べていたヤツらから上がった情報だと若手よりも中堅の中にいるかもしれねえ、と」
「まあ……ねえ。はたから見えてないだけでお金に困ってるとか色々あるだろうし」
「博堂会の意思として見つけ次第、直参の方々がソイツを粛清なり追放しなきゃならねえからな」
こんな世の中じゃ博打やアルコールに依存するか、それとも薬物に手を出すか。はたまた自分が売人になるか。
溜め息交じりの関本の言葉に撫子も少し俯く。
「でもここに居るのってみんな顔見知りと言うか下の名前まで知ってるわよね。そこまで新しい子入って来ない年齢だし」
「そうだな。俺も大方は把握しているが……組の統廃合やらで新興の組なんかはまだ」
「それでもそこまでみんな困ってるようなことある?」
関本謹製のブランデーの入ったアイスコーヒーを少し飲みながら撫子は思案顔になる。各組や本部に属する三十代からの者たちは大体が三役など大きな役に付いている者の補佐役に就く。言わば要職に就く前の前段階。強い力を持つ兄貴分たちにいかに気に入られるかどうかの分かれ道。
それについては関本が分かりやすかった。彼はつい最近、国見組本部長補佐に昇格した。これは結構早い出世の部類。彼が『国見組の関本』として名が売れ出したのだと他所の組の年輩者にも周知される大出世だった。
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